裏切れない信用
10/15 抜けてた台詞があったのでいくつか挿入しました。申し訳ありません。
「何です、これ」
その紙を受け取り読むが、はじめ文字の意味がよくわからなかった。
その見出しに大きな文字で書かれていたのは、『カラス、また商品を強奪』という事件の報道だった。
「……その様子では、これを何とかしようと来たわけではなさそうじゃな」
「ええと、初耳なんですが……」
というか、やはりこの『カラス』とは僕のことか。僕が、商品を強奪? 身に覚えが一切無いが、どういうことだろうこれは。
見出しの他に細々と書かれた文字は簡素に、その被害状況と発生場所を知らせていた。
簡単にいえば、『昨日の昼、クラリセン南東の街道を移動中の商人が襲われ、馬車ごと全てを奪われた』と。本当に身に覚えがないのだが。
身に覚えがない。……だとすると可能性は二つ。
「これは、本当にあったことですか?」
オラヴに問いかける。するとオラヴは、苦々しい顔でゆっくりと頷いた。
「この街にもいくつかの訴えが来ておる。被害者の商人には何もしてやれんのが悔しいことじゃがの」
「はー、だとすると……」
これは、もう一つの可能性の方か。つまり、それは。
「僕の、偽物ですか」
「そういうことじゃな」
オラヴは天を仰ぎ息を吐く。それから首を鳴らしながらぼやくように僕に言う。
「名ばかりが有名になると起こる現象じゃな。有名税、といえば聞こえはいいが、実際はただの迷惑じゃ」
「というか、犯罪じゃないですか。それにクラリセンに入ってくる商人にも影響あるでしょう? 何か対策を取ってますよね?」
街の周囲の治安は、この男の管轄内のはずだ。
「それが出来ないから、放置しておる」
しかし力なく首を横に振る。この男が放置するということは、また法律の絡みか。そう思い眉を潜めると、弁解のようにオラヴは口早に発声した。
「儂とて我慢ならん。その男は商人を襲うだけだが、その結果の広がりは図り知れんからの。何人か襲われた、というだけではない。そんな風評が立てば、その道を商人が選ばなくなる、そしていずれは、クラリセンへ届く物資の滞りまでもたらす行為じゃ。じゃが……」
そこまではすらすらと出ていた文句がそこで止まる。そして、俯き拳を握りしめた。
「場所が問題なんじゃ、場所が。その襲われた場所が、王領ではないということが」
「クラリセン南東の街道、ですけど」
「そこはエッセンの領土ではあるが、王族の統治する場ではない。……ライプニッツ領なんじゃ」
「ああ、なるほど……」
そこまで聞かされれば僕も納得する。
ライプニッツ領、つまり爵位は覚えていないがライプニッツ卿が統治する土地。そこは王領ではない。ならばその街道手前までしか、オラヴの兵権が及ばない、ということだ。
建前上、騎士団は王の下に集う兵達。王領である町周囲の警戒や、魔物や賊の討伐には使えても、他の領域へ侵入は出来ない。侵入するとなれば、その相手が了承するか王族の命令が必要となる。それを行うとすれば、他国での軍事練習やもしくは戦争、そういった事ぐらいである。
つまり簡単に言えば、オラヴはライプニッツ領の賊を討伐する権利は無いのだ。
……本当に、法に縛られたこの男らしい話だった。ある程度、皆折り合いを付けてやっている事だとは思うが、それすらもしないのだから。
「ライプニッツ領へ、討伐の要請は?」
「出した……が、それも何故か応じんのじゃよ。奴等とて困っているだろうに。民営化した読売の情報では動けんとか、被害者がライプニッツ領に直訴しなければいけないとか、適当な理由を付けての」
訳がわからない、という風に鼻の穴を広げ、頬を膨らませる。
その何故かの理由は何となく見当がつく気がするが、貴族たるもの、それをするだろうか。まさか、息子に怪我をさせた者の悪評を立てるなどと。
しかし、起きてることと問題は理解した。
そしてそれを解決しなければ、僕自身迷惑を被るということも。
「ストゥルソン殿が討伐に出かけては……」
「儂は町長、責任ある立場じゃ。今となっては、防衛以外に……いや、防衛となっても戦場に立つことは出来ん」
「……ですよねぇ……」
僕は溜め息を吐く。仕方がない、面倒ではあるが若干の進路変更だ。詳しい話を聞かなければ。僕が僕自身の名誉を守るために。
それからオラヴに簡単な情報を聞き出し、そして紹介状をもらう。衛兵達が持っている情報を渡すように、僕の持っていた紙に記してもらった。
僕一人が突然行ったとして、その情報をもらえるとは思えない。むしろ突然現れた怪しい風体の男に、情報を渡すとなれば衛兵達の体制の方に問題がある。だからその期待はしない。
それに衛兵達から見れば、僕はその商人襲撃の犯人なのだ。捕縛されない方がおかしいだろう。
そこまで考えて、ふと気がつく。
ここまでオラヴと話してきて、オラヴは僕のことを捕まえようとも立ち向かってこようともしなかった。その事件の犯人が偽物でもなく、僕がやっていたかもしれないのに。『怪しきは罰せず』だが、『話は聞く』という男だったはずだ。
なのに何故、その事件について読売が来るまで口に出さなかったのだろうか。
「そういえば……」
「何じゃ? はよ行くんじゃろ?」
仕事に戻ろうと背中を伸ばしていたオラヴに声を掛けると、本当にただの知り合いと話すような態度で返してきた。本当に、容疑者に対する態度ではない。それともこれは演技で、衛兵の詰め所で衛兵が大挙して待ち構えてでもいるのだろうか。
「僕を捕縛しないんですか?」
だから、聞く。疑いを持たないのは美徳だとは思うが、それでも一応聞いておく。
しかし僕の発言に、呆れたようにオラブは答えた。
「お主がやるわけなかろう。儂もヘドロンも、お主のことは毛ほども疑っておらんよ」
「ですが、疑わしいはずです。捕まえるのであれば、抵抗しないで捕まりますよ?」
疑わしいのはたしかだ。身の潔白を証明するために取り調べまでは受けてやろう。それ以上のことをするのであれば、即刻抵抗して脱出するが。
僕がおどけるようにしてそう言うが、オラヴは僕の言葉を笑い飛ばした。
「ガハハ! 面白い冗談じゃの。じゃが、儂はお主と自分の目を信じておる。もしもお前が本当に犯人だとしたら、儂は獅子の口に頭を突っ込んでやるわい。無論、獅子の口の方が砕けるとは思うがの!」
笑い声に空気が震える。もう少し大きくしたら、新しい街の壁が崩れるんじゃないかというような大きな声。それから、ニヤリと笑うとその声は止まった。
「儂もヘドロンも、同意見じゃ。お主はそんなことをせんよ。馬鹿なことを言っとらんで、とっとと行かんか」
「……捕縛した方がいいですか?」
「クラリセンであれば勿論そうしてもらおう。じゃが、其奴らはライプニッツ領じゃ。盗賊が問答無用で死刑になる、な。そこは任せる」
「……わかりました」
僕の答えに満足げに頷くと、オラヴは踵を返す。そして腕を軽く上げると、作物の海に消えていった。
その後ろ姿を見送り、そして僕も街へと足を向ける。
旅の始まりに、面倒な仕事が出来た。僕も軽く身体を解しながら、詳しい情報を聞きに衛兵達の詰め所へ向かった。