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久しい声

 




「……折角街から出たのに、ずっと森の中ってのも……」

 思わず呟きが漏れる。午前に歩き始めて、もうすぐ夕方だ。『何処かに出ればいいや』と無計画に歩いていたが、開拓村の置かれた間隔を舐めていたらしい。まだ小さな歩幅、その歩行速度では、一日で隣の開拓村に行くことすら出来ない。いや、道なき道を歩いているから、実際はどこか通りすぎているのかもしれないが、とにかくまだどこにも着いていなかった。


 当て所ないにも程がある。街を出て一日経っていないにも関わらず、自分自身に呆れて何度も溜め息を吐いていた。



 ……少しぐらい、計画を立てておこうか。今日は野営することにして、僕は明日からの予定を考えていく。


 ネルグの南を東に突っ切っていくこのルートであれば、辿り着く先はムジカルだ。何処が国境だかは知らないが、いつかは着くだろう。この分では、歩いていくのであれば何ヶ月単位になるだろうが。

 国を目指すのもいいが、聖領を目指して行くのも面白そうだ。この近く、…といっても地平線の彼方に何度も辿り着いた先ではあるが、この近くにある聖領といえば、そのムジカルにあるエーリフ。他には、ここから更に南東に進んだ先にあるピスキスのアウラ、それに隣接するイークスか。

 それぞれ簡単に言えば、火山と海と山。どれを目指してもいいのだが、どれを目指そう。


 ……一番目新しい景色といえば、海だろうか。山ならばネルグの森の中にもあるし、火山であれば岩山だろう……と思う。実際に見たことがないからわからないが、印象ではそんな感じだ。



 決めた。海へ行こう。

 前世でも見たことがあるかはわからないが、この世界では確実に見たことが無いものだろう。

 気分で決めるような簡単な決め方だが、特に問題はあるまい。目的すらないのだから。


 そうと決まれば、明日からはネルグから離れるように南東へ進む。何処かの開拓村を探して、方向を定めれば確実だろう。この近くの開拓村が何処にあるかはわからないが、街道を見つけて辿っていけば着くだろう。

 ……いや、開拓村でなくともいい。そうだ。もう少し東の方に、もっと大きな街があった。ついでに様子を見に行ってもいいかな。


 明日から、アウラを目指し進んでいく。

 そう簡単にまとめて、僕は食料を探し始める。そろそろ、木の幹の中で白い幼虫が育つ時期だ。

 今日の夕ご飯はそれでいい。背嚢に詰めた干し肉は、また今度。


 魔物も獣も寄ってこない夜。夜空を天蓋にして、風を和らげる葉っぱのカーテンに、気分を安らげる花の香水。設備の整った木の上のベッドは、快適な寝心地だ。





 朝日を浴びながら、木の上を跳ねるように駆けていく。

 少し湿った空気を胸一杯に吸い込みながら、足場の木を蹴り突き進む。目を覚ました後、街道はすぐに見つけられた。高いところから目視で見える道、そして森の中にポツンと見える開拓村らしき集落。始めからこうすればよかった。

 その集落を辿りながら、大きな街を目指す。

 そうしてしばらく走ったその先、そこにはかつて大きな街だった、クラリセンが見えていた。



 その手前で街道に降り立つ。

 綺麗にはなっている。見える分の瓦礫は消え去り、そして街を囲んでいた石の塀は再生されたようで紙一枚噛まないほど精密に積み上げられていた。

 そして以前のような活気は消え去り、むしろ僕が暮らしていた開拓村に近いようなのどかな雰囲気が塀の向こうから感じられる。


 荷物を積んだ馬車が、一台入っていく。商人だろうその男はこちらをチラリと見ると、馬に鞭を入れた。

 以前はひっきりなしに人の出入りがあったのに、今見ている限りで人の出入りはそれだけだ。全くないわけはなく、ただ少なくなっているということなのだろうが、やはり何だか寂しい気がした。


 塀の切れ目、大きな門となっているそこをくぐり抜け、クラリセンの石畳を踏む。

 流石に何ヶ月も経っているのだ。異臭もせず、真新しい石畳はその下に血が染みこんでいるようには到底見えない。

 そして崩れていた建物は撤去され、木造の平屋が建ち並んでいた。


 本当に、村時代の風景に近くなったのだろう。脱税という砂上に建った楼閣が崩れ落ち、その本来の姿が見えたような、そんな印象だ。



「綺麗になったもんだなぁ……」

 その風景を見て、心からの呟きが漏れた。勿論、以前の街の方が楽しそうではある。商店は建ち並び、活気のある人が溢れ、通りには色とりどりの商品が並んでいた。遊ぶとすれば、絶対に以前のクラリセンの方が楽しいに決まっている。


 だが、これはこれでいい。村だったときから、ムジカルの影響を多く受けていた街だ。僕の育った開拓村とはちょっと違う。それだけで、僕の中では観光で楽しめるのだ。




 この街は道しるべ代わりに立ち寄っただけで、ここに長居する気は無い。

 中を軽く歩き、クラリセンの空気を少し吸って、それで用事は済んでいる。美味しかったあの朝市の屋台も、もう終わっている。

 だから、僕のいる意味も無い。お昼ご飯にもまだ早いし、早々にこの街を発とう。

 ネルグから反対方向に伸びた街道。その街道を選び歩いていく。


 その街道沿いの畑、柵に囲まれた畑を見れば、農作業中の農夫達が雑草取りの作業を黙々と行っている。何の気なしに眺めていると、一息つこうと、手拭いで汗ばむ頬を拭う農夫達の顔が見える。

「あ」


 その中に、知り合いの顔を見つけた。






 向こうも僕に気がついたようで、丈の長い作物をザカザカと掻き分けて、僕に近付いてくる。

 そして太陽のような温かい笑顔で、大きな口を広げて声を掛けてきた。

「久しいのう! こんな所で会うとは、奇遇じゃな!」

「お久しぶりです、ストゥルソン殿。こんな所というか、……そうですね」

 革手袋をはたき、掛け声をかけて腰ほどの柵を乗り越えてくる。その太った農夫は、このクラリセン町長、オラヴ・ストゥルソンその人だった。


「何で農作業を……?」

(こま)い事はどうでもええじゃろ。別に、町長が農作業をしてはならないという決まりは無いでの」

「そうですけど」

 筋肉で太ったその身体に、オーバーオールがよく似合う。麦わら帽子でも被れば本当に農夫にしか見えない。……この前まで、貴族だったのに。


「しっかし、本当に久しぶりじゃのう。どうじゃ? 復興したこの街は?」

「正直驚きましたよ。血に塗れたあの街が、今じゃ普通の農村……いや、失礼しました。あの街で、普通に生活出来るとは中々思えなかったので」

 街を農村呼ばわりは失礼か。そう思い言い換えたが、オラヴはただ褒められて嬉しそうな顔を見せるだけで、笑顔は崩さなかった。

「ガハハ、そうじゃろ。まずは、形からでもなんとか住めるようにせんと。慣れぬ仕事だったが、何とかなってよかったわ」

 慣れぬ仕事。その言葉に、少しばかり居心地が悪くなったのは気のせいではあるまい。

「皆に仕事を作るためにも、建物は優先的に再建を進めたんじゃ。……悲しむ暇が無いくらい忙しく働かせればいいと、助言もあったしの」

「助言、ですか?」

「おう。何でも、『出来ることがある内は悩まずそれをやれ。悲しむのはその後でいい』とかなんとか。あやつも、誰かからの言葉だと言っていたが……。その言葉の通りに、皆に自分の住む家を作らせ、仕事をより多く割り振った。がむしゃらに働かせたんじゃ。身体を壊さん程度にの」

 懐かしむように、オラヴは目を細める。


 ……その『あやつ』とは、僕がその言葉を伝えた彼女のことだろう。僕も少し嬉しくなった。オトフシからの言葉が僕を伝わり、彼女を通してこの街を復興させる一助になったのだ。

「……誰の言葉だか知りませんけど、良い言葉ですね」

「そうじゃのう!」

 頬についた泥を拭いながら、オラヴは笑う。そういえば、彼女は元気だろうか。あれ以来、顔も会わせていない彼女、テトラは今頃どうしているだろうか。


 ふとここにいないテトラのことを思い出し、オラヴに近況を尋ねてみようかと考える。

 だが、聞いたところですることがない。あんな別れ方をしたのだ、正直とても会いづらい。


 そうしてふと黙った僕に、それを見つめるオラヴ。その一瞬の静寂を貫くように、門の向こう側で声が響いた。


「号外! 号外! またカラスがやったよ!!」


 僕の思考は一瞬止まり、それから門の内側を振り返る。

 ……今、僕の名前が聞こえた気がする。何だろう。嫌な予感がした。


 オラヴに目を戻せば、オラヴは溜め息を吐き、心配そうな目で僕を見返した。

「お主も大変じゃな……」

「何がでしょうか……?」

 オラヴが近くの農夫に目配せをする。それを受け取った農夫はこれまた眉を顰めて頷くと、門の中に入っていく。そして、少しした後に、黄色がかった紙を一枚持って、小走りで僕らに駆け寄ってくる。

 オラヴはその紙を受け取り、のぞき込み、そしてまた溜め息を吐く。


「本当に、お主も大変じゃな」

 そう言いながら渡された紙は、よく出来た手書きのチラシのようで、また面倒くさそうな文言が赤く記されていた。





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