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支えているのはどっち

 


 朝、もう陽が昇って気温も上がってきた頃。ギルドへ向かう道で、僕は死体のような物体を見た。というか、死体を見た。

 いや、生きてはいる。だが、その気怠そうに投げ出された四肢に、薄汚れた服装、泥に塗れた髪の毛は、普段のその男の雰囲気にはそぐわず、死んでいるんじゃないかと思うほど心配になる様子だった。


 壁に寄りかかり、土気色の顔を日光に晒してぐったりとしているその男を何となく放っておけず、僕は肩に手を掛け揺さぶった。

「レシッドさん、レシッドさん、こんな所で寝てると危ないです」

「……ぉ、おお、ぇ……」

 声に反応というよりも、揺らされた事に対して反応したようで、薄らと目を開けレシッドは周囲を見回す。そして、僕の顔を見て一瞬動きを止めた。

「お、お前カラ……ぇぇぇ……」

「危なっ!!」

 そして、勢いよく顔を前に振ったと思うと、口から液体を吐き出そうとする。僕にかかっては堪らないので、レシッドの首を九十度横に捻り何とか事なきを得た。レシッドは「ぐぇ」という短い呻き声を発した後、浅い呼吸を繰り返しているが大丈夫だろう。

 息と嘔吐物が酒臭い。



「……(わり)い。ちょっと今は話とか出来ねえわ……」

 そして俯くその顔は、眠気と気分の悪さが同時に襲いかかってきているであろうもので、唇の下に皺が寄っていた。

「その様子見れば大体わかりますよ。飲み過ぎたんでしょう?」

「おう。昨日、ちょっと事情があってな。ついつい……」

 へへ、と苦笑いをするその顔は渋いものの、後悔など見えない。悪い酔い方ではあるが、良い酒ではあったのだろう。そんな気がした。

「そうだそうだ、お前も関係あったんだっけ、一応報告しと……ぇぇぇぇ」

「こっちには吐かないでくださいね」

「ぇぐっ……!」

 えずくレシッドの顔を、先程と反対方向にねじ曲げる。ものは出なかったが、その分気分も解消されていないようだ。土気色の顔に、青い色が混じった。



「……一部の酒精だけ分解しちゃいます」

 ただの二日酔い。こんな所で魔法を使うとは贅沢だが、僕に関係する話を聞けないのはごめんだ。僕はレシッドの右腹部に手を当てる。そして、その中にある肉の塊、肝臓内部のアルコールとアセトアルデヒドを分解する。分子を操作するというのは大変だが、赤血球の処理と大差ない。今となっては、若干の頭痛を代償に行えるようにはなっている。

 水と二酸化炭素に一気に分解されるため、その処理は大変だが、二酸化炭素はまだしも水はどうにでもなるだろう。血液が若干薄まったと思えばいい。


「お、おお。何か気分よくなってきた気がする……!」

「酒が抜けてますからね」

 深い溜め息をお互いに吐く。その意味は真反対だろうが、そのタイミングだけはシンクロした。




 首に手を当て回しながら、レシッドは息を整える。朝目が覚めたばかりのような仕草が、本当にこの男にはそぐわない。

「で、僕への報告って何でしょうか?」

「そうそう、それな! 聞いて驚け、ティルフィングの受け渡しが完了したぜ!」

 喜色満面の笑みでレシッドは親指を立てる。その晴れやかな笑みに、大きめの犬歯がキラリと光った。

「ああ、あの魔剣。早いですね」

 話が伝わったのは三日前だったはずだ。そして、この話しぶりだと昨日受け渡しが完了したのだろう。僕やレシッドのような移動速度がなければ、バーンはイラインを次の日には発ったということになる。

「だよな、昨日の今日でな。ブラワーのいうとおり、才能あったんだなぁ……」

「……末恐ろしいもんですね」

 遺跡に入り、物品を持ってこれた。つまり仮に探索ギルドに入っていれば、色付きの条件を満たしているということになる。勿論、レシッドの服を持って帰ってきたからといって色付き認定されるわけではないが、魔道具を持ってくることも出来ただろう。

 成人前でそれだけ有能なのであれば、成人後、身体が出来上がってからの能力はまた凄いものとなることは想像に難くない。


「ま、人工生物やら魔物やらとは遭遇しなかったらしいけどな。でも大したもんだよ、罠をくぐり抜けて深部まで行ってきたんだぜ」

 しみじみとレシッドは語る。まるで、自分の子供が偉業を成し遂げたような、そんな顔で。

「……何にせよ、これで肩の荷が下りたぜ。あの魔剣を持ってるのがどれだけ辛かったことか……」


「あれ別に、持ってる分には何事もないはずでは?」

 闘気を篭めたときの効果は知らないが、勝手に吸われるようなことはないだろう。

 僕がレシッドの呟きを掘り下げてそう尋ねると、レシッドは気まずそうに目を逸らす。若干冷や汗をかいているようにも見えるが、これは二日酔いのせいだろうか。

「いや、ちょっとな。ハ、ハハ」

 乾いた笑いが余計に怪しい。というか、聞かれたくないのであれば言わなければいいのに。

 まあ、追及はすまい。


「でもまあ、よかったです。そのブラワーさんも、喜んだんじゃないですか?」

「だよな!」

 頬についた泥を拭おうともせずに、レシッドは頬を綻ばせる。誇らしげに胸を張って、泥に混じった石英が服のそこかしこでキラキラと光っていた。




 パンパンと、服を払いレシッドは立ち上がる。分解したアルコールは肝臓内にあったものだけだ。血液中などに若干アルコールは残っているため、ふらつきはあったがその足取りは力強い。そして立ち上がりながら世間話のように口を開く。

「いや、本当、誘惑に負けて売り払わなくてよかったぜ。酒場の前を通る度に、何度頭をよぎったことか」

「……」

 色々と、台無しだった。






「それで、お前はこれからギルド行くんだろ?」

「そうですね。いくつか依頼を紹介してもらって、こなしてきます」

 僕は本当に、ただそう言ったつもりだった。だが、顔色か気配か何かはわからないが、レシッドは何かに気がついたようで僕に切り返す。

「……なんか気が進まなそうだが、事情でもあんのか?」

「いえ? 別に気が進まないとかそういうことでは……」

「何だか知らんが、休みたいときゃあ(ときは)休めよ。優しいお兄さんからの忠告だぜ」

「はあ、まあ、そうします」

 だが別に今は休みたいわけではない。身体を壊したり気が乗らなければ休むことはあるだろうが、今はそうではない。


 僕の言葉を聞いても、レシッドは胡乱な目で僕を見つめる。そして楽しそうに微笑んで言った。

「……なぁんか、悩んでるようだな。オトフシ……様でも呼んでやろうか」

「何故そこでオトフシさんが」

 というか、様づけなのか。

「最近仲良いみてえじゃねえか。なんか、約束もしてたんだろ? この前、そんな話をしてたしよ」

「ああ、あれは……」

 口に出しかけて言い淀む。オルガさんとの食事会の件だろう。


「……お? 面白そうな反応だな。よっしゃ、いっちょ話を聞かせてみろよ!」

 レシッドはまだ酒臭いその顔を近づけて、僕の肩に手を回す。そして、強引に歩き始めた。

「どっかで朝飯でも食いながら、お兄さんが聞いてやる。何処の酒場がいっかなぁ……?」

 肝臓で分解していない分のアルコールがまた回ってきたのだろう。上気した顔に、若干の千鳥足。どれだけ飲んでいたのだろうか。また元の酔っ払いに戻っていた。




 レシッドの肩を支え、酒臭さに包まれながら僕は考える。

 ギルドへ行く道中だった。

 だが、レシッドのいう通りだったのかもしれない。本当は、ギルドへ行きたくなかったのかもしれない。


 レシッドに引きずられるように歩きながら、僕は心の何処かで、安堵の息を吐いていた。




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