望まれない治療
最近投稿遅れがちです、すいません
どれから済ませるべきだろうか。一番早く終わらせられる街中の依頼を終わらせて、それから外に向かう、それが効率的かな。
「すぐ終わればいいけど」
だが、その街中の依頼というのが、推拿の依頼だ。これが、少しばかり気が進まない。
闘気を他人に流し込み、点穴をして体調を整える。言葉にすれば簡単だが、出来る者は少ない。
色付きにはそれなりにいるようだが、そうでなければ殆どいないと言ってもいい、らしい。そして、それらの者は当然高い報酬を求める。とても、今回の依頼の報酬である銅貨二枚でなど請け負う者がいるはずがない。
それだけなら別に構わない。報酬など今回考えてはいないのだから。
だが、まずかかるのが信用の問題だ。
僕自身、自覚はある。僕がそのような技能を持っている風には到底見えない。
……まあ、安かろう悪かろうというものだと納得してもらおう。
三番街の外れ。古い住宅が並ぶこの街でも更に古いようで、半分朽ちてどこか貧民街の臭いがする家屋が、指定された家だった。
元は白く塗られていたと思わしき、塗料の剥げた扉に付けられた錆びたドアノッカーを鳴らし、返事を待つ。
しばらくすると、恐る恐るという感じで中から小さな声が響いた。
「……どなたでしょう」
用心深いのか、それともヘレナの同類だろうか。声の主は扉を開くこともなく僕に問いかける。
女性らしきその声に、僕は答えた。
「カラスといいます。依頼を受けてきた探索者です。治療の依頼、だとか」
僕が言うと、留め金を外す音が微かに聞こえた。それからゆっくりと扉が開かれる。だが、まだその隙間は細く、人を入れようという気は見えない。
「……お一人ですか?」
「はい。私一人です」
女性の目が、僕の背後を探る。僕はその身を視線からずらしてそれを助ける。やがて、納得したのか扉が正しく開かれた。
ようやく姿を見せた声の主、頬が痩け、細い髪の毛を七分分けにして垂らした女性は、僕の姿を見るとやはり想像通りの反応を返す。
「ようこそいらっしゃいました……とお礼は申しましょう。けれど、見たところまだ成人前のようですが……」
「その通りです。ですが、仕事はこなせますのでご安心ください」
僕が胸を張って答えても、猜疑の目は消えない。やや眉を顰め、僕をじろじろ見つめた。
「……納得頂けないのでしたら、依頼の取り下げをお願いします。こちらの報酬では、僕のような者しか受けませんので」
言いながら、書類を差し出す。達成の場所ではなく、取り下げの欄を示しながら記名を求める。だが、それにも女性は顰め面で応えた。
「……いいえ、来ていただけるだけありがたいのですものね。どうぞ、中へ」
招かれた室内は、外から想像出来るとおり荒れている様子だった。
「あなた、探索者がおこしになりましたよ」
通された部屋の中、小さなベッドに身体を押し込むように寝ていた男性は、女性の声を聞いて身体を起こした。そして、こちらも見ずにまず溜め息を吐き、僕を見るために振り返りながら文句の言葉を口にした。
「ようやく来たか。まあ、どうせ俺の足は治らねえからな……」
そして、僕の顔を見て動きを止めた。無精髭が醜く歪む。
「なんだ、ガキじゃねえか。……チッ、探索者ギルドまで見放したとなっちゃ、仕方ねえか」
「いらないというのであれば、すみませんがこちらに記名を……」
ここまで歓迎されていないのであれば、もう帰りたい。そう思った僕は、また書類を出す。要はこの依頼が無くなればいいのだ。達成するまでもなく、依頼自体なくなればオルガさん達は助かるだろう。
「いえ、お願いします。治るまでいかずとも、楽になれば……」
しかし、やはり依頼人である奥さんは帰してはくれないらしい。その言葉を聞いて、男性は小さく舌打ちしていた。
「そんなガキが何やったって、この痛みがなんとかなるわけがねえだろ」
「そりゃ、気休めみたいなものでしょう。でも、その痛みがなんとかならなければ貴方だって働けないじゃないですか」
「俺が働かなくても、お前が働いてなんとかすりゃいいじゃねえか」
「もう、限界なんです! 私が働いても、貴方は使うばかり! 売るものだって、もうこの家くらいしか……」
男性の言葉を皮切りに、僕の頭を飛び越して言い争いが始まる。夫婦喧嘩は犬も食わないというが、僕だって食べたくない。
とりあえず、この空気を壊さなければ。
げんなりしながら、僕は口を挟もうとする。が、僕の言葉など聞くはずもなく、夫婦の言い争いは続いていた。
「足が動かねえんだから仕方ねえだろ!」
「手も口も元気じゃないですか!」
幸か不幸か、僕を挟んで距離があるためかお互い手は出ていない。だが、それも時間の問題だと思った。
……仕方ない。僕も実力行使だ。
空気を掌の中で圧縮、それを一気に解放する。光らせれば立派な閃光弾になる威力だが、今は音だけでいいだろう。
突如響く破裂音。厚い窓ガラスをビリビリと揺らすその威力は効果覿面だった。夫婦喧嘩は、それで一時停止した。
耳を塞いで目を丸くしながら、二人は僕を見つめる。一瞬でも止まれば充分だ。僕はようやく口を挟む。
「ええと、夫婦の問題はよくわからないんですが、要は旦那さんの足が治れば問題はなくなる……んですよね?」
そう尋ねると、男性はまた深い溜め息を吐いた。
「当たりめえだろう、足が治りゃあ、また大工として現場に復帰出来んだからよ」
「嘘ばかり! 足が治ったら、次は手かしら? それとも首? どうせ、そんな気なんてないんでしょう!」
「テメエ、長年連れ添った旦那を……」
もう一度鳴らそうかと、僕が拳を掲げると言葉はピタリと止まる。よかった、これ以上近所迷惑な音は鳴らさずに済みそうだ。
「とりあえず、依頼を……と、あれ? 依頼は脚の痛みでしたよね? 動かないというのは?」
「……動かねえのは右足だ。その足を庇って歩いていたからか、左足に最近痛みがあってよ」
言いながら、男性は左ふくらはぎをさする。……その足をなんとかしたところで、右足が動かなければどうにもならないだろうに。
ふと右足の方を見れば、その太腿と下腿はそれぞれくの字に曲がっていた。
「……こちらは……」
「昔、職場で足場を踏み外してなぁ。治療院で治療を受けたらこの様だ。痛みが消えたはいいが、曲がったまま動かなくなっちまった」
「ああ、治療院じゃ整復はしませんからね」
昔見た、曲がったままの男性の腕を思い浮かべる。そして、全損したグラニーの歯も記憶に新しい。別に悪意があるわけでもなく、それが治療院の方針なのだ。ずっとそうしている。だから、この男性の足も。
「とりあえず、痛みは消します」
言いながら、左足を治療する。若干ふくらはぎの筋を痛めているようだが、基本的には筋肉痛だ。消炎し、念のため鎮痛してそれで終わる。推拿などする必要も無い。
魔力による触診から治療まで、一撫でして終了する。一瞬文句を言おうとしたのだろう、厳つい顔をした男性は、次の瞬間表情を緩めた。
「ば、え? ……治った!?」
「一応治療しに来てますし」
立ち上がり、書類を背嚢から探り出す。依頼完了だ。奥さんにそれを差し出し記名を求めれば、奥さんは戸惑いながらも羽根ペンでそこにサインしてくれた。
戸惑い、そして迷うような表情。そして奥さんは、何かを決意したような表情で、顔を上げる。
「先程は申し訳ありません。そういった事が出来るとはつゆ知らず、失礼なことを……」
「自覚はあるんで構いません」
気休めとかそういう言葉への謝罪だろう。僕はそれを適当にあしらう。そして、帰ろうと背嚢を担ぎ直したときに、また奥さんは僕を呼び止めた。
「あの……お帰りになる前に、もう一つお願いします。夫の、右足について……」
「その動かない方ですか?」
「はい」
そして、戸棚の引き出しを探り、コインを掻き出すように集めた。その戸棚から響く音は寒々しく、もう残っていないだろう。手の内のコインが、きっとその引き出しに入っていた全てだ。
「今お出し出来るのが、銅貨四枚だけ……ですが、それでなんとか、右足を動けるように……」
「ハッ!!」
奥さんの悲痛な申し出を、男性は笑う。そして嘲るように僕に言った。
「左足は何とかなったが、そんなガキが俺の右足を治せるわけがないだろう! 治療師すら見放しているんだぞ!?」
「あなた、失礼ですよ!!」
部屋の隅を眺めながら、僕はその言葉を聞き流す。
治せる……だろうがどうだろうか、これこそ、ギルドを通さない裏依頼とやらだろう。受けて良いものか。
一瞬悩んだが、何故か僕は、断わる気にはなれなかった。
まあ、それくらいサービスしてもいいか。金品を受け取らなければ、依頼とは言えないだろうし。
僕は男性に歩み寄る。そして、動かないという右足に手を掛けた。
「おい……」
「……じゃ、ちゃっちゃと直しちゃいますね」
骨の形を元に戻し、周囲の筋肉組織を復元する。治療というよりも修理という感覚だが、なんとかなるだろう。
男性は、僕の肩に手を掛け押しのけようとする。だが、その手は僕の力に比べれば弱々しいものだった。
「やめろ」
「単純なものなので、すぐにどうにか出来……」
「聞こえねえのか!! 俺がやめろって言ってんだよ!!」
「僕は、奥さんに頼まれているので。それにもう……」
嫌がる男性を無視して治療する。骨切りや矯正など、いくらか手段はあるだろうがそんな手を取る気にはならなかった。鎮痛の上、曲がった部分の骨を砕き、強引に形を整える。
「治療完了しましたし」
神経や筋肉まで、健康な状態に復元してある。
魔力をそこそこ使ったが、まあこれくらい構わないだろう。ふと男性の顔を見れば、唇を歪めて何かを堪えているように見えた。