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注文の出来ない料理店

 



 オルガさんは、若干得意げな顔で懐中時計の蓋をパチンと閉じる。そして、それを腰の辺り、布が重なっているところに丁寧に挟んで入れた。

「それで、ですね」

 意図が読めずに呆気にとられ、瞬きを繰り返していた僕に、手紙が差し出される。

「色々とご不明な点があるとは思いますが、まずはこちらをご覧ください」

「は、はぁ……」

 両手を出し、その掌を上に向けてオルガさんは僕を促す。満面の笑みなのが怖い。

 渡された手紙は白い紙が折られた簡素な封筒に入れられており、それを開けば、何処かで嗅いだことのある花の匂いが鼻をくすぐった。



『カラスへ。これを見ているということは、妾はその街にはいないのだろう』


 その最初の一文を見て、苦笑いをしながらオルガさんを見る。この一文は何だろうか。

「……いきなり穏やかじゃないんですが」

「た、たまたまですよ。たまたま!」

 ……何故だろう。オトフシの姿が透けて、空に浮かんでいそうな文章だ。まあ、それはともかく、続けて読もう。

 目を手紙へ戻し、その後の意味も読み取っていく。


『本来であれば直接伝えるのが筋だとは思うが、故あってこのような手紙になってしまい、大変申し訳なく思う。妾から誘っておいてすまないが、急な依頼で街を一日空けることになった。だが、折角予定を空けてもらったお前に、取りやめと伝えるのも心苦しい』


「妾の代役を立てる故、オルガ・ユスティティアと仲良く、食事を楽しんで来るがよい。勿論、お前の奢りというのは変わらないが……」

 最後の方は声に出して読み上げる。その言葉を、オルガさんは目を閉じてうんうんと頷いて聞いていた。

 そして手紙が終わったことを確認すると、ニパッと笑って口を開いた。

「……というわけで、私が代理に参りました」

「ええと……はい、わかりました」

 手紙の真偽など確認するまでもない。これは、間違いなくオトフシの手紙だろう。オトフシは、僕が魔法使いだということを忘れているのだろうか。


「……そうですね、誰に奢るとか指定していませんでしたもんね……」

 今思えば、オトフシは『自分に奢れ』などと一言も言っていなかった。それに加えて、この約束を取り付けたときに何か別の企みがあったようだった。

 行動原理が読めてきた。今日の朝の言葉といい、始めからこうする予定だったのだろう。仲人を成し遂げて喜ぶ親戚のおば……お姉さんのように。

 少しばかり、オトフシの評価が内心下がった気がする。



 僕の内心を読んでいるのかいないのかわからないが、いつもより機嫌良さそうにオルガさんは僕に笑いかける。

「それで、今日はどちらの食堂で夕食を召し上がる予定だったのでしょう?」

「申し訳ないですが、決まってませんでした。というよりも、僕は一番街の食堂はよく知らないもので」

 良さそうな食堂ならばレシッドに聞いたものが三番街にいくつかあるが、一番街のものはよく知らない。昨日調べておけば良かったのに。どうせなら、レシッドを捕まえて聞いてもよかった。

「……でしたら、私が選んでもよろしいですか? ちょうど、少々変わった肉料理を聞きまして」

「ええ。是非とも行きましょう」

 僕も笑ってそう答える。大丈夫だ、今日は不測の事態に備えて金貨まで用意してある。それに前もそうだったが、オルガさんの食べたい料理というのであれば外れはないだろう。

 話もまとまり、歩き始める……が、その前に僕は立ち止まった。


 その前に、しなければいけないことがある。

「……? どうされました?」

「いえ、もう大丈夫です」

 僕は闘気を使い、手紙にかけられた魔術を解除する。本当に、オトフシは僕が魔法使いであることを忘れていたのだろうか。そして、闘気使いであることも。

 ただの紙片に戻り、盗聴の恐れがなくなった手紙を懐にしまって、今度こそ僕は歩き始めた。





 日が沈み、点灯夫も走り回る。担いだその竿の先端の火を街路灯に近づけ、一つ一つ通りすぎる度に街が明るくなっていく。

 夜の明かりが続々灯り、オレンジ色に照らされた街中を、僕らは連れだって歩いていった。

「カラス様は、最近この街に出入りすることが多いのに、ここで食事はなさらないんですか?」

「依頼で出入りするだけですから、服装がいつものあれ(ローブ)なんですよ。そのためにわざわざ着替えるのも面倒ですし、それならネルグとかでいくらでも食べ物が手に入りますから」

 一番街の料理は美味しいと思うが、そこまで手間をかける価値はない、と思う。それならばネルグで手軽に手に入るそこそこ美味しいものを、たらふく食べた方が僕は良い。勿論、美味しくて手軽に食べられて量があるのが一番良いが。クラリセンの屋台のように。

「そうですか。では今日は、その面倒くささを凌駕する料理を食べて頂かなくては」

 腕が鳴る……というふうにオルガさんは指を組み、反らして伸ばす。その横顔を見てふと気がついた。

「そういえば、今日は口紅の色替えたんですね。いつもより桃色に近い感じ」

 いつもの仕事中はベージュだったと思うが、少し明るい感じになっている……気がする。

「……フフ、はい。気付かれましたか。……おかしかったですか?」

「いえ。やっぱりいつもと印象とか変わるもんですね。何というか、優しい感じに」

「ありがとうございます」

 フフフと笑い、花を撒くように足取りも軽く歩くオルガさんは、本当にいつもとは違った魅力を発していた。




 オルガさんに示された店に着けば、そこはそれなりに盛況な様子だった。

 街道から見える席はほぼ埋まっており、高そうな服を着て大げさな髭を生やした見るからに偉そうな男性や、宝石で身を飾り艶のある髪を誇らしげに下げている美しい女性など、僕とは住む世界が違いそうな人たちが談笑して料理を食べていた。


「ここ、ですか。席空いてなさそうですが……」

「心配は要りませんよ」

 そう僕が懸念を口にしても、オルガさんは笑って僕に中へ入るよう促した。

 扉を押し開ければ、カランとやたらと気品のあるドアベルが鳴る。その音が鳴るより前、僕らが店に入る前に待機していたのだろう。すぐさま店員が僕らを迎えた。

「お越し頂きありがとうございます。申し訳ありませんが、現在席が埋まっておりまして……」

 だが、やはり満席らしい。本当に心苦しそうに謝る店員は頭を下げ、そのままやんわりと近くの店に案内しようと続けた。

 だが、オルガさんはそれを止める。そしてハンカチを一枚鞄から取り出すと、それを差し出し店員に言った。

「こちらを責任者に見せて、指示を仰いで頂けませんか?」

「……恐縮ですが、お名前を窺っても?」

「ユスティティアの娘が来たと言えば、恐らくわかるでしょう」


 自信満々に言い放つオルガさんに圧倒されたのか、店員はすぐにその白いハンカチを手に奥へと向かっていった。

 ……この反応は、まさか。


 鼻歌でも歌いそうな雰囲気のオルガさんに、僕は問いかける。

「もしかして、この店ってオルガさんの実家と何か関係が?」

「ご明察です。私の父がこの店の出資者でして、多少融通を利かせてもらうことが出来るのです」

 オルガさんは鼻高々にそう言って胸を張る。だが、これはどっちだ? 貴族としての関係だろうか、それとも商家としての関係だろうか。

 ややあって、先程の店員の上司らしき男性が僕らに駆け寄ってきた。


 揉み手をするように丁寧に、店員はオルガさんに頭を下げる。

「これはこれはオルガお嬢様。ようこそいらっしゃいました。ささ、お席にご案内致します。こちらへどうぞ」

 そして僕らは外套を預けると、案内された席に座った。そこは奥まったところにある個室のような場所で、他の客からは隔離された気分だった。


 席に着いた僕が、満席のはずなのに空いている席がある事を不思議に思っていると、それを察したのだろう。オルガさんが微笑み口を開いた。

「こちらは、関係者が急な接待などで使うために取ってある席ですよ」

「ああ、はい。偉い人用の席ですか」

 寝台列車などであったと聞いたことがある気がする。偉い人がいきなり席を取ろうとしたときに備え、いつもは使わない部屋を設けておくとか。


「お食事の前に、お飲み物はいかがですか?」

 店員がそう笑顔で尋ねてくるが、正直どんなものがあるかはわからない。というか、こういう場合食前酒を聞かれているのだろう。どうしよう、飲んでしまってもいいものか。

 そう悩んでいるうちに、オルガさんが答えてしまった。

「炭酸水をお願いします」

「かしこまりました。では、料理の方はいかがいたしましょうか」

 店員が、そう言いながらオルガさんにメニューを手渡す。チラリと見えた中には、なにやら難しい名前が並んでいた。

「おまかせ、でいいですよね?」

「はい。構いません」

 と返事はしたものの、先程言っていた『変わった肉料理』とやらがそれで出てくるのだろうか。そう思ったが、店員がそれは心得ていたらしい。

「本日のお任せには、血無しの肉が使われておりますが、よろしいでしょうか?」

「血無し……の肉? それはどういう」

「大丈夫です」


 おどろおどろしい名前が店員の口から出されたが、詳細を知る前にオルガさんがそれを阻む。

 瞬きをしてオルガさんを見れば、イタズラを考えている子供のような顔で僕を見た。

「来てからのお楽しみにしておいてください。フフ」

「……まあ、いいですけど」


 正直不安になってきた。そんな僕の不安を余所に、注文は終わる。

 『よろしい』というのは、どういう意味でだろうか。不安だ。


 口に含んだ炭酸水は、僕の舌を刺すように刺激していた。




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