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確認作業

 



「弟分が世話になったようだ」

 大男は、そう僕に言うと、レシッドと僕を交互に見る。

 喧噪に包まれているギルドの中で。僕らに注目している者は殆どいない。以前とは違うそれが気に入らないのだろう。後ろの男は、周りを見て鼻を鳴らした。


 僕はその後ろの男のほうを覗き込んでから、その大男に顔だけ向けた。

「弟分……って、後ろの方ですよね」

 以前、ここで絡まれたので腕を折った男。あの時はたしかレイトンが来て治まった気がするが、やはり治まってはいなかったか。

「何の……」

「お前が、俺の弟の腕を折った後、姿を眩ませたというのに心当たりはあるな」

「……姿を? いえ、無いです」

 そう否定はしたが、その後の行動はどうだっただろうか。

 ええと後はたしか、次の日テトラとレイトンと共にクラリセンへと行って……二日ほど街を空けていたか。

「あ、そのあと何日かこの街から離れてましたね。それが何か……」

「やはり、そうか。では、お前にも罪悪感というものがあったんだな?」

「??」

 僕は首を傾げる。話が繋がらない。何日か街を離れていただけで、罪悪感というのはどういうことだ。


 心持ち声を大きくして、大男は続けた。

「そうか! 俺の弟の腕を折ったあげく、逃げ出してのうのうとしてやがったのか!」

 木の床を踏み鳴らし、大きな音を立てる。その仕草を見て、ようやく僕は意図に気がついた。

 ……本当に、こういう所は僕は察しが悪い。

「信じらんねえ野郎だ! どうせ最近の評判も、いかさまで何とかしてんだろうなぁ!」

 もはや叫ぶようなその声は、この人の集まったギルドの全てに聞かせるように発しているのだ。

 事実、このいくつかの言葉で、ギルドの中の注目は僕らに集まった。

 ……後ろの男と同じ用件か。

 つまらない。僕は大男から後ろの男に目を移し、そして尋ねる。


「以前上手くいかなかったから、今度は兄貴分に泣きつきましたか?」

 その言葉に怒ったのか、後ろの男はずいと前に出る。そして片肌を脱ぎ、腕を晒した。

「兄貴が怖いから俺か!? ワハハ! 仕方ねえ!兄貴は俺やお前とは格が違えからなぁ!」

「話が繋がらない人たちですね」

 溜め息を吐くが、それを男達は見ていなかった。

「お前が魔法使いとか馬鹿じゃねえの!? どうせ魔道具かなんかでそう見せてるだけだろ? いや、そんな細い弱っちい身体じゃ、闘気も使えるわけねえよ。闘気使いってのは俺みたいな」

 そう言いながら、男は腕を膨らませる。太い腕に、それなりに筋肉のシルエットが浮かび上がった。

「怪力じゃなくちゃ使えねえんだよ!」

「……ああ」

 男の言葉で思い出した。そうだ、怪力だ。

「〈怪力無敵〉の……人でしたっけ!」

 たしかそんなような名前だった!

「〈怪力無双〉のトルネ様だ! テメエみたいなインチキ野郎でもそれぐらい覚えられんだろカス!」

 僕の言葉を訂正しながらトルネと名乗った男が吠える。名乗りを成功させてご満悦らしい。口を閉じたトルネは、満足げに口角を上げた。


 しかし、僕が魔法使いではない、そして闘気も使えないとこの男達は吠えている。

 闘気を使える者は魔力を使えず、その逆もまた然り。それは有名な話のはず。であれば実際、僕はどういう扱いになっているんだろうか?

 振り向き、レシッドに尋ねる。


「僕って魔法使いとしては知られてないんでしょうか?」

 王都の方では『王都に入った魔法使い』に数えられていた。ということは、もう魔法使いとして認められていると思ったのだが。

「あー、まあ人によってだなぁ。俺は闘気も魔法も見てっし、お前が何しようともうあんまり驚かねえが……。『魔道具を使ってそう見せてる』って奴とか『魔法使いが闘気使いのフリしてた』とか、はたまたそいつらみてえに全部インチキだって奴もいるし」

 面倒くさそうにレシッドはそう言った。まあ一番驚きなのは、そんな話をするぐらい僕が人の口に上っているということだった。



「で、トルネさん。その格上の方を連れてきたのはどういうわけなんです?」

 話を戻そう。トルネはまた僕を売名に利用しようとしてきた、のだと思う。では、こちらの一回り大きな兄貴分は何故連れてきたのだろうか。

「そりゃあ、生意気なガキを躾けるために来てもらったのよ!」

 その言葉に深い意味は無いだろう。周囲に自分たちを、『生意気な子供を成敗する立派な大人』という感じの印象を植え付けるための演出だ。

 だが、それは失言だ。その言葉の意味をわかっているのだろうか。

「貴方一人では、僕に太刀打ち出来ないから……と?」

「っ……! 馬鹿言え! クソガキ相手なんか俺一人で出来らあ!」

「前回、治療院に急いで行く羽目になったのはどなたでしたっけ?」

 素直に『手に余るから』とでも言えばいいのに。周囲を煽り印象を植え付けることは出来るのに、そういう知恵は無いのか。


「……喧嘩売ってんだな……?」

「今売られているのは、どう見ても僕の方な気がしますけど」

 いきなり声をかけられ、そして大きな声で衆目を集められ、インチキ野郎と馬鹿にされている。明らかに僕が喧嘩を売られているのだ。


「やめとけやめとけ。どっちも結果は見えてんだろ」

 レシッドの止める声が響く。前もこんなことがあったと少し懐かしくなった。

「そうだな、俺様がこのクソガキをひねり潰して終わっからな!」

「……クッソつまんねえ奴」

 ボソリとレシッドが呟く。興味なさげに視線を逸らしたレシッドに、前の大男も反応した。

「貴様もそのガキの仲間か。……いや、違うな、たしかお前の顔は見たことがある」

 答える気も無いレシッドに、大男が一歩近付く。そして手を口に当て暫し考え、そして思い出したのだろう。目を開いて叫んだ。

「そうだ、〈猟犬〉! 貴様がそのガキに魔道具を流してやってんのか!」

「うるせえな。目の前にいるんだから普通に話せや」

 抗議の言葉を無視して、大男は笑った。

「なるほど、少しは名の知れた貴様も、実際はこんなインチキに手を貸すような卑劣な男だったか! 無名の弱者に手を貸して、身の丈に合わぬ名声を背負わせるのはそんなに楽しいか!?」

「いい加減、うざってぇ……」

 レシッドがこめかみに指を当てて瞑目すると、大男は図に乗ったように更に続けた。


「いいか? 貴様のしている行為は、他の探索者への明らかな裏切りだ! 見てみろ、真面目に依頼をこなし、素材を収集し獲物を狩って解体をして、そんな働きを一日続けて帰ってきた男達だ!」

 こちらを眺めていた探索者達が、大男の言葉に少しざわめいた気がする。

 大男は、ビシッと人差し指でレシッドを指す。大げさなその仕草は、まるで見得を切ったようだ。

「それを、いいか? 貴様はそのガキに不当な力と名声を与え、高額の依頼を取らせ、僅かな労働で多額の収入を得させている。他の探索者達が命がけで駆けずり回り、僅かな利益を得ているその横で、だ!」

 一息にそう言い終わると、またレシッドの返答を待たずに息を大きく吸って続ける。

「このギルド内に、お前等のような卑劣な者がいるのは我慢ならん! このガキと共に即刻去れ! さもなくば」

 最後の仕上げとばかりに周囲を見渡し、そして宣言する。その前に一瞬だけ笑ったのは、周りの者は誰か気付いているだろうか。


「この場にいる探索者の怒りを、お前達二人に俺様達がぶつけてやる!」



 周囲の雰囲気が変わった。

 人が多くてしっかりとした判別は出来ないが、気持ちの良いものではないので、恐らくこれは敵意だろう。僕とレシッドに向けて。

 皆何となく、僕らが悪い者だと思っているのかもしれない。先程の大男が発した言葉を、真に受けている者すらいるのかもしれない。

 そういう能力はあるんだから、他の所で役立てればいいのに。

 僕は内心溜め息を吐き、そう思いながら、一歩踏み出した。


「これで立ち向かってくるか、ガキ。その勇気は認めよう! だが、行いを許すわけにはいかない。この〈超力無双〉ブルクス様が、弟に代わり直々に性根を叩き直してやろう!」

「今度は足とかの方がいいですかね」

 ブルクスと名乗った男の前に進み出る。見上げるような男。僕の相手はこんなのばっかりか。


 そうして手を出そうとした僕の肩に、がしっと手が乗せられた。


「まあ待てや。この超力なんちゃらは、俺にも……というか殆ど俺に喧嘩売ってんだ。俺がやるから、一歩下がってお前は見とけ」


 レシッドがそう僕に言う。その顔はブルクスに向けられているが、眉は下がり覇気は無かった。

「馬鹿なことを。〈猟犬〉、その偽りの名声は俺様には通用せんぞ」

「いいからちゃっちゃと掛かってこい。これから用事があんだよ」

「ガハハ、なら、悪かったな! その用事は取り消しだ……」


 消え入るようなその語尾は、ブルクスの意図したものではないだろう。

 ブルクスは、膝を折りそのまま崩れ落ちる。白目を剥いて、口は半開きとなり地面に向かって落ちていった。


 レシッドの動きは僕でも鮮明ではなかった。見えたのは、終わった形だけだ。レシッドの手刀が、ブルクスの首のあった位置に伸びている。そして、躱せないようにブルクスの右のつま先を踏み、動きを制限している念の入れ様。

 一瞬で終わったその戦いは、戦いと呼べるものですらない。



「だよな、俺、強いよな」

 その視線は、ブルクスを見ているようで見ていない気がした。そして、その呟きは微かにしか聞こえず、意味もきっと本人しかわからないものなのだろう。何かに納得したように、レシッドは微笑んだ。


 顔を上げる。

 もはやブルクスは眼中に無いようで、トルネに向かい、レシッドは話しかけた。

「それで、お前は?」

 その言葉にびくりと肩を振るわせるトルネにすらもう興味は無くしたようで、レシッドは振り向く。その笑顔は、何かの憑き物が落ちたかのように晴れやかなものだ。

「……と思ったが、そういやこいつはカラスだな」

「え、ええ。僕に用事があるようでしたが」

 トルネの戦意が無くなっているように見える。チラチラとブルクスの身体を見るその視線に、怯えがあった。


「……レシッドさんの言葉じゃありませんが、貴方は? 向かってくるならお相手しますよ」

「ど、どうせその男から助力があるんだろ!? 知ってるぞ、俺は知ってるからな!?」

 一歩後退ったトルネは、完璧に戦意を喪失している。ただ、その意地で言い返しているのだろう。何というか、健気に見えた。

 レシッドが溜め息を吐く。

「俺は何にもしねえよ。俺よりも強い奴に助力するとか、俺完璧に馬鹿じゃねえか」

「それは流石に謙遜ですけどね」

 先程の一撃も、ゴーレムを一刀両断にしたのも見事だと思った。


 でも。

「助力が無いのは本当です。向かってきますか?」

 僕はそう言いながら一歩踏み出す。それで勝敗は決した。


「クソォ、クソォ、覚えてやがれ! いつか化けの皮剥いでやるからなぁ!?」

 最後までやられ役のような言葉を発して、トルネは立ち去っていった。引きずられていくブルクスが可哀想ではあるが、兄貴分を見捨てない弟分という所だけ、僕の中でトルネの評価が上がった気がする。マイナス一万からマイナス九千九百九十九に上がったくらいではあるが。



 あのときと同じように、ギルド内は元に戻る。

 また喧噪に包まれ、レシッドと僕にはもう誰も興味を示していなかった。


「災難でしたね」

「まったくだ」

 そう答えるレシッドは、言葉とは裏腹に笑っていた。

「俺もお前も有名ではあるからな。あの手の輩はまあ寄ってくるよ」

「……もう少し、舐められないようにするにはどうしたらいいんでしょうか」

 今回の発端は、僕が舐められトルネに突っかかってこられたことだ。やはり、服装をもっと強そうなものに変えるしかないのだろか。

「お前ちっこいから、それは無理だな。まず目一杯喰って背を伸ばせや。多分、それからだ」

「身長ですか……先は長いなぁ」

 もう少しで成長期ではあるが、その後に期待だ。目指せ八頭身。





 僕は少しでも身長を伸ばそうと、背骨を引っ張り伸ばしてみる。

「あの……」

 そうして脊椎の牽引に熱中している僕の後ろから声が掛かった。

 先程の招かれざる客ではない。その客を見たレシッドが、壁から跳ねるようにして動き出し、その雀斑の少年のもとに歩み寄る。

「久しぶりだな、バーン……っていったか?」

「では、貴方が伝言をしていったレシッドさんですか? 自分に、何のご用でしょう」

「ま、立ち話もなんだ。座れ」


 それだけ言って、レシッドはバーンを、部屋の隅にあるソファーに座らせた。

 緊張した面持ちで座るバーン少年に、レシッドは徐にその魔剣を見せる。


「これが何だかわかるか?」

「……これは……」

 バーンはその剣の柄を握り、鎬に指を滑らせながら考える。そしてすぐに答えが浮かんだようで、弾かれるようにレシッドの方を向いた。

「これは! 父上の!!」

「ああ。ブラワーの……遺品だ」

 レシッドの言葉に、バーンの目が見開かれる。その目には、若干の涙が浮かんでいた。





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