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死体の理由

 



あいつ(上の死体)は、こいつにやられたってのか?」

 レシッドは落ちた目玉を拾い上げ、割れた二つの欠片をくっつけながらそう言った。

「こんな魔物にやられるような方だったんですか?」

 僕はそう尋ねる。むしろ驚きだ。ここまで入ってこれるような者……おそらく色付きが、あんな魔物に負ける気がしない。

「うんにゃ。魔剣だって持ってたんだぜ? こんな……やつ……」

 レシッドの言葉が途切れ途切れになる。何かに気がついたように、眉を上げた。

「こいつ魔物じゃねえな。人工生物(ゴーレム)だ」

「人工生物? 魔物じゃないんですか?」

 生き物……ではあるのか。そして魔力を持っている。でも、魔物ではない。

 どういう定義だろう。

「なんつうか……魔術とか魔道具を使って作って操る人形だよ。核みたいのを入れて、それを中心に作るって聞いたことがある。多分、この目玉がそれだ」

 使い魔みたいなものだろうか。そして、それは核を使っていくらでも生産出来る、と。



 二人の動きがピタリと止まる。

「ねえ、レシッドさん、僕、嫌な事を想像したんですが」

「奇遇だな、俺もだ」

 僕とレシッドは顔を見合わせ、苦笑いをした。

 いくらでも生産出来る人形に上の死者、そして、このゴーレムに止めを刺すように突き刺さったままだった魔剣。付け加えるならば、上の死者は武器を持っていなかった。


 僕の耳に微かに、ぺたぺたという音が届いた。それも、複数。


「どうします? 蹴散らしますか?」

 音の方を見ずに、そうレシッドに問いかけるが、レシッドは人差し指と中指の爪を噛んで固まった。

「と、とりあえず足止め出来るか?」

「あれ程度ならばいくらでも。ですが、恐らく……」


 ドドドドドという、地響きに似た音が聞こえる。

 間違いない。ゴーレムの群れだ。そしてその中に、テンポのずれた一際大きな音も混じっていた。


「そりゃ、いますよね」

「ぬがぁぁ、マジか畜生!」


 先程の大きさのゴーレムの大群が走ってくる。それに、群れに混じった大きな個体。大きさは僕の身長よりも高く、二メートル以上。狭いスペースに対応するためか、身長に比べてやや横幅の拡大は控えめだが、それでも大きくなっている。

 隊長格なのだろうか。その中でも一際大きな個体が「ろー!」というような野太い雄叫びを上げると、それよりも少しだけ高い声で周りの小さな個体が続けて叫んだ。



 闇の中に、光を放っているようにも見えるその目玉が浮かび上がる。肉眼でも僅かに確認出来るということは、本当に光っているんだろう。

 星空のようなその光は二十以上だろうか。一つ目の他にも二つ目や三ツ目の者もいるのでそこは数えるのが面倒くさいが。


「さっきの人は、一匹目を倒した後、これを見て逃げ出した……と」

 そして、殺されたのだ。

「冷静に言ってる場合かよ!」

 レシッドが焦って叫ぶ。見る間に、階段を背にした僕らは囲まれてしまった。

「とりあえず逃げるぞ! いくらなんでもこの数は……」

「多分、上に行ってもまだいますよ、こいつら」

「は!?」


 ここに至るまでの道を思い出す。一本道の階段のその上、小部屋があり、そしてその小部屋は三つあった。

 隠し扉がある部屋が、一つだけとは限るまい。

 いやむしろ、あれは隠し扉でも何でもなかったのかもしれない。そしてあの通路も、隠し部屋などではなかった。今となってはそう思う。


「どこの機能が壊れているのかはわかりませんが。……外敵の感知あたりからですかね? きっとこの部屋は機能していなかったんです。部屋、と言っていいのかもわかりませんが」

「だから、早く逃げ……」


「ま、その辺りはおいおい考えましょう」


 飛び込み、手近なゴーレムの頭を裂き、目玉を割る。そのままの流れで蹴りを一発、それで新しい目玉が潰れた。

 乱戦ならば、この前のクラリセンで慣れている。ましてや、この程度の敵。レシッドの身を守らずに済むのであれば、この程度蹴散らすのは造作も無い。

 順調に壊していく。一つ、躱したゴーレムの拳が壁に当たり大きなへこみが出来た。……金属の壁でこれだ。突き破ったフルシールよりは弱いものの、それでも急所に当たればまずいだろう。それを見て、少し気を引き締めた。


 だが、それ以外は危ういところも無い。駆逐する。最後に残ったデカブツの、寄り集まった複眼のような目玉を踏み砕けば、元の静寂が戻ってきていた。



 僕が振り返ると、レシッドの警戒も解けたようで、腕をだらりと下げた。

 それから、壁にトンと背中をつけ、溜め息を吐いてから言った。

「何つーか、悪かったな」

「……何のことでしょう?」

 いきなり謝られ、僕は首を傾げる。だが、レシッドはその先を言うことは無かった。


 レシッドはふと笑うと、肩を回して目を瞑る。

「さて、第二陣が来るとしてもまだ時間があんだろ。奥に行けば、あいつら作った道具があるかもしれねえ。急いで探そうぜ!」

 レシッドは気を取り直し、元気よく歩き出した。一応の警戒をしながらその背を追う僕は、その早歩きに追いつくことが出来なかった。


 結局追いついたのは部屋の最深部、水槽に肉塊が浮かぶ、大きな機械の前だった。




 大きな箪笥ほどの大きさの機械に、直径一メートル程もある円筒形の水槽が並んでいた。

「何でしょう、これ」

 機能は生きているようで、その水槽には下から細かい泡が立ち上り、肉塊には何本ものコードが突き刺さっていた。

「見当は付くだろ。これがさっきのゴーレムの製造機じゃねえか」

 レシッドがその機械の端を指さす。その先の穴から、ゴウンというような低い音とともに、丸まった小さなゴーレムが転がり出てきていた。

「……また……」


 僕が臨戦態勢を取り、前屈みに跳ぼうとする。だが、それよりも速く、風のようにレシッドが舞う。ゴーレムの前、そこに降り立ったレシッドは、手にいつもの小刀を握っていた。

 次の瞬間。僕の目にも振りかぶられた腕が見えないほどの速さで、斬撃が終わる。残心は、その動きで舞上げられたケープが首の後ろで落ち着くまで。獰猛な鷹が獲物を狩るときのような、そんな印象を受ける。

 一瞬遅れて、ゴーレムがタタとふらつくように後ろに下がると、ずるりと左右に分れた。


「なるほど。こいつら単独じゃあんまり強かねえんだな」

 死体も見ずに、振り返ってレシッドは微笑む。どこか安心したような優しい顔だった。



「で、これどうします? 流石に持ってくわけにもいきませんよね」

「昔に出てる人工生物を作る魔道具ってのが、一抱えくらいの箱だって話だったからなぁ。仕方ねえ。これも置いてく……んだが」

 頭をポリポリと掻きながら、レシッドは呟いた。

「さっきの人工生物、まだ作られるよなぁ……」

 その視線の先には、水槽に浮いた肉塊があった。恐らくこれが動力なのだろう。

 考えてみれば、魔道具は闘気が動力なのだ。生き物がいなければ動かない。この肉塊は、闘気を絞り出されるために培養されているもの、だと思う。

 それが遙か昔から維持されていた、というのは驚きだが。この装置自体のエネルギーとか、肉塊の寿命とかはどうなっているんだろうか。


 まあ、この装置の詳しい構造に関してはいいだろう。そしてレシッドの、追われる心配は恐らく無用だ。僕は、中腰の状態から立ち上がって答えた。

「壊していくのも良いと思いますけど、多分、あんまり心配はありませんよ。それよりも、上に何かいる方が厄介です」

「……そういや、さっきも何か言ってたな。上にもまだいるとか」

 細い眉を片方上げて、レシッドは片目を閉じる。

「どういうことだ?」

「こいつらの役割を考えていたんです」

 先程死んだ人工生物の目玉を見ながら僕が答える。

「ただの魔物なら、ここに迷い込んでくることはあるでしょう。ですが、この機械は明らかに何者かの手によってここに設置され、何かの条件に則って人工生物を作り出している」

「まあ、無限に作り出せるんじゃなけりゃそうだろうな」

「ではその条件とは? 僕らが初め見たのは、一匹だけでした。大勢いれば流石に気がつきます。そして一匹死んだら、新たに大軍が、それも強化された個体が出現しました」


 少し考えると、頭の上に電球が浮かんだように、レシッドは目を大きく開いた。

「一匹死んだから、その原因を排除しようと作ったと?」

「早い話がそういうことです。加えて、あの目玉は光や物体ではなく、動きを感知しているようでした。先程のはレシッドさんの腰の灯りですけど」

 レシッドは無言で続きを促してきた。

「では、何故襲ってきたか。初めは、食料にするのかな? と思いました。ですが、そう考えると上の死体の説明がつきません」

 まだ食べる部分が残っている死体。そして、その死体は一部分だけ消失していた。今思うとあれは、ちぎり取られたのでない。大きな口で、囓り取られていたのだ。


「死ねば興味を失い、一匹欠けたら増産される」

 我ながら穴のある推理だとは思うが、僕の言葉でレシッドにも察しはついたらしい。一応破綻はしていなかったようで、少し安心した。

「生きている侵入者に襲いかかり、排除する。もしもその侵入者が脅威ならば、増産して複数でかかっていく。……つまり、この遺跡の警備にあたってるんじゃないでしょうか」


「なるほどな。それじゃあ、この上にもいるってのは?」

「階段の上を含めて、隠し通路と思わしき通路から繋がっていた三つの部屋。全部同じ用途のものだと考えられませんか?」

「……ああ」

 ゴウンと音を立ててまた一つ生産された目玉を魔法で叩き割る。一匹だけなら本当に何でもない生物だ。

「ここに繋がる扉は、多分隠し扉ではありませんでした。この人工生物の搬出口です。そしてそこに繋がる部屋は、待機所。そして、この部屋の人工生物が壊されたことを他の部屋でも察知出来ているとすれば?」

「そりゃ、上にも待ってるな。上から来ないのは、この部屋の搬出口が壊れているからか」

「そうですね。他の搬出口も壊れているのであれば、出てこれはしないとも思いますが」


 長年の劣化のせいで警報装置の性能が落ちていて、この遺跡への侵入者を把握出来なくなっており、今はこの部屋だけ何とか警備が出来ている。というのは完全な推測だが、そこだけ何とかすれば大体つじつまが合う。

「なので、多分追われる心配は無い。もっとも、この遺跡から出てきても追ってくるようであれば話は別ですけれど」

「……ま、追っかけてきてもネルグの魔物の餌になるだけだな」

 納得した様子のレシッドは、ズボンの埃を払う。またこれから出るときに埃だらけになるのだから意味が無いと思う。

「わかった。早いところ離脱すんぞ。もう、燃料が危ねえ」

 灯りが消えれば、目視に頼っているレシッドには大問題だ。その場合、僕が光球でも浮かべればいいのだが。

「わかりました」

 そして追い縋ってくる人工生物を二、三個壊しながら、僕らはまた長い階段を上っていった。




 搬出口の手前。レシッドは立ち止まる。急がなければならないのに、何だろうか。

 そう思った僕は、その視線の先を見て納得した。

 雑に放置された死体。それを階段の脇にキチンと寝かせてやる。そうだ。もはやこの死体は何処の誰のかもわからない死体ではない。レシッドにとっては、知り合いの遺体だ。何か思うところがあって当然だろう。

「……燃やしてあげますか?」

 聖教会の信者は、死ねば魂は炎の中に帰るという。そのためにその後死体を焼き、身体まで炎の中に送るのだ。

「いや、こいつは聖教会の信徒じゃなかったしな。よく酒飲んで言ってたぜ。『俺が死んだら、死体はネルグに放置しておけと息子に言ってある』ってな」

 ここは遺跡の中。ネルグの中といってもいい。ならば。

「ここに放置ですか」

「ああ。そんなんでいいだろ」

 レシッドは、赤い肩掛けを外し、その死体に着せる。劣化しくすんだ色合いの衣装の中で、その赤い色だけが鮮烈に見えた。気に入っているらしい肩掛けなのに、何のつもりだろうか。

「それは?」

「ちょっとした目印だよ」

 それだけ言って、レシッドは立ち上がった。そして、僕に言い放つ。


「んじゃ、この扉、早く開けてくれると助かる」

「ああ、はい、すいません」


 僕は搬出口を押し上げる。ガラガラと音を立てて持ち上げられる重い扉。

「…………」

 ……その向こうにいた人工生物と真正面から間近で目が合い、無言で閉めた僕は悪くない。


 間近で見ると、わりと本気で気持ち悪い生き物だった。




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