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一つ目のホムンクルス

 


「お、おぉぉぉ……!」

 レシッドが力を溜めるように身体を縮める。やけに長い溜めに少し心配になったが、すぐにレシッドは力を解放し、若干飛び上がった。

「っっっしゃあぁぁ!!」


 喜色満面とはこのことだろう。興奮した様子で、レシッドは刺さった剣に走り寄っていった。

 柄に手を掛け、身体を屈めてしげしげと眺めながら、口早に語る。

「魔剣か、魔剣だろこれ!? 一本でどんだけすんだろうな!? ふおおおお、俺にもようやく運が回ってきたぁ!」

 喜びの顔のまま周囲を見渡し、そしてもう一度吠えた。

「他にも絶対なんかあるぜ、ここ! そこら辺に並んだでっかい箱の中とか、いかにもなんかあるだろこれ!!」

「とりあえず、落ち着きましょう」

 にやけた顔ではしゃぐレシッドを宥めて、僕も周囲を見渡す。立ち並ぶ機械は動いている気配もなく、ただ置物のように鎮座している。

 ……これも魔道具だろうか? だとすればどんな機能が?


「これ一本でも、ここまで来た甲斐があるってもんだ!」

 レシッドが剣を引き抜き、しげしげと眺める。柄の拵えは革が巻かれた普通の剣だが、刀身に奇妙な文様が見えた。一メートルほどの両刃の剣のその刀身の中央に、赤い文様がはばきから切っ先近くまで走っていた。

「ダーインスレイヴまではいかなくても、金貨二十枚は堅えな。何すっかなぁ? まずは、そうだな、この肩掛け新調しねえとな!」

 肩にかけられたケープをレシッドは摘まむ。その後ろ側にあるファーには焦げ跡が付いている。先程の話からすると、ニクスキーさんとの戦闘によるものだろう。

「その肩掛けそんなに気に入ってるんですか?」

「おうさ。綿クラゲの上等なとこだけ使って作った特注品でよ。これだけでも金貨二枚かかってんだぜ」

 自慢するように、というか自慢しているのだが、その赤いケープを撫でて誇らしげにそう言った。


「ま、急ぐこたあねえや。しばらくは優雅な休日を……」

 刀身を鍔の方から切っ先まで見通すように眺めながら展望を語っていたレシッドの口が急に止まる。先程までの喜びの色は鳴りを潜め、目を細めて顔を顰めた。


「どうしましたか?」

「いや……」

 急にテンションが下がり、悲しそうな顔も見えたレシッドに僕も近寄る。

 だが、そのレシッドは置いておいて、僕はその足下に気がついた。


 転がっている何かの部品のような物。見てみれば、野球ボールほどの大きさの白い球。

 それが床についた傷とほぼ同じ形状に裂かれて落ちていたのだ。

 まるで、その剣はこの球を縫い止めるように刺してあったかのように。僕にはそう見えた。


 レシッドの下がったテンションも気になるが、僕はこの球の方が気になる。

 拾い上げてよく見てみれば、それは黒い円で塗られたような場所もあり、これは……。

「目玉?」

 眼球のようだ。ただし、素材はプラスチックのような硬質な素材で、明らかに生物のものではない。人体模型の眼球部分、そう言われれば納得するだろう。


 これは何だ? そう考えている僕の頭上の方から、レシッドのポツリポツリとした声が降ってきた。

「さっきの男な、やっぱ知ってる奴だったみてえだ」

「お知り合いでしたか。……では、その剣はもしかして」

「ああ。奴が使ってた、ティルフィングって魔剣だ……、性能的には、大したことねえ剣なんだけどな」


 レシッドは軽く剣を振る。その軌跡が、赤く染まって見えた。

「最近酒場で会わねえと思ったら……」

「……探索者なら、仕方ないですよ」

 僕とレシッドも、ここまで来るには死ぬような罠を突破してきているのだ。その男性も、そんな死地に自ら入りそして死んだ。そういうことだろう。

「……ま、そうだな」

 もう一度、今度は踏み込み剣を振る。空気が裂けて、乾いた音が室内に響いた。

「それじゃこれは俺が有効活用するとして、他を見て回ろうぜ」

「……はい」

 ウインクしながらそうレシッドは言った。そして、鞘代わりだろう、幅の広い包帯のような布をクルクルと刀身に巻いていく。

 僕は切り替えの早さに少し戸惑ったが、きっと探索者ならこういうものなんだろうと納得する。まあ、道具は使ってこその道具だ。持ち主も死んでいる。レシッドが使うというのであれば、僕に邪魔する権利はない。



 いくつもある機械は、やはり何かの制御をしていたのだろうか。レシッドはそれを小突きながら、嬉しそうに言う。

「こいつらも何かありそうだが、持ってけそうにはねえな。位置情報だけ報告しとけばそれなりに報酬が出んだろ」

「流石に嵩張りますしね。ギルドも、解体して持ち出すんでしょうか?」

「こん中で直接調査とかすんじゃねえの? よく知らねえけど」

 使えそうにない道具に興味は無いようで、レシッドはそれだけ言うと奥へと歩いていった。




 その時。

 ぺたりと音がした。レシッドではない。立ち並ぶ機械の奥の方で、床に柔らかく平たい何かをぶつけるような音がした。

「……レシッドさん?」

「んあ?」

 振り向いたレシッドに気がついた様子は無い。空耳だろうか? いや、もう一度した。今度は続けてぺたぺたと響いて移動している。

 これは……。


 僕は咄嗟に叫んだ。

「こっちへ! 何かいます!!」

「……ちっ……」

 レシッドが舌打ちをして跳び退る。警戒心を一気に引き上げたようで、いつ出したかわからないほど自然に、両手に小剣を構えていた。

「何だ? 何がいる?」

「わかりません。向こうの棚の奥から、小型の何かが移動してきています」

 僕も魔力を展開。小型の何かを刺激しないような範囲で最大限まで広げた。そして機械の陰に隠れると、そっと覗いて姿を窺う。



 三十メートルほど先。ヌッと棚の陰からそれは姿を現わした。

 人間ではない。そして、それは僕も見たことがない生物だった。

 身体のパーツの形は、人間に準じてはいる。だが、スケールがおかしいのだ。大きな目玉に大きな唇、それに伴う大きな頭部。そして大きな手足。それ以外は極端に細く小さい。


 生物、という括りでなければ、僕はそれを見たことがある。思い出してみれば、それは前世で見た図鑑。

 体性感覚のホムンクルスのような、そんな異形の生物だった。


 違うところといえば、目が一つあるだけの隻眼である。その大きな目玉はギョロギョロと周囲を見渡し、何かを探しているように見えた。



 レシッドと僕は目を合せる。

 どうするべきか。友好的な生物というのは考えづらい。襲ってくるか、それとも不干渉なのか。それはわからない。

 だが、上で死んでいるレシッドの知り合い。その死因に関わっている存在である事は想像に難くない。


 どうするか。そう目だけで会話をしている最中、レシッドがふと腰の辺りを見た。

 その動きで、灯りが揺れる。それまで灯りがレシッドの位置を示していたのにもかかわらず気がついていなかったその異形が、光の揺らめきに反応してこちらを向いた。


「―――」

 何か鳴き声のようなものを呟く。まずい。何かしようと……。

 次の瞬間、ぺたぺたという音の間隔を狭めるように、異形は闇の中を疾走し始めた。勿論、僕らに向かって。

 もはや、その足音はドスドスという重たい音に変わっていた。


「……っ!」

 明らかに敵対的な反応だ。目が血走り、野太い雄叫びのような鳴き声も聞こえてくる。

「やばい!」

「レシッドさんは下がって! 僕が相手をします! 危なそうだったら逃げてください!!」

 僕は魔力を集中する。

 だが、一瞬の躊躇に魔法が止まった。魔法が通用する相手だろうか? もしも、スヴェンのような魔力を持っていたら?

 そう思った次の瞬間には、異形は僕の目の前まで迫ってきていた。


 瞼の無い目が僕を見つめる。五十センチメートルほどの身長とほぼ同じくらいの大きさの拳を握り締め、僕へと振りかぶっていた。

「……!」

 スローになる周囲の視界に、僕は目を覚ます。

 何やってるんだ。そんなことに気を取られて。魔法をぶつけてみないことにはそんなこと考えてもわからないのに。


 風の刃を生成。それを異形の頭を割るようにぶつける。

 効果の無かったときに備えて、次弾で拳をぶつけられるように準備。


 ……だが、その準備はどうやら必要なかったらしい。



 身体を左右に二つに分けるように、無言で異形は崩れ落ちた。






「……これだけか?」

 あまりの呆気ない最期に、レシッドの呆れたような声が響く。

 僕も驚いた。手応えは殆ど無い。魔力を帯びていた。大犬よりは硬いだろうが、そう強くもない魔物だった。

 そしてその異形はぐずぐずと溶けるように崩れてしまう。

 後には、先程拾ったような目玉が、一つ残るだけだった。




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