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少年の魂大人まで

 


「ここで死んでねえって、じゃあどこで」

「この血は、()()から溢れたもの、じゃないでしょうか」


 僕は、床の一点を指差す。

 金属の合わさった継ぎ目。細いその溝は、この部屋を縦横に走っている。

 その溝に沿って広がる血溜りは、たしかにここの部屋を中心にしているように見えた。

 だが、違うのだ。


 その指をつつと走らせ、溝を辿る。この溝を伝ってこの血が来ていたとすれば、話は違ってくる。タイルを合わせた継ぎ目の溝は、壁際まで伸びている。壁際までではない。壁の奥、その向こう側まで。


 レシッドが少しだけ目を見開く。

「更に奥の隠し部屋か……」

「隠し通路かもしれません。どちらにしろ、その壁の向こう側に空間があるように見えませんか?」

 床を這うようにその溝と壁の交わるところを覗き込む。そこに空いた小さく黒い穴は、血が通るには充分な太さだ。


 そのとき、フッと灯りが消える。レシッドの予備のランタンが切れたのだ。

 ちょうどいい。怪しいところは無かった。では、この壁の向こうの探査に移ろうか。


「時間ですし、この壁の向こう調べてみてもいいですか?」

「……いいだろ。けど、油断すんなよ」

「わかってます」


 不用意に罠を起動させてはいけない。とりあえず糸状にした魔力を、穴を通して向こう側まで進める。

 思った通り、そこには空洞が広がっていた。そこから、糸の端を広げるように魔力を展開していく。複雑な形状を作るのは面倒だが、出来ないわけではない。

 そうして広げた魔力で、空洞の形を恐る恐る探る。

「……やっぱり、ありました」

 恐らく階段だろう、下に続く段のようになっている床。そして、やはりあった。乾いた肉の感触。

「空洞も、……死体も、そちらに」

「……わかった」


 レシッドは眉を顰めて目を閉じる。指を忙しなく動かして、考え込んでいるように見えた。

 やがて何度か頷くと、僕を見て尋ねる。

「この壁の開け方とかはわかるか?」

「仕掛けはありそうなんですけど、起動するのは難しいかと……」

 扉の上部に、歯車のような部品がいくつも使われているのが感じられる。どうにかすれば開くのだろうが、それに関するスイッチ類は無いように思う。

「強引に開けることは出来そうですけど、開けますか?」

 だが、多分無理やり上げれば普通に開く。見付けづらく重たい金属のシャッターと考えれば、そんな感じだ。


「どーすっかなぁ。誰か死んでいるのは変わんねえから、向こうが危険なのはそのままだ」

「はい。一応、今のところ扉の周囲に何かがあったりはしません。罠等もなさそうですが……」

 でも、その男の死因はあった。ここを開ければ、それが発動するかもしれない。


 じっと、レシッドの返答を待つ。レシッドは後頭部をボリボリと掻いて、一度深呼吸をした。

 それから、牙を見せてニヒっと笑う。楽しそうに。

「だがよ、俺たちは探索者だぜ」

「……そうですけど……」

 レシッドが通常行っている暗殺や用心棒が、探索者の業務かと言われれば首を傾げるが。 

 そしてレシッドは足を踏み鳴らす。迂闊な行動だとも思うが、それを咎める気にはなれない。


「危険だからって、お宝がありそうなところで回れ右は無えな!」

 そう高らかに宣言した。澱んだ空気に声が響く。

「行くぞ。開けろ!」

「……わかりました」


 雇い主には逆らえない。僕は了承の合図とともに、壁を持ち上げるべく力を込める。

 その壁の向こうを見るレシッドの周囲に、風が吹いた気がした。





 扉は単純に持ち上げるだけだ。一度開いているからか、錆び付いた歯車にもかかわらずそれなりにスムーズに扉は動いた。

 その奥には闇が広がる。そして、その手前には。

「こいつか……」

 ドサリと半乾きの死体がこちらに倒れてくる。扉に前向きにもたれ掛かっていたようで、うつ伏せに力なく死体は倒れた。

「死因はなん……!」

 レシッドの息が詰まった。僕も、この目で直接見ると多少気分は悪くなる。

 その死体の死因は明白だった。

 下半身が、引きちぎられたかのように消失していたのだから。



「見覚えとか、あります?」

 死体をひっくり返し、顔面を……といっても、ミイラのようにカピカピになっている頭部をレシッドに向ける。この遺跡に来るということは、イラインで活動していた探索者という可能性が高い。

 顔見知りではないか。そう思い尋ねるが、レシッドの表情は芳しくない方向だった。

「……知らねえというか、わかんねえな。もっとこう、瑞々しい顔ならわかるかもしれねえが……」

「装備とかでも判別出来ませんか?」

「残念ながらな。黒い鋼の胸当てなんかありふれてるし、……武器とかはあるか?」

「近くにはありませんね」


 言われて周囲をもう一度探すが、見当たらない。階段の下に何か転がっていたが、よく見てみれば足だった。おそらく、この男の膝から下だろう。

「見た感じ、腰から膝までの範囲が消失していますが……、どんな状況でしょうか」

「でっかい刃物で横薙ぎにされ……たら消えはしねえよな……」

 それなら身体が上下に分れるだけのはずだ。二つの刃物で切られ、達磨落としのように真ん中が弾き飛ばされたとでもいうのだろうか。

「岩山とかで崖崩れに巻き込まれると、縄で身体が千切れたりするよな」

「命綱で固定されている場合ですよね。ここで、そんなことが起きるとは思えませんが」

 室内である。その縄のようなものも見当たらないし、そもそも縄で身体を保持する意味がわからない。


「どっかに固定した紐を腰に結んで進むってのは、深度が不明な遺跡探査とかでたまにやるらしいぜ。俺やったことないけどさ」

「……どういうときにやるんですか?」

「紐が尽きたら引き返すんだと。あと、その紐に印を付けて距離を測ったりとかな」

 引き返す時期を見計らうためか。

「ま、こいつがそんなことしていたかどうかはわかんねえけど」

「それに、それならこんな入り口で死んでたりはしませんよ」

 縄が張った状態で引っかかり、体が切断されるのだ。それならば、もっと奥の方で起こるはず。


「考えてもわかんねえ。とりあえず、進もうぜ」

 死体を見付け、その死因がわからないというのに、随分と強気だ。先程までとも全然違う。

「やっぱり、やめませんか?」

 僕はそう尋ねる。レシッドの強気に、不安が増したのだ。

 だが、レシッドは尋ねた僕に笑いかける。優しい笑顔だった。

「……お前は化け狐を殺して、それ売って大儲けしてたよな」

「ええ、はい」

「だから、多分お前にはわかんねえ」

「何がでしょう?」

 突然なんだろうか。そしてまた、『僕だからわからない』ときた。


「……遺跡探索で、何かを見付けて大儲けするってのは、探索者の殆どが夢見ることなんだよ」

 口の端を吊り上げる。少年のような眼差しに、僕は一歩たじろぐ。

 持ち上げてある隠し扉に手を掛け、レシッドは階段を覗き込む。ぽっかりと空いた暗闇は引き込まれそうな黒で、誰かを招き入れようと待っているように見えた。


「それが出来る機会が目の前にあるってんだ。極上の美女が目の前で裸になってんだぜ? 小剣が枕の裏にあろうが、窓の外でそいつの父親が見てようが、飛びつかねえ奴なんかありえねえ! 俺は行くぞ!!」


 そう宣言した声に、澱んだ空気が再度震えた。

 レシッドの横顔は楽しそうで、顔つきはいつもの成人男性なのに、やはり少年のように見えた。

 まるで、親が隠したお菓子の缶を見つけた子供のような顔。


 なるほど。もうお菓子を食べてしまった僕には、そんな顔は出来ないだろう。

 僕の口から溜め息が漏れる。呆れているわけではない。覚悟を決めたのだ。

「わかりました。ただ、お互い怪我はしないようにしましょう」

 もう止める気は無い。この無謀な雇い主に付き合おうじゃないか。 

 僕の言葉にレシッドは嬉しそうに振り向いた。そしてそれから、言葉も無く僕たちは階段を下るため、踏み出した。


 支えを無くした扉が閉まる。床にぶつかるガチンという重たい音に、何故か励まされている感じがした。





 暗闇の階段を下っていく。

 ところによって違うが、十段から十三段くらいの短い階段を降りれば、踊り場がある。

 そしてその踊り場でクルリと百八十度方向転換し、そこからまた階段が続いている。

 その繰り返しだ。

 分かれ道すら無い、一本の何も無い階段。二十分以上下ってはいるが、だんだん飽きてきた。


「……どこまで続いているんでしょうか、この階段」

「長えし、暗えし、なんだろうな、ここ」

 レシッドの先程までの興奮顔も陰りを見せ、ただうんざりした顔が見えるようになってきた。

「燃料の残りとか、大丈夫ですか?」

「帰りの分も考えると、残り少ねえ。もうそろそろ引き返した方が……」

 いいな、という言葉を出そうとしたがそれは止まり、レシッドの口がポカンと開く。

「あ」

「……終点、ですかね」


 トン、と僕たちの足音が止まる。三十分近い下りの先、階段はようやく消え失せる。代わりに現れたのは、何本もの線に繋がれた機械がいくつも立ち並ぶ大きな部屋だった。


「お……ぉ?」

 レシッドの喜んだ様な声が聞こえる。

 その視線の先には、配線の海。その中に、一本の剣が床に突き刺さっていた。





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[一言] ]_・)下半身、発見?
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