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血が伝わる

 


 成果は未だ無い。

 やはり、主だった物品は過去の探索で持ち去られているようだ。時々、ライターのような小さなものは見つかるが、そういった物は後の色付き候補のために放置してある。もしも成果がそれだけならばそれを回収していこうとは思うが、大した成果にはならないだろう。

 三時間の探索で、恐らく一キロ四方程度の中は調べたであろう。

 やはり、一攫千金とは中々いかないようだ。レシッドも僕も、諦めの色が顔に浮かんだ。


「やっぱ無いですね……」

「もう見つかってから時間経ってる遺跡だからなぁ。隠し部屋でも無きゃ、難しいかもな」

「隠し部屋、ですか」


 僕らの探索経路は、廊下とそれに繋がった部屋が全てである。

 見えるところに無ければ、見えないところにある。道理だが、今まで歩いてきた中に、それらしい物はあっただろうか。いや、見つからないから隠し部屋というのか。

 いや、そうであれば、それは。


「隠し部屋って、誰から隠しているんですか?」

「そりゃあ、俺らみたいな探索者から……」

 そう言って、レシッドは顎に手を当てる。

「誰からだろうな」

「ふと思ったんですが、遺跡(ここ)って、どういう謂われの施設なんでしょう? 何で、魔道具とか、こんなガラス片とか散乱しているんでしょう?」

 僕は足下の壊れたガラス製品を足でどけて、床が見えるように開ける。大体の部分が岩で覆われているが、たまに薄いところは金属のようなプラスチックのような、よくわからない素材が露出していた。


 レシッドは、こめかみをポリポリと掻きながら周囲を見渡した。

「昔どっかで聞いたなぁ。色々説があったと思うが。遙か昔に土鬼(ドウェルグ)が使ってた工房だの、古代人達の魔道具収集庫だの。ま、明らかに自然には出来てねえもんな」

「もし仮に」

 床を叩いて感触を確認する。下に空洞はなさそうで、分厚い金属の反響が返ってきた。

「それらの説が当たってるとして、それで隠し部屋があったとして、それは誰かから隠すために作られているはずなんですよね」

「その誰かが俺らなら、俺らには見つけられないところにあるってか」

「そうですね。そんな感じです」

 だからどうということはないのだが。

 足下に置いてあった箱をひっくり返すと、中から大きな虫の死骸が転がり落ちた。




「あと、確認されてる区画はこれで最後でしたっけ」

 先程レシッドが遺跡内部の説明を簡単に僕にしたが、それに従えばそうだったはずだ。

「ああ。一番最後に発見された区画でな。ほら、ここ見てみろ」

 レシッドが横の壁を手で擦る。そこには、乱暴に切断されたと思わしき金属の断面が光っていた。

「隙間が岩から偶然見えてたらしい。そこを広げて見ようとしたら、中にわりと広い空間があったんだってよ」

「ここはこんなに薄い……、一枚の金属の壁だったんですか?」

「いや? なんか、扉みたいな薄い鉄っぽいなんかだったらしい。王都の方に運ばれてったらしいが、何か調べたのかねぇ」

 興味なさげにレシッドは残った壁を軽く叩く。その先は十メートルほどの短い廊下で、三つの部屋が繋がって見えた。

「仕方ねえし、ここ調べたら帰ろうぜ。一攫千金は、また別の遺跡で挑戦だ」

「別の遺跡もあるんですか?」

「いくつかあるらしいな。俺はここしか知らねえが」

 そう言って、何の気なしにレシッドは廊下に入っていく。

 そこは、罠もない通路だった。



「何もありませんね」

 二つめの部屋を確認し終えた僕は、そう呟いた。

 本当に、何もないのだ。全て持ち去られているのだろうか。魔道具のようなお宝はおろか、この部屋はガラス片も散らかっておらず、そして岩で覆われもせずに金属の壁や床が露出していた。タイルのようにいくつも並べて張られたその金属は、やはり正体がわからないが。

「前は何かあったらしいけど、やっぱここも駄目か」

「最後、もう一つですが……」


 そう言いかけて、僕は気がついた。

 綺麗すぎる部屋に、罠の無い通路。隙間があったとはいえ、本来であれば壁のような扉があった。そして、他の部屋の壁に比べて薄かった仕切り。

 ここってもしかして。


「あの……」

「ん?」

 もう力が抜けたような顔でレシッドは振り返る。まだ帰り道に罠は残っているのに、ここで気を抜いては駄目だろうに。

 いや、そんなことは今はどうでもいいのだ。抜けた気ならまた引き締め直せばいいのだから。

 そんなことよりも。

()()()、隠し部屋じゃないですか?」

「ここが隠し部屋?」

「いや、他の所に比べて気密性の高い空間に、罠がない通路で。まるで、人が入った後のことを考えていないような、人が入ってくることなんて考えていないような空間です」

 僕の言葉に、レシッドは首を傾げる。

「……かもしれねえけど、だったら何だ?」

「他にも、同じような隠し部屋があるかもしれないってことですよ」

 岩に阻まれて見えないようになっており、仮に岩を剥がしたとしても本来であれば開けられないようになっている通路。

 一つあったのだ。他にあってもおかしくはない。


「……なるほどな。ここみたいな場所を探せば、他にも見つかるかもしれないって事か」

「この遺跡って、色付き候補生が使うためにあんまり調査とかしていないんじゃないですか?」

 罠を解除せず、魔道具もほとんど回収せず。ここに入るまでの扉をこじ開けたのは偶然で、他の所は手つかずにされている可能性もある。

「そうかもしれねえな。じゃ、まだ俺らにも希望はあるんだな?」

「ええ。隠し部屋は、何かを隠しておく場所ですからね」

 隠しておく必要がある物といえば、人には見せられない物、それに大事な物、価値のある物だ。

 ここに来るまでに探索してきた簡単に入れる場所よりは可能性があるだろう。


「よっしゃ、じゃあ、ここ見たら他行こうぜ」

「はい」

 最後の部屋に入る。澱んだ空気に、積もった埃。そこは変わらないが、違うところもあった。

 前の二部屋と違い瓦礫が転がっていたのだ。


 そして、そこには前の部屋と大分違うものがあった。


 僕は蹲り、その背後からレシッドが床を見る。視線はそこにある、黒い染料のようなものに固定されていた。

「……他を当たる必要は……どうでしょうか」

「さて、どっちだろうな……」


 僕とレシッドは、床に広がっていた血溜まりを見て、そう呟いた。




「どう思います?」

「どうもこうも、明らかにやべえだろ。固まっちゃいるが、そう古いもんじゃねえ。ここ一,二ヶ月くらいのもんだ。それも、多分致死量の」

 床のタイルの溝を伝わり、樹木のように広がったそれは、成人男性であっても明らかに流してはいけない程の量だ。それも、それを荒らすような形跡が全く無い。

 つまり、この血溜まりが出来てから、ここを動く者はいなかった。走り去ったり、這って動くことすらしていないのだ。……死んでいたと考えて良いだろう。


「死体は、どこに」

「喰われた……なら、もっと血が飛び散ってるな。移動させた形跡もないし……」

 まるで、容器に血を入れて運び、ここに流したかのような血溜まり。爪で削りとってみても、当然のことながら完全に乾いている。

「どうします? 明らかにここは危険な場所です。何者かが死に、そして死体が消えている。僕としては、離脱することを提案しますが」

「何で死んだのか、わからなければ下手に動けねえぞ。もしかしたら、この部屋を出ようとしたところで何かあったのかもしれねえ」

 六畳ほどの部屋で、僕らは動きを止める。見回してみれば、部屋の内装自体は先程の部屋とほぼ変わらなかった。


「一応、今の雇い主はレシッドさんです。決めるのは、レシッドさん、お願いします」

「テメエ、肝心なところで丸投げしやがったな!」

 レシッドが苦笑いするように文句を叫ぶ。レシッドは冗談交じりに言っているような感じではあるが、僕は半ば本気だ。

 探索者としては、レシッドの方が経験豊富だ。石ころ屋で指導を聞いてきたとはいえ、探索のための知恵も、きっとレシッドの方があるだろう。

「罠が作動する事覚悟で、周囲の壁を探査してみますか?」

 魔力で動作する罠も道中にはあった。通路に罠が無かったとはいえ、誰かが死んでいるのだ。ここにも罠が無いとは言い切れなくなっている。

「それもいい手かもしれねえが、ここで死んだ奴が魔術師で、同じ手段を採った可能性もある。軽々しくは出来ねえな」



 僕とレシッドが警戒するのにはそれなりの理由がある。

 この遺跡は、道中には罠があり、時には魔物が出没する。自画自賛をする気は無いが、ここに入ってこれるだけでも結構な実力者なのだ。

 その実力者が、死んでいる。それが色付き候補生の可能性もあるが、最近姿を見せないベテランの恐れもある。

 そして、明らかな罠がこの部屋に見当たらない。それがわかっていれば、解除して探索を続けられるのに、それが無い。

 誰がどんな方法で死んだのかわからない。それに加えて、『逃げる』という行動が死の引き金となる可能性もある。

 それ故に、僕とレシッドの状況は、膠着してしまった。




「目視で、とりあえず罠を探しますか」

「それが賢明だな」

 レシッドは、予備のランタンに少量の燃料を入れ、それを床に置いた。

「これが消えるまで、二人で探すぞ。それで何もなければ、お前の魔法で探査する」

「わかりました」

 お互いに、こくんと頷き合う。慎重に、僕たちは部屋の要所を注視するのだった。



 床にスイッチなどは無いか。引っかかる場所、違和感のある場所を探して回る。

 そして、ある一点で僕の目が止まった。

 不自然なものではない。僕は、先程からこれを見ているのだ。だが、一つの可能性に気がついた。


「あの、レシッドさん」

「何か見つけたか?」

 額に汗を垂らしたレシッドは、それを拭いながら僕の方を見た。

「この血の主、ここで死んだわけじゃないかもしれません」


 僕は、床の血溜まりの形を見ながら、その死体の場所を推し量っていた。





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