もう一度中へ
「頼む、俺と一緒に来てくれ」
次の日ギルドに出た僕は、有無を言わせぬ勢いのレシッドに拝まれていた。
待っていたかのように、いや、多分普通に待っていたのだろう。レシッドは僕が建物に入ると、他の探索者を威嚇するように立っていた掲示板脇から離れて、真っ直ぐに僕に歩み寄ってきた。
久しぶりなのに挨拶もなく、ただひたすら拝み続けるレシッドの頭頂部に、僕は疑問を投げかける。
「来てくれ、と言われましても、何処に何の用事があるんでしょうか? 話が見えないんですが」
僕が反応すると、とっかかりが出来て嬉しいのか、レシッドは僅かに安堵した様子で僕を見た。
「俺と一緒に探索に出てもらいたいんだ。というか、案内してほしい」
「案内、というと」
「前に俺が紹介しただろ? あの遺跡だよ」
あの遺跡、というと前に狐に襲われたあの遺跡だろうか。
魔道具を一度取りに行ったきりでその後一度も足を運んでいないのに、案内しろと言われても困るのだが。
「以前、昇格試験とやらで利用したあの遺跡に? レシッドさん場所知ってるじゃないですか」
そのレシッドから僕が場所を聞いたのだから、場所は知っているだろう。
「中を案内してほしいんだよ。お前が発見した魔道具の場所を教えてほしいんだ」
「ああ、あの懐炉。何でまた」
「手持ちのを使い切っちまってな。手元にいくつか確保しておきたいんだが、なんせ高いだろ? なら、自分で取ってきた方が安上がりだな、と思ってよ」
「……まあいいですけど。じゃ、適当に地図でも描きましょう」
金がないから自分で取ってくる。なるほど、そんな理由か。
まだ色々と疑問は残るが、まあわざわざ頼みに来ているのだ。協力ぐらいはしてやろう。格安で。
何か紙でもあっただろうか。そう思い、背嚢を探る僕を軽く手で制しながら、申し訳なさそうにレシッドは言う。
「いや、出来れば現地に一緒に行って欲しいんだ」
「何故です?」
「あんな魔物がうろついている中、一人で行けるわけねえだろ」
一転してキッパリとそう言い切ったレシッドの顔は、いっそ清々しい感じがした。言っていることは弱気な発言だが、胸を張って言われると説得力が増すのはどうしてだろうか。
だが。
「一人で行けるでしょうよ」
首を傾げながら、僕はそう答えた。
色付きになる絶対条件は、その遺跡から魔道具を収集出来ることのはずだ。普段パーティを組んでいる者ならばまだしも、単独行動が殆どらしいレシッドであれば単独で取ってこれるだろう。
「うろついているのが普通の魔物ならな、俺だって行けるさ。でもよ、お前、知らねえのか?」
「何か強い魔物の目撃情報でもあったんですか?」
僕の声に警戒心が混ざる。
普通ではない魔物が出た。それならば、レシッドの警戒にも納得がいく。
クラリセンでの戦場で、オラヴやレイトン、オトフシの戦闘は見ている。通常の魔物であれば、歯牙にもかけないその戦力。レイトン達も言っていたが、通常の魔物であれば、群れで現れようが問題無く片付けられるのだろう。レシッドも含めて、色付きであれば。
「いや、直接見た奴はいねえ。だがな」
レシッドは顰めっ面をしながら、重々しく言った。
「お前があの遺跡に行った後な、あの化け狐の死骸が、あそこでボロボロになって発見されてんだ。焼け焦げて、何かに殺された姿でな」
「え? それは」
その姿は覚えがあった。それはたしか。
「良かったな、お前もそんな化け物に遭遇しなくて。いくらお前でも、一人で不慣れな遺跡の中で、そんな怪物に襲われれば危ねえだろ」
腕を組み、大きく頷きながらレシッドはそう言った。だがしかし、それは。
「だけど、お前だって化け狐を一頭討伐してんだ。俺とお前二人がかりなら、襲われてもなんとか……」
「それ、僕が殺したやつですね」
僕の言葉に、レシッドの動きが止まり、二回瞬きをした。
「え?」
「いや、多分それは、僕がその遺跡に行ったときに殺した狐です。あの時は確かに焦りましたね」
うんうんと頷きながら、僕は脳裏にあのときの光景を思い浮かべる。金属の壁を突き破って現れたフルシールが、肌を焼け焦がしながらも僕に立ち向かってきたあのとき。恐怖を喚起するあの魔法は、それなりにまずいものだった。
再起動をかけたように、静止したレシッドは動き出す。そして愉快そうに笑った。
「ハ、ハハ、そうだよな。化け狐を討伐出来る化け物が、現に目の前に一人いたよ」
「化け物とは失礼な」
僕が口を尖らせると、レシッドは頭をガシガシと掻く。その手の先、首の後ろに付いたファーが焦げていたのが少し気になった。探索者の中では数少ない、見た目を気にしている様子の、この男にしては珍しい。
「ハハハ、悪い悪い。だが、それならそれで好都合だ。なら、俺の探索に、補助として付き合ってくんねえか? ちゃんとギルドは通すし、分け前も出すからよ」
「僕への指名依頼ですか。報酬を出すのであれば、承りましょう」
断る理由は無い。今日は別に予定も無いのだ。
僕の言葉に、もう一度レシッドはヘッと笑う。
「決まりだな! つーか、それならもっと奥まで行こうぜ! 一攫千金目指してよ!」
「昇格試験用の遺跡を荒らしちゃ不味いでしょう」
バン、と背中を叩かれるが、そちらには僕は乗り気になれなかった。
「いいんだよ。許可は取ってある」
今度はククッと犬歯を見せて、レシッドは意地の悪い笑みを浮かべた。
「ちょっと前に受けた依頼の紹介に不備があってな。ごねたら多少は便宜を図ってくれるらしい。いやあ、色付きでよかったぜ」
「まあ、許可取ってあるんならいいですけど」
レシッドが見つめている先には、忙しそうに書類を処理しているオルガさんがいた。
オルガさんがミスをするというのはあまり想像が付かないが、そういうこともあるだろう。
そう納得した僕を置いて、レシッドは受付にゆっくりと近付いていった。
「とりあえず、その懐炉を拾ったところまで案内してくれ」
「わかりました」
ギルドで手続きした後、僕とレシッドはあの日の遺跡に来ていた。
地下鉄のような入り口を歩き降りていく。コツンコツンと響く足音は今日は二人分で、一人増えただけなのに大分騒がしく感じた。
レシッドは腰に下げたランタンに火を灯し、周囲を照らす。橙色に照らされた壁は岩で覆われ、足下の骸は以前よりも多い気がする。
「……周りから、レシッドさんの位置丸わかりですけどいいんですか?」
腰に灯りを下げているのだ。当然一番強く照らされているのはレシッド自身で、周りから見ればそこだけ明るくなっている。
「いいんだよ。こんな暗闇の中に入り込んでくる奴等なんざ、光以外で俺らを見てる奴等ばっかなんだから。俺もこれくらいの灯りがあれば充分周りが見えるしな」
「そういうもんですか」
夜警の火の番と暗闇の探索は、やはり違うのだ。
「お前こそ、そういや何も灯り持ってねえけど。俺予備一個しか持ってきてねえから貸せねえぞ?」
「構いません。灯りは僕には不要なので」
以前と同じく魔力での周囲の観測。今回はレシッドもいるので、気分的にも僕自身の灯りは不要だ。
「まあいいけど。……お、よ!」
レシッドは器用に罠を避けていく。踏まないように進んではいるが、踏んでから察知することも多い。小さい鏃に壁が削れて埃が舞った。
歩いていくと、すぐに目的の場所に着く。
ここまでは魔物とも遭遇せず、僕もレシッドも散歩のような感覚だった。勿論、一般の人間からすれば、危険極まりない探索だろうが。
「ここですね」
フルシールの死骸は撤去されていた。もうかなりの月日が経っているのだから当然だ。だが、バナナの皮が剥けたように裂けた金属の壁はそのままだった。
その穴から中に入っていくと、以前と同じように埃を被った机が並んでいた。
「ここって、かなり浅いところじゃねえか。よくまだ魔道具が残ってたな」
「そうなんですか? まあ、見つけづらいところだったからじゃないですかね」
そう言いながら、僕はあの日見つけた引き出しをガラガラと開ける。
「ここに……、あれ」
ここにある、と示そうとしたが、引き出しの中は空になっていた。レシッドもつかつかと歩み寄り、その中を覗き込む。
「あー、やっぱり全部持ってかれてるかぁ」
「やっぱりって。……そうなんですか?」
そんなに人が入っているのか。と思ったが、そういえばレシッドも『いくつか確保しておきたい』と言っていた。ならばあれだけに留まらず、何個も市場に出ているのだ。ここから流出したと考えるのが自然だろう。
「ああ。ギルドから支援として結構大量に出てたぜ。ギルドに言えば購入出来たと思うんだが……、お前は勧められてねえか?」
「そうですね。特に何も」
魔道具の購入を勧められたことは無い。
なるほど。改めて見てみれば、引き出しの周囲には、同じように岩が切断された場所がいくつもあった。
確認してみれば、全て空の引き出し。ここに大量にあったのだろう。
レシッドは両手を後頭部に当てて、あっけらかんと言う。
「ここは空振りだな。まあいいや。じゃあ懐炉は他を探したついででいいから、もっと奥行くぞ」
「新しい魔道具の探索ですか」
「おうよ。探索者の本領発揮といこうぜ」
ランタンの燃料を確認しながら、レシッドは廊下の奥を示した。
そこから先は、入ったことの無いエリアだ。だがそれでも罠や廊下の曲がり方のパターンは同じで、僕とレシッドの足を止める要素は無い。
余裕からか、口数も増える。
「そういえば、聞いてもいいんでしょうか?」
「何だ? 言ってみろよ」
部屋の入り口の上部にある板に固着し、岩石のようになっている埃を手で削りながら、片手間にそうレシッドは返す。板に書かれていた文字は古代文字だろうか。角張った文字は僕にも読めず、レシッドにも読めないようで、目を細めてそれについては何も言わなかった。
「懐炉を使い切った、と言いましたけど、懐炉ってそんなに使い潰すものですか?」
「もちろん、懐炉としちゃ使ってねえからな」
室内の壁を探査するが、引き出しのようなものは無い。戸棚の中も殆ど持ち去られており、残っているのは使い道のわからない金属片や部品のようなものばかりだ。
懐炉としては使っていない。その言葉を、僕はそのまま疑問型で返した。
「懐炉としちゃ使ってないって、ならどう使うんです? あれ」
「あー、とな。そうやって使う奴は少ねえんだけど、あれ強く闘気篭めるとめっちゃでっかい音立てて光るんだ」
大きな音と、強い光。閃光弾みたいなものだろうか。
「そうやって使うと一発で砕けちまうんだけど、それで手持ちを全部使い切っちまってさ」
ぶー、っと、頬を膨らませるようにしてレシッドはぼやくように言った。
閃光弾として、皆爆発させてしまった。そういうことか。一体何と戦ったんだろう。
「まったく、大損だぜ。護衛対象には死なれるわ、魔道具は全部使い切っちまうわ」
「レシッドさんで守り切れなかったって、相当マズイ相手だったんですね」
「ニクスキーだもん。ありゃマズイってもんじゃねえよ、クソ」
足下の瓦礫を蹴り飛ばす。その破片がガラス片に当たり、それが砕けて高い音が鳴った。
珍しいその名前を聞いて、僕も少し驚いた。
「よく生きてましたね」
「まあな。ハハ、おかげでしばらく酒場代には苦労しねえよ!」
瓦礫をひっくり返しながら、得意げに、そうレシッドは笑う。
武勇伝は酒の肴に、そして酒の肴は代金代わりにもなる。ニクスキーさん相手に生き残ったことは、周囲の仲間に奢らせるには充分なものだったのだろう。
「……お前も、奢ってくれてもいいんだぜ?」
「考えておきます」
その厚かましい態度に、僕は奢ろうとは思えないが。