街を見直せば
そうと決まれば、早速街の探索に出る。
知らないのは仕方が無い。それはまだ、知れることがあるということだ。ポジティブに捉えれば、まだ学ぶことが出来るということだ。
今から勉強すればいい。
スラムと街の境界線に立つ。
外は景色ががらりと変わり、ちゃんとした建物や道がある。少ないが、人通りがある。閑散として荒れているスラムとは大違いだ。
一歩外に出る。
ここに来たとき、スラムに踏み込めなかった男性を見た。ここから一歩踏み出すのは、それとどれほど違うのだろうか。わからない。
だが、この街に来たときの高揚感は覚えている。それをもう一度体験できるのだ。そう思えば、この一歩の足取りは軽かった。
右を見ても、左を見ても見たことが無い店が並んでいる。いや、見たことはある。しかし一度しか見ていないので、もはやこれは見たことが無いと言ってもいいだろう。
巻いた生地を縦に立てて、並べてある店があった。はじめ生地を売っているのかと思ったが、そうではない。見ていると、色とりどりで柄も多彩な生地を、客が選んでいる。そして、それと決めると店員を呼び、簡単な採寸をその場で行っていた。オーダーメイドの服屋だったのだ。
奥で店員が見事な手際で布を裁断し、縫っている。さすがにその場で渡せるわけではないようで、客は手ぶらで帰っていく。しかし、「また明日」と声をかけてるようなので、きっと今日中には出来上がるのだろう。
「雨降り屋」という看板が出ている店がある。店先に商品らしきものは並んでおらず、店員らしき人物がじっと座っている。その前に、小さなテーブルに乗ったガラス瓶が置かれていた。店員は、何かの液体が入ったそれを眺めては、空を見上げることを繰り返している。
何の店かわからずじっと見ていたが、客らしき人も中々現れない。
そう見ていると、突然店員が手帳のようなものを取り出し、そこに木炭で何かを書き始めた。近寄って覗き込むわけにもいかないので、何だか結局わからないが、何をやってる店なのだろうか。
最後に一人客が入ったようだったが、金を払い、そのメモ書きらしきものを受け取っていた。
何だったんだ……。
店は色々あるが、それに加えて小さい憩いの場も整備されている。
まだ働けない子供達の遊び場になっており、中には外からの川を引き込んだような池まであった。かけっこや鬼ごっこに興じる子供達を見ていると、それはそれで面白そうにも見えた。
考えてみれば、僕の見た目はあそこで遊んでいる子供達と変わらないはずなのだ。ただ、やはり着ている服がみな綺麗だ。泥や砂埃で汚れてはいるが、傷んではいない。今着ている探索用の服でなければ、周囲から浮いてしまうだろう。
大きな掛け声が聞こえたので、そちらの建物を覗いてみる。
中では、衛兵達が訓練をしていた。威勢の良い声が響く。
少し興味がわいた。
この街の衛兵達は、どの程度の力量なのだろうか。
物陰に姿を隠し、透明化して中に歩いていった。誰にも気付かれない。
中では、犯罪者の制圧の模擬訓練が行われていた。
検問でお尋ね者を発見したところ、そいつが暴れ出したという想定らしい。
何人かいる犯人役が、交代で色んなパターンで暴れる。いきなり武器を出したり、あるいは逃げ出したり、通行人を人質にとったりと、様々に暴れている。
約束稽古のようなものなのである程度の出来レースは当然だが、しかしそれなりに迫力あるものだった。制圧されてから脱出したような人もいるし。
「ちょっと、すみませんが、こちらにお願いできますか」
「ああん?」
丁寧に列から離れるように誘導する衛兵に、犯罪者が凄んでいる。そこまでは、衛兵も手を出さない。
「すぐ済みますので」
手振りで、近くに居る衛兵にサインを送る。サインを受け取った衛兵は、さりげなく列を犯罪者から離し始めた。
「んだゴラァ!」
犯罪者が本性を現す。ナイフを構えて周囲を威嚇する。厳つい人を使ってるためか、本当に迫力のある声だ。
「至急応援! 対象一人! 武器あり!」
そう、犯罪者に一番近い衛兵が一息に叫ぶと、詰め所と想定されている場所から、あっという間に兵達が駆け寄った。
そうしてすぐに、盾と槍で圧殺されるように、犯罪者は制圧されてしまった。
一部始終を見ていたが、なかなか面白い。逮捕術と呼ぶべきだろうか、シウムのような武術とは兵器の取り扱いが全然違うのだ。
槍はただ刃の付いた棒として、盾は構えて押しつける板として使っているとでも言えばいいのか。兵器を使い、殺さないように制圧する。探索者と衛兵の違いが一つ見えた。
もちろん、必要とあらばその盾は身を守る物となるだろうし、その刃は容易に肉を裂くだろうが。
訓練を見ていて、練度はそこそこ高いと思った。シウムやデンアのような者たち相手は無理にせよ、キーチなどのまだ未熟な者ならば容易に制圧できるだろう。
しかしシウムを相手にすれば、応援を呼んだ瞬間に衛兵の首が飛ぶ。デンア相手でも同じように、衛兵の体が穴だらけになるだけだ。その図が簡単に想像できた。
もしかして、キーチやついでに僕は、かなり贅沢な指導を受けていたんじゃないか。そう考えると、すこし気分が良くなる。
同じような訓練が続いているので、その気分のままに僕は訓練場を後にした。
商店街からは、良い匂いがしていた。
果実の甘い匂い、タレの焦げる香ばしい匂いなどが鼻をくすぐった。
どれも所々にある食料品屋から漂ってきているものだ。これらが、石ころ屋の店主が言っていた物だろう
たしかに、僕はここいらを見たことが無い。食料は自分で獲ってくるか、石ころ屋で買う物だった。しかし、こういう場所もあるのだ。
何処かを利用してみたい。その好奇心を抑えられず、僕はふらふらと、目に付いた小さな果物屋に近づいていった。
小さいテーブルに、同じ果物が山のように積まれている。
店員は、少しお齢を召している黄色い髪の女性だった。
「お姉さん! それ一個いくらなんですか?」
そう尋ねると、声の出所を探し、少し下を見て僕を見つけた。
ニンマリと笑い、一拍置いて答える。
「あら、ボクお買い物? これは、一杯鉄貨二枚よ。持ってるかなー?」
そう答えると、店員さんは大きな蜜柑のような果実を一つ手にとってウインクした。
僕は鉄貨を二枚差し出す。
「はい。これでお願いします」
「あら、礼儀正しい良い子ね」
店員さんは果実の上の方をクルリと丸く切り取ると、中の果肉を小さく切って掻き出した。そしてそれを圧搾機のようなものにセットし、どろどろの液状にする。
そしてその液体をザルで濾すと、残っている皮の中に注ぎ入れた。
「はい、どうぞ。こぼさないようにね」
「ありがとうございます」
渡されたそれを手に取ると、皮は固くどちらかというと西瓜のような手触りで、中のジュースをしっかりと保持していた。
果物屋かと思ったが、ジュース屋だったらしい。
味は蜜柑ジュースだった。これはこれで美味しい。
冷えてればもっと美味しかったとは思うが。
なんというか、けっこう酸っぱい。