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人知れぬ路地裏

 


 人混みを割るように、二人の騎士と一人の使用人を伴ってルルは店先で立ち止まっていた。

「こちらなど、よくお似合いですよ」

「……っ」

 店員は真珠と羽根で作られた髪飾りをルルに勧める。頭に付けて、鏡を見せられたルルは恥ずかしそうにそれを毟り取り、店員へと突き返すように差し出した。

 通常であれば、失礼な態度だと思う。だがしかし、騎士を帯同して店先を回っている少女である。尋常ではないであろうその出自を想像したのだろう。店員は、笑顔を崩さずにその髪飾りを棚に戻した。



 ルルは今、街中まで出てきている。

 狙われている身ではあるが、コックスが強く勧めたのだ。『王都の活気に慣れるが良かろう』というその言葉に従い、ルルは昨日今日と二日続けて遊びに出ていた。

 遊びに出ているといっても、ウインドウショッピングのようなものだ。店先を廻り、使用人が商品を手にとってはルルに勧める。服や装飾品を着せ替え人形のように当てられるルルの笑顔は、ずっと強張っていた。



 騎士の一人である髭は、やはり油断なく周囲を警戒していた。

 誰かが近付く度に剣の柄に手を添え、死角が無いように立ち位置を変える。要人警護には慣れているのだろう。何というか、様になっている。


 だから、路地からルルを窺う刺客に気がつかないのは、きっと刺客の腕が良いからだろう。

 四人組だろうその男達は、三カ所に分れてルルを見張っていた。




 ルルからは注意を逸らさず、男達に忍び寄る。

 小声な上に仕草もカモフラージュしているようだが、やはり近くによれば物騒な会話をしていた。


「次の店に移ったら決行だ」

「ああ。俺からいくぞ」


 四人が目配せをしあう。

 先程から聞いていた会話によれば、二人組が騒ぎを起こし、その隙に一人が目立つようにルルを襲う。それに髭達が注意を向けた瞬間、もう一人が刺す、という何段階も踏んだ襲撃計画だった。

 注目すべきは、一人の蜥蜴のバッジが成体だったことだろう。

 色付きの探索者。決して、油断すべきではない相手。それが髭達の足止め役だ。それがルル担当ではないのはきっと、本命(最後の一人)が失敗したときの予備でもあるのだろう。

 ……その場合は、色付きが本命というべきかな? まあいいや。とにかく、こうしている間にもルルに危険が迫っているのだ。


 早いところ排除してしまおう。




「行くどっ……!!」

 路地から駆け出そうとした二人組の内一人の頭部を地面に叩き伏せる。綺麗に割れたようで、傷口の断面から頭蓋骨の断面もチラリと見えた。

 異変を感じ、足を止めたもう一人の頭部にも蹴りを入れ、壁に叩きつける。

「……!?」

 音はもう消してある。往来の人間は、誰も気付かなかっただろう。

 ずるりと壁に凭れて崩れ落ちる男の背中は、血を壁に塗りつけ染めていた。


 あと二人。色付きと普通の探索者だが……。

 僕を確認するまえに、色付きは逃走を選んだらしい。路地の奥に向かい走っていく後ろ姿が確認出来た。

 逃がすわけにはいかない。

 往来の人混みの上を跳び越し、僕もその路地へと駆け込んでいく。

 流石王都。路地の中ですらも石畳が敷いてある。そんなところに感心をしながら、念動力で色付きを引き寄せた。


「……な、何者……!?」

 もがき抵抗する色付きを手繰り寄せ、透明化に巻き込む。

 もうこれで、この男の影すら誰にも見えないだろう。まだもがいてはいる。だが、ここでは殺さない。


 先程殺した二人組の所まで、跳びつつ戻る。

 路地の少し入ったところ、血溜まりが出来つつあるその現場は、まだ誰も気にもしていなかった。

 そこに、首を掻き切りつつ放り込む。

 僅かな呻き声とともに、また血溜まりが広がった。



 あと一人、その男はまだ状況が把握出来ていないようだ。待っているのだろう。ルル達の様子を窺いながら、この路地へとチラチラと目を向けていた。

 暢気なものだ、だがちょうどいい。そう思い、溜め息を吐きながら人混みをすり抜けその男に忍び寄る。

 透明化させ、そして酸素の遮断。すぐに、その男は意識を失った。


 倒れるその男が地面に着く直前に、服を掴んで持ち上げる。

 治せるからといって、不必要な怪我をさせることはないだろう。


 生き残りのその男を先程の血溜まりへ座らせる。

 死んだように眠ってはいるが、意識以外に異常は無いはずだ。すぐに起き上がる。

 それまでにここを去ろう。



 ルル達を見れば、ルルは指輪を太陽に透かして僅かに笑っていた。




 暗殺者の一人は残そう。僕はそう考えていた。

 仏心からではない。以前、レイトンが言っていたことだ。『厳しい条件にも関わらず、旨味の少ない依頼は皆受けたがらないね』と、そう言っていた。


 彼らに金貨がどれだけ支払われているかは知らない。旨味の少なさはわからない。

 だが、厳しい条件を付け足すことは出来る。


 作戦行動中、突然意識を失ったと思ったら、仲間達の死体と一緒に転がっていた。

 この依頼では、そういう事が起きる。


 一介の騎士達にはきっと不可能なその現象。生き残った彼には、精々大きく喧伝してもらおう。

 これ以上、ルルを狙う者が出ないように、僕の考えた策の一つだった。






 他にも刺客は現れたが、そういう具合に、二日は瞬く間に過ぎた。

 正直、楽なものだった。当然だろう。刺客が屋敷に入ってくることなど無く、ルルの警備は外で遊行中に限られていたのだから


 狙われているのは皆が知っている。コックスはもとより、奥方も髭からの報告は把握しているのだ。

 にも関わらず、ルルの遊行が許可……というよりも強制されていたのはコックスの策だった。


 彼はどうやら、太師派にも恩を売っておきたいらしい。繋がりを切らずにとっておき、太傅派で何か失敗したときに太師派に戻れるように。

 そのために、太師派へのチャンスを作り、協力したという実績を作っているのだ。

 しかも、もしもそれでルルが死んでも彼には好都合だ。自分の手を汚す必要が無くなるのだから。


 鳥であり獣でもある、蝙蝠のようなその策が有効なのか僕にはわからない。そこまでして恩を売っておきたいという、派閥という繋がりがそんなに魅力的なのかということもわからない。

 だがそのために、徒にルルの命が危険に晒されていることを思えば、嫌悪感しか湧かなかった。





 何はともあれ、これで二日間は終わった。

 あと、ルルの死因はコックスだけとなる。あとは、コックスへの対処だけだ。


 ……さて、そこでもう一つ問題が残る。

 コックスを殺して、ルルに悪影響が出ないものだろうか。

 なんせ、この家の次期当主だ。殺せば必ずザブロック家に影響が出るだろう。それから次に起こるであろう問題や対処など、まだ僕にはさっぱりわからない。

 今まで難しい問題はグスタフさん任せにしていたツケだろう。


 わからなければ、聞けばいい。誰かに聞けば。

 だが、王都には石ころ屋は無い。



 頼れる人間。それを探そうとした僕の足は、王都の探索者ギルドに向いていた。

 あの人が、まだ近くに居ればいいのだけれど。




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