くだらない理由
「やはり、言ってもお前にはわからんよ。探索者のお前にはな」
「僕が騎士ならばわかる話だと?」
悲しそうな顔をして、サーフィスは溜め息を吐く。その手は先程までと同様だらりと下げられてはいるが、もう戦意はない様子だった。
サーフィスは首を振る。
「騎士ならば、ではない。お前が探索者だからだ。責任も無く、派閥も無く、自由気ままなお前達には到底わからない」
「余計わかりませんね。でしたら、事情をわかるように言ってください」
諦めの言葉も溜め息も、僕の理解を促すものではない。まず知らないその話とやらを聞かせてほしい。
「では」
何かに気がついたかのように、サーフィスは顔を上げた。
「お前も水天流の門人だったな」
それは騒動の説明でもなく、突飛な発言だった。そもそも、どこからそう思ったのだろうか。
「……」
僕が黙っていると、唇の端に笑いを湛え、汗ばむ拳を握り締めた。
「隠しても無駄だ。見ただけで型の名称を言い当てるその目。それにお前の身のこなしの端々に、その名残が見える」
「で、あればどうなのでしょうか」
「お前は何も聞かなかった、何も見なかった。そういうことだ。大人しく帰るがいい。お前も水天流の門人であれば、先輩の命令に従え」
「……」
よくわからないが、そういうルールでもあるのだろうか。
道場内の取り決めや法度など。
僕にはどうでもいいことだが。
黙った僕から肯定を感じたのだろう。サーフィスは勝ち誇ったように胸を張った。
「残念ながら、不正解ですね。僕は水天流の道場に通ったことはありません」
だが僕は水天流の門人でもない。そんな取り決めを守る義理は無い。
「説得はそれだけですか。でしたら無駄です。どうして、ルル達を襲わせたのでしょう?」
サーフィスは目を細め、また俯き黙ってしまった。
「……」
「では、もう一つ質問しますが」
僕がそう言っても、サーフィスは口を開かない。
「ジーメンスって誰です?」
「何故、その名前をここで出せる」
僕を睨むように見つめると、視線を切り、それからサーフィスは落ちた柄を拾って小袋に入れた。
「先程、生き残った騎士の方が言っていたからですよ。『ジーメンスの手の者かー!』って」
「……」
また黙りか。ならば、もういい。駄目だったら次だ。
「事情くらい喋っていただけると助かるんですが」
手の闘気を活性化させる。意図は伝わっただろう。もう、手が届く距離だ。
「私を……」
「ええ。貴方が任務終了後に不慮の事故に遭ったと知れれば、貴方の上司か誰かが僕の所に事情を聞きに来ると思うんですよね。話してくれないのであれば、その人に聞いてみます」
話してくれるかどうかわからないし、問題は広がっていくと思うが。
その上司達も、ルル達を殺害する計画に関わっているかもしれないのだ。その場合は、躊躇しなくてもいい。
「ただの母子二人のために、騎士団を敵に回すとでも言うのか」
「僕は、貴方たちの命よりもルルお嬢様たちの命の方が大事なので」
キッパリと言う。また、睨み合いの時間だ。
関わってしまったからには、最後までやる。解決するまでの被害や損失など、今は考えない。失われた命についても、後で考えよう。
「……任務は終わったろう」
「ええ。護衛任務は。今は趣味みたいなものです。それに……」
「それに?」
サーフィスは諦めたかのような表情で、穏やかに笑って聞き返す。
「キーチさんなら、何とかしようとするんじゃないかな、と思うんですよね」
キーチなら、一度関わった対象は最後まで守ろうとするだろう。勿論騎士である以上、仕事の範疇の話であり、命令があれば即座に他の所へ出動するだろうが。
だがそれでも、意思は変わらない、と思う。
キーチはザブロック邸に現れた。ルル達を守るため、槍を振るっていた。まだザブロック邸に詰めてもいるだろう。
今は任務終了後の自由時間であるというのに、まだザブロック邸で護衛の任に着いているのだ。
その言葉を聞いて、明らかにサーフィスの目の色が変わった。
どれだろう。『キーチ』というワードだろうか。
「……フフ、そうだな、きっとキーチなら……」
そして二,三歩下がり、サーフィスは壁に軽く背をぶつける。
それからずるずると倒れ込むように、壁に背を付け座り込んだ。
「……約束してくれるか」
明らかに声質も変わり、表情からも力が抜けた。これでようやく事情が聞けるのか。
だが、一つ断らなければなるまい。
「ものによります」
軽々しい判断は出来ない。白紙の契約書を渡せるほど、信用もしていないのだ。
「……フフ、そういうところが、やはりお前は探索者だ」
「普通のことだと思いますがね」
僕の言葉を無視して、サーフィスはゆっくりと口を開いた。
「キーチをあの邸宅にこれ以上関わらせないでくれ。加えて、キーチに事情を話さないでほしい」
「それくらいなら構いませんが、本人の意思にもよると思いますよ」
多分、勝手に来る。
「お前が巻き込もうとしなければ、どうにでもなる。後は私が仕事として指示を出せばいいのだからな」
「そうですか。でしたら大丈夫です」
そもそも、今からやることは一人で行うのだから。
サーフィスは僕の言葉に満足げに微笑むと、息を大きく吸い込んだ。
「……ジーメンス、いや、呼び捨ては不敬だな。ジーメンス卿は、王都にいる宮廷貴族だ。位は男爵、だったかな」
「だったかな、って」
「王都から出てこない貴族の位故、イラインの一介の騎士が覚えているわけがないだろう」
そういうものなのか。いや、オルガさんとかなら知ってそう。
グスタフさんは……全員覚えていてもおかしくない気がする。あの老人の口から貴族の名前が出たことはあまりない気がするが、僕の中ではそれぐらい出来て当然だから困る。
しかし。
「そのジーメンス卿が、どう関わっていると?」
「知らんな。関わっているかどうかすらわからない」
サーフィスは吸い込んだ空気を全て吐き出す。自嘲のような笑みだった。
「……そんなつながりの薄い貴族の名前が、どうして護衛の騎士から出たんでしょうか?」
「簡単なことだ。イラインを統治しているダルウッド公爵が太師派だから。王都にいる太師派で、一番派手に動いているのがジーメンス卿なのだろう」
「……太師?」
「ああ、エッセン王国の貴族達の中で、大きな……ん? 太師がわからないのか」
「……ええ。恥ずかしながら」
太師というのは、文脈からすると人物を指しているのだろうか。
その人物の持っている派閥に、ジーメンス卿とダルウッド公爵がいる。それはわかった。
呆れたような顔で、サーフィスは注釈を入れた。
「太師は、王を支える役職の一人だ。ビャクダン公爵家の当主が代々務めている。他の三公である太傅、太保についてもそれぞれ派閥がある」
「なるほど」
偉い人の中で派閥がある。それくらい把握しておけばいいだろう。
「簡単に言えば、今回の騒動。ザブロック家を巻き込んだ派閥争いだ。亡くなったザブロック家当主のベンジャミン・ザブロック様は太師派だった。現在次期当主として有力、…というかほぼ決まりのコックス・ザブロック様は個人的に太傅派のようだ。それ故に起こったことなのだが」
顔を上げ、サーフィスは僕を見た。
「この護衛任務が失敗し、ルルお嬢様達が負傷し、また死亡した場合、責任はどうなると思う?」
「そりゃあ、護衛の騎士と、その騎士団の責任者が……ああ」
大体わかった。何故、襲撃する者たちに期限が決まっていたのか。
二つの派閥の狙いも。
「そう、その時護衛していた派閥の失態となる。それ故、ルルお嬢様達は、二つの派閥から狙われていたんだよ」
「そんな理由で……!」
ということは、今屋敷に詰めているのは太傅派。だから、太師派のサーフィスが刺客を放っていたのか。
「そのために、様々な布石も打たれていた」
「布石とは……」
「庶子であろうとも、貴族の身内の護衛がこんな少人数で行われるわけがないだろう」
「そこから、ですか」
騎士二人だけ、というのも襲撃がしやすいからか。
そうすると、僕とオトフシは邪魔となるはずだが。
「だから、お前を雇った。敵方には油断をさせて、そして頼りになる味方。お前はよく働いてくれた」
「……やはり、曰く付きでしたか……」
僕にまともな護衛依頼が回ってくることなど無い。それはわかってはいたが。
くだらない理由での襲撃。だが今の話にも、希望はある。
「……派閥争い、ということは、この旅路が終わればルル達への襲撃は無くなるんでしょうか?」
もしそうならば、それはそれでいいニュースだ。
「襲撃は、な。太傅派の騎士が詰めているあと二日の間を凌げば収まるだろう。だが」
「……だが?」
奥歯にものが挟まったかのような、微妙な表情だ。
「どちらにせよ、ルル嬢は死ぬ。それは避けられん未来だ」
「それは、何故」
襲撃がなくなるのならば、それで死因も無くなるはずだ。なのに、何故。
サーフィスは目をギュウッと瞑り、唇を噛んだ。
「恐らくギルドで初めに聞いただろう。これは、お家騒動だと」
「そういえば」
聞いた。オルガさんに、その一言だけだが。
「コックス・ザブロック様は、前当主の娘は邪魔としか思っていない。怪しまれぬよう、年内に……」
その言葉の続きは、言わなかった。
だが、理解は出来た。
ならば、僕のすることは一つだ、
僕はザブロック邸の方を向いて、拳を握り締めた。