一番近い犯人
ザブロック邸からいくらか離れた往来の壁に背を付け、サーフィスは項垂れていた。
その前に僕は降り立つ。といっても、透明化しているのだ。こちらを見ることは出来ないだろう。
話がしたいのだ。
僕は片手に持った荷物以外の透明化を解く。
気配が感じられるようになったのだろう。サーフィスは、ふらりという効果音が付きそうな様子で力なく顔を上げた。
「……カラス殿」
「こんな所で何をなさっているんです? 」
キーチは戦っていた。その部下を放っておいて、何故上司のサーフィスだけがここにいるのだろうか。
「任務は終わった。休憩中だ」
「そうですか。ちなみに、キーチさんがどこにいるかは?」
「知らんな。今は自由時間だ。街にでも行ったんじゃないか」
「まだザブロック邸にいましたけど」
僕がそう言うと、サーフィスは一瞬目を見開く。だがすぐに何事もなかったような顔に戻った。
小さく、「あの馬鹿」と呟いたのは本人も気付いているだろうか。
「それはそうと、確認したいことがありまして」
話を切り替える。今の会話も確認の一つではあったが、もう済んだ。
次は、犯人についてだ。
「なんだ? 改まって」
「いや、少し気になったんですけど」
僕は先程から抱えていた荷物の透明化を解く。びっくりしてくれるかな。
「この人、見覚えありませんか?」
「!? そいつは!!」
サーフィスが、明らかに動揺している。
突き出したのは、僕が先程蹴り飛ばした刺客。死にかけているが、唯一まだ生きている刺客だ。面通しには最適だろう。
「……!」
しまった、という顔でサーフィスが口元を押さえる。だが、もう遅い。反応はもう見ているのだ。
「正直、あんまり期待はしていませんでしたけど、ご存じでしたか」
「……知らんな」
僕は、意識もなく、ぐったりしている男の頭を持ち上げ治療する。まだ息はあるし、傷を治せば意識を取り戻させることも出来るはずだ。
「本人に聞いてみましょうか」
「馬鹿な。その深手で話など出来るものか。治療師でもなければ……、まさか」
「治療なら出来ますので、大丈夫です」
最後に気付け薬を嗅がせれば、男は意識を簡単に取り戻す。
いかつい男がパチクリと瞬きを繰り返すその姿は、少し可愛い気がした。
「おはようございます」
首を押さえられ、背後からかけられた声に男は肩を震わせる。抵抗する気がないようで、もがかないのはちょうど良い。
「少し聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
察しも良いようだ。指をひたりと首に押し当てると、男は呻き声も上げずに大きな頷きを繰り返した。
「この方に見覚えは?」
僕は指に力を込めながら男に尋ねる。
「お、俺らを呼び出した男だよ! テペルとかいう、なぁ、おい、そうだよな!?」
「……」
ギリっと、数歩離れた僕の所まで大きな歯ぎしりが聞こえた。サーフィスはテペルと名乗っていたのか。
「呼び出した。用件は?」
「あの親子を襲えって、使用人に化けた魔術師がいるからそいつに合わせて飛びかかれって……なあ、俺全部話すからさ、助、助けて」
「だ、そうですが。サーフィスさん。反論か何かありますか?」
トントン拍子に話が出てくる。
この男を取っておいて正解だったようだ。
だがこれが、標準的な探索者なのだろう。自らの命を大事にするとは、口が軽いということと同じような意味だ。オトフシすら、勝てないと悟ると僕とレイトンに情報を漏らしたのだから。
サーフィスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、それから僕を見た。
「そんな下っ端探索者の言うことを信じるのか?」
「わりと信憑性があると思っていますよ」
先程の、僕たちが契約終了した後の襲撃。そこに、多少の違和感があったのだ。
簡単に言えば、タイミングが良すぎる。
五人もの刺客をザブロック邸に伏せさせておく。短期間なら簡単だろう。だが、長時間ともなればどうだ。警備の者が徘徊し、その他大勢の使用人が歩き回る邸内に、長時間伏せているのは難しいと思う。
勿論、僕なら出来る。透明化し、潜む程度のこと。年単位で出来る自信はある。
だがその場合ならば、ルルとストナの始末も容易だ。姿なく忍び寄り、そのまま首を掻き切ればいい。
そこまで簡単にいかずとも、長時間伏せておけるほど隠密性が高い者であるならば、二人の始末はスムーズに運ぶはずなのだ。
だが実際は、ストナは重傷だがルルは無傷だった。
つまり、そこまで隠密性の高い者ではない。今手の先にいるこの男も含め、短時間伏せるのが精一杯な者たちなのだろう。
短時間しか伏せていられない。
だが、そうなれば問題はひとつ。
いつ、邸内に忍び込むかだ。
予定通り僕らの馬車が到着するのであれば、それも容易だったはずだ。
だが、ここで予定外のことが起きている。
〈鉄食み〉の襲撃。そのせいで、急ぎこの街まで走ってきているのだ。
予定より大分早い到着。刺客の準備に手間取るわけにはいかない。
今日先程あの時間に馬車が到着することを知っていた人物でなければ、刺客達に待機するよう指示を出せないのだ。
つまり、受け渡し後に襲撃する刺客を用意したのは、スヴェンの襲撃を予想していた人物か、もしくはスヴェンの襲撃を知ってから刺客を用意出来た人物。ということになる。
その候補自体はいくらでもいる。
サーフィスに、スヴェンの襲撃を報告した人物。また、その周辺。いくらでも疑おうと思えば疑えるだろう。
たまたま、僕に一番近いのはサーフィスだった。
それに、ザブロック邸前での問答もある。あれは刺客の発見を恐れていた、そうとも取れる態度だった。
それで尋ねてみたところ、大当たりを引けたのだ。これはきっと喜ぶべき事だろう。
きっと、悲しむべきことでもあると思うが。
「……与しやすい、と思ったのは間違いだったようだ」
ゆらりとサーフィスが立ち上がる。手はだらりと下げているが、僕にはわかる。
剣を振るおうと思えば、柄を握っているのと同様の速さでそれは飛んでくる。シウムがそうだったように。
僕は男を手放し、端の方に放り投げるように押し出す。
「用事は済みましたし、逃げていいですよ」
たたらを踏んだ男にそう呼びかけると、涙目で逃走していった。
「別に僕一人真相を知ったところで、何も出来ないでしょうに」
「出来るさ。お前は二つ名付きの探索者の影響力を軽視しすぎだ。お前の言葉ならば、ギルドは多少道理をねじ曲げようが動くぞ」
「そういうもんですかね」
溜め息が零れる。そんな自覚は一切無いから言っているのに。
「お前を処分し、キーチを連れ戻す。それで計画は元通りだ」
「処分、出来ますか?」
その剣で。
そう続きを匂わせジッとサーフィスを見ると、サーフィスは唖然とした顔で腰の辺りを探った。
ポロリと柄が落ちる。鍔の所で切断してあるその剣では、何も切れないだろう。
「別に僕は誰が刺客を用意しようがどうでもいいんですよ」
結果として、ルル達は無傷なのだ。ストナも助かるだろう。死んでなければ、それでいい。
気味の悪いものを見る顔をしたサーフィスの額で、汗がたらりと筋になった。
「ならば、何故」
「詳しい事情を聞きたいだけです。誰がどうしてルル達を狙うのか、それだけ」
ゴクリと唾を飲み込む。唇を引き締めたサーフィスは、明らかに緊張していた。
「どうします? 事情を話せば、このまま立ち去るかもしれませんよ?」
勿論その後、することは一つだが。
「……お前にはわかるまい」
「ええ。わかりません。聞いていませんから」
それから一瞬睨み合う。
一瞬のはずなのに、やけに長く感じた。