門の前での一悶着
「カラス殿、なぜ止める」
「少々、気になることをお聞きしたもので」
僕が言い返すと、サーフィスは首を傾げて応えた。
「気になること?」
「私達が彼女らを受け渡した後、即座に襲撃が起こるそうです」
「えっ!?」
僕がさらりとそう言うと、背後でキーチが声を上げる。
そっとキーチのその様子を確認しつつ、僕は続けた。
「加えて、先程のスヴェンはここでお二方を受け渡すまでに殺害する。そういう契約だったそうです」
「敵が二ついると」
瞬きもせず、僕を見つめながらサーフィスが僕の言葉を反芻する。その通りだとは思うが、その結論に至るまでが速い。やはり予期していたのだろうか。
「はい。不思議な感じがしますけど、サーフィスさんは何かご存知でしょうか?」
「……いや、初耳だ。だが、もう関係あるまい」
それからサーフィスは、ザブロック家の門をチラリと見る。早く入りたい。そういう思いが透けて見えた。
何故だろう。スヴェンから二人を守ろうとしたときは、命まで捧げる様子だった。だが今は、襲撃があるときいても淡白な反応だ。
ゴクリと唾を飲んで、サーフィスは小さく頷いた。
「それは先程の〈鉄食み〉からの情報だろう? 敵の言うことを信じるのか?」
なるほど、確かにそうだ。特に今回は、スヴェンが逃げ延びるために嘘を言った。そういう可能性もある。こちらが嘘を吐かないからといって、敵が嘘を吐かないとは限らないのだ。
「それは……、そうですね。信用は出来ません」
だが僕も無条件で信用したわけではない。というよりも、否定出来ないからこそ警戒しているのだ。
「でも、だからその確認のためにお尋ねしています。サーフィスさんは、敵の陣営が二つある、ということをご存じなかったんですね?」
先程の声には真実味が入っていた。キーチは多分知らなかっただろう。では、サーフィスは?
先程から落ち着き払っているサーフィスも知らなかったのだろうか。
「……ああ、知らなかった。だが、重ねるようだがもう関係あるまい。そこはもう、ザブロック家の領分だ」
「ですが、今はまだ私たちは彼女らの護衛です。無視は出来ません」
襲って来るであろう脅威を無視するわけにはいかない。遠い未来ならばまだしも、下手すれば次の瞬間なのだ。それは正しい言い分なのだろう。
「……確かに、そうだな」
サーフィスも言葉を飲み込んで同意した。
サーフィスも知らなかった。
というか、よく考えれば知っていても知らなくても対応は変わらなかったのだ。
ならばそれはいいだろう。では、次だ。
するべき事をしなければ。
「ですので、周囲の索敵を……」
「待て。それは許可しない」
しよう、と続ける僕の言葉を遮り、サーフィスは渋い顔をする。
「何故です?」
「……ザブロック家の周辺で何か行動を起こせば、それこそザブロック家への攻撃ととられても文句は言えん。速やかにお二方を引き渡し、護衛を引き継ぎ任せるべきだ」
苦しげな回答は何故だろうか。
急いでいる? そんな印象を受けた。だが、ここまでの道のりを思い出して、急いでいるからといってそこは手を抜かないだろうと思う。
勘違いされるというのならば、弁解すれば良いのだ。疑われてから対応されるまで、それくらいの猶予はきっとある。
……問答無用、ということもあるかもしれない。しかし、ルル達を巻き込む可能性がある以上、中身が確認出来ていない馬車には手荒なことはしないだろう。
「サーフィスさん?」
サーフィスの回答に、怪訝そうな声をキーチが上げた。
それを見て、また僕の困惑が深くなる。
……キーチが訝しがっている? 僕は普段を知らない。だが、サーフィスにしては不自然な行動なのだろうか。
二人の様子を見てみれば、サーフィスはキーチと目線を合わさぬようにしているように見えた。
「刺客がいることを知ってて引き渡したのなら、それこそ問題になりませんか?」
「それは事実を伝えれば問題はあるまい。ザブロック家の面子に賭けて、確かに守るだろう。……つまり、何も問題は無いのだ」
そう言い切って、サーフィスは改めてキーチに向き直った。
「キーチ、急ぎ連絡を。お二方を急いで引き継ぐぞ」
「で、ですが」
「次の襲撃が起こるまでに、早く!」
サーフィスが声を荒げる。
キーチをサーフィスが叱る。この五日間で、初めて見る光景だった。
僕は二人の間に立ち、サーフィスを見つめる。キーチに動く気配が無いのが幸いだった。
「三分で良いです。絶対にバレませんので、索敵をさせてください」
「バレない? 周囲に見つからずに、か?」
「はい。自信はありますので」
それからジッと見つめると、ついにサーフィスが折れた。
「……キーチ、三分待機」
「了解しました」
「ありがとうございます」
僕は大きく頭を下げる。視界の端で逆さに映るキーチは、僕を見て頷いていた。
「では」
塀に沿ってダッシュする。曲がり角を曲がり、周囲に誰もこちらを窺っている者がいないことを確認し、透明化した。
魔力を使うことは出来ない。
先程のサーフィスの言葉では、魔力波を飛ばせば、邸内への攻撃と取られても仕方が無い……ということだろう。
高速で移動しながら目視での確認。効率は悪いが、文句を言わせないためにはそれしか無いだろう。
敷地の周囲をぐるりと回る。
その時点でとりあえず、不審と思われる人物は二人。明確にそうといえないのはやはり通行人がそこそこいるからだ。帯刀をして塀を見つめているだけでは、『怪しい』以上は判断出来ない。
残り一分。
賊がもう邸内に侵入している可能性もある。
そう考えた僕は、塀を乗り越え敷地内に踏み込んだ。
その庭は、見事なものだった。
たまたま踏み込んだそこが、観賞用に作られた場所だったのかもしれない。
だが、所々に花が咲き、綺麗なため池が作られ、蝶が舞っている。
まるで自然の良いところだけを切り取ったようなその人工の場所は、僕に嘆息を漏らさせるには充分なものだった。
と、あと一分も無い。僕は何故五分とか言わなかったのだろうか。
庭に見とれている場合では無いのだ。
庭には指一本触れずに、騎士の待機所まで飛んでいく。
門から入ってすぐにあるいくつかの建物。そのどれかがそれだろう。
やはり敵影は無い。
考えすぎだっただろうか? もしくは、やはりスヴェンの嘘だったのだろうか。
門まで戻り、とりあえず不審人物二人をサーフィスに報告すると、サーフィスはただ一言。
「問題は、ないな?」
そう僕とキーチに言い含めるように言った。
僕は同意し、そしてキーチが門番に使いを頼む。
そしてしばらくの後、ギィと重苦しい音を立てて門扉は開かれた。
もうすぐ、僕の護衛任務は終わる。
だがやはり、僕の胸騒ぎは治まらなかった。