二つ目の狙い
「我が輩には、もう一つの依頼が来ていたのだ」
器用に生え際から金属の触手を生やし、スヴェンは髪の毛を掻き上げる。銀髪から、泥まみれの汗が滴となって地面に飛んだ。
「この仕事以外に、ですか?」
「ああ。この仕事を終えれば無くなる依頼だったから受注はしなかったがな」
気怠げに大きく息を吐くスヴェンの身体は、もう金属によって大まかなモデリングがされている。まさしく怪物のような治癒能力だ。先程から魔力を通して得られている感触といい、化け狐の同類と言われたら一瞬判断に迷ってしまう。
そんな違うことを考えている僕の内心をつゆ知らず、スヴェンは続けた。
「馬車の二人が王都のザブロック家に保護された後、速やかに殺害せよ。そういうものだ」
「……貴方は先程、王都での受け渡し後は傷一つ付けるなと言われた、と」
「嘘ではない。ただその依頼主が別だった、というだけの話だ。我が輩も、依頼の一番の大本がどこだかはわからんがな」
悪びれもせず……いや、悪いことはしていないのだが、薄ら笑いを貼り付けたような表情をスヴェンは崩さない。なんかこういうところは確かにレイトンのようだ。
しかし、恐らく重要な事をいった。
別の二者が、別のタイミングでの殺害を指示しているのだ。
つまり、受け渡しが行われるまでに殺さなければならないが、受け渡し後は守らなければいけない者。それに加えて、受け渡しまでは手出ししないが、受け渡し後に殺害したい者。その二人が、スヴェンに依頼した。そういうわけか。
僕が聞かされていないこと。それは、敵に二つの陣営があることか。
なるほど、それなりに重要な情報だった。
やることには何ら変わりは無いが。
「それだけですか?」
陣営が二つある。だからどうした。
あの少女は守ると決めたのだ。二つだろうが三つだろうが、守り通して見せよう。
「おや。お気に召さなかったか?」
「いえ、役に立ちますよ。ただ、僕のすることは変わりませんね」
「クク、だろうな」
舌なめずりをして、スヴェンは僕を見る。初めて、その目の焦点が僕に合った気がする。
「だが、一つ尋ねるぞ。貴様の護衛は何時までだ?」
「王都で、ザブロック家に引き渡すまでです」
「そうか。ならば、それ以後に狙われようが貴様は何も手出しが出来ないのだな」
「……あ」
ぎざぎざの歯を大きく開くようにスヴェンは笑う。
「言ったろう? 護衛対象が死ぬと。貴様は期限外でも無視出来る者ではないだろう」
「護衛に新たに騎士が付くはずですが」
それに、ザブロック家の私兵も。邸宅内での襲撃に、反応しないはずが無い。
「……クク、そうだな。我が輩一人でも片付けられる程度だろうがな」
その一言で、スヴェンが何を言わんとしているかは把握出来た。
「……貴方を雇おうとした……」
「そうだ。それだけの準備をする余裕があるのだ。そんな護衛など、吹けば飛ぶ」
スヴェンの身体の再生が終わったらしい。
すると、今度はシュルシュルと金属繊維が編まれていき、失われた服を補っていった。
自らの服など気にしない様子で、スヴェンは溜め息を吐く。また、焦点が合わない眼に戻っていた。
「もっとも、貴様の教育係か? オトフシならば、手を出すなと止めるだろう。あの堅物ならばな」
「へえ、知っているんですか」
「ククク、気にするな。どうしても知りたければ、本人に聞いてみるがいい。向こうも知らんと言うだろう」
顔をクシャッと丸めるように笑う。明らかに知り合いの様子だが、あまり気にならない。気が向いたら本人に聞けばいいか。
「まあ、本当にそれだけならば、僕は行きます。あまり馬車から離れていてもいけませんしね」
僕はスヴェンにクルリと背を向ける。拘束はまだ解いていない。
「……本当に我が輩を見逃すとは、甘い奴だ」
「僕は先程『わかりました』と同意しました。取引で嘘は吐かない。そう育ったもので」
それは、石ころ屋の矜恃だ。
「……ならば、早く去れ。我が輩の再生ももうすぐ終わる。戦えるのに見逃すというのは外聞が悪いからな」
「僕は標的ではないでしょうに」
「…………」
無言を同意と取り、僕は走り出す。
スヴェンとの距離が離れるのに合わせて魔力圏を広げていく。それにつれて拘束も弱まっているだろうに、限界まで広げた僕の魔力圏にいる間、スヴェンは身動き一つしなかった。
馬車に追いつくまでに、僕は考える。
敵の陣営が二つある。そしてその一つは、僕が護衛から外れるタイミングで襲撃を計画している。
……偶然だろうか?
それとも、二つの陣営の間に何かしらの取り決めがあって行っているのだろうか。
その二つの陣営についてわからなければ、判断が付かない。
きっとスヴェンはあれ以上喋らない。ならば、もう一人情報を持っていそうな者。
サーフィスを問い質すしかあるまい。
僕の姿が見えると、キーチが一瞬槍を構える。
馬車に用意してあった物だろう。もはや目立たぬよう行動するよりも、威嚇と戦闘力を選んだのだ。
併走するまで追いつけば、キーチはすぐに僕への警戒を解き、表情を緩めた。
「無事……ですか」
「ええ。何とか」
そして片目を瞑り、泣きそうな笑いそうな顔で拳を僕に向けた。
僕は走りながら、その拳にチョコンと僕の拳に当てる。フィストバンプとはこんな感じだっただろうか。初めてやった僕の顔が、若干熱くなった気がした。
サーフィスも、僕が戻ってきたことがわかったようで軽く反応していた。
とりあえず、指示を聞こう。それと、確認も。
馬車に併走するように、僕は魔法で飛行する。
走りながらだと話はしづらいのだ。馬車に乗るわけにもいかないし、これが現状一番良い。
サーフィスは、目を丸くして僕を見ていた。
「これから、僕は何をすれば?」
僕が尋ねると、サーフィスは誤魔化すように一度咳払いをして続けた。
「先程までと同様、警戒を頼みたい! オトフシ殿と合同で行ってくれ」
「わかりました」
と言っても、もうあまりすることも無いだろう。
まだ門は見えないが、王都らしい豪華な建物。その屋根の先端が、森の奥に見えていた。
オトフシの横まで飛んでいく。
オトフシは苦笑して僕を迎えた。
「フフン、その様子だと、どうやら撃退出来たようだな」
「はい。問題無く」
予想済み、というようにオトフシは薄い胸を張った。先程あんなに必死だったのに、現金なことだ。
「ここまでで他の襲撃はありましたか?」
「いや。のどかなものだった。やはり、予算は〈鉄食み〉につぎ込んだらしい」
それを聞いて少し安心する。そう予想して周囲の警戒を解いたのだから、そこで襲撃があればオトフシからしても護衛失格だろう。
「……そうですか。では、もうしばらくは大丈夫ですね」
スヴェンを完全に信用するわけでは無いが、受け渡しまで襲撃は無いだろう。
次の陣営が動くのは、そこからだ。
本来、僕の動きはそこで止まるのだが。
本当に、何の問題も無く王都に到着したらしい。
したらしい、というのは門が無いからだ。明確な境界も無く、その手前の関所で一回止められただけだ。それも、荷物の確認という大ざっぱなもので。
「……到着、ですかね」
「ああ。ご苦労だった。最後まで気は抜けないが、ここからは大規模な襲撃はあるまい。ザブロック家の門まで。そこで、護衛の契約は終了だ」
僕の呟きにオトフシが補足する。契約はそこで終了。そうだ。それ以降、僕の護衛の義務は無くなるのだ。
だから、それからのことを聞かねば。
僕が振り返りサーフィスを見ると、サーフィスは眉を上げて僕を見返した。
ザブロック家は、王都の郊外にある。
街中まで馬車が入らなかったのは、観光が出来ずに残念だったが、これからも行く機会はあるだろう。それは今どうでもいい。
そこまでの道中、僕は手は抜かずに馬車と周囲を見張る。
もう早足では無い。僕は飛行をやめ、オトフシの馬廻りのように付き従っていた。
だが、やはり街中だ。人が多い。すぐには使えないように封をしているものの、武器を帯びているものも多く、怪しいものなど数限りなくいる。
貴族の馬車であれば遠巻きになるのだろうが、普通の馬車に近い見た目のルル達の馬車は、人を遠ざける効果は無いようだった。
「ここだ」
オトフシが、顎で示す。何処までも続く高い塀に囲まれ、何者も侵入などさせないという意思が垣間見える。そこで唯一外部の者の侵入を許す場所、ザブロック家の門が、目の前にあった。
……広い。
並足とはいえ、もう十分以上壁ばかり見続けていたのだ。
広い敷地自体は見えないものの、その広さは塀の長さから充分推測出来た。
その門の手前で一旦馬車が止まる。
身分を示し、入るために門を開けさせる。その務めはキーチのものだ。ハクから降りて、門の横の詰め所に歩み寄っていく。
ここで門が開き、入って行けば僕の任務はほぼ終わりだ。あとは中の人間に引き継げばいい。
だからこそ、ここが最後だ。
僕はキーチに駆け寄り、呼び止めた。
「キーチさん、ちょっと待ってください」
「……何です?」
怪訝そうな眼で、キーチは僕を見返す。その目には困惑が見て取れる。
僕はそれを無視して、呼び止めたキーチを尻目にサーフィスに歩み寄る。
「サーフィスさん。少しお尋ねしたいことが」
言いながらサーフィスの目を見る。
その目は後ろめたいことがあるように、サッと反らされてしまった。