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慣れないお嬢様

 


 朝食への文句は言うまでも無いだろう。


「干し肉の粥ですって!? そんな粗末な物……ルル!」

「でも、お母さん、せっかく出してくれたんだから」

 大人しく食べはじめたルルを、ストナが窘める。この三日間のいつもの食事の光景だった。

 違うと言えば、椅子は切り株でテーブルも無い朝餉だったということだが、僕はいつも通りなので全く気にならなかった。


 食材は騎士団持ちの保存食のため、僕に毒味の業務は無い。それは残念だったが。



 しばらくすると、ルルがオトフシをつれてどこかへ歩いていく。

 多分、配慮が必要だろう。オトフシもついているし、問題ないとそちらの監視を一時中断する。数分後、戻ってきたルルは、馬車から離れた位置で立ち止まった。


 どうしたんだろうか。

 そう不思議に思っていると、オトフシが自分の朝食をとりにルルから離れていった。

 わずかに微笑んでいたことにより一層不思議な感じがしたが、まあ視界の範囲内だしオトフシも安全だからと離れていったのだろう。

 僕は特に気にせず、自分の朝食をとることにした。





 僕が先程取ってきた木の実を黙々と食べていると、視界の端の視線に気がついた。

 目を上げると、さっと視線が逸らされる。また木の実に目を戻すと、また視線が向けられる。バレバレなのだが、気がつかない振りをしていた方が良いだろうか。


 茶色く乾燥したような皮の下には白く柔らかい果肉がある。甘酸っぱいその果肉を皮ごと囓ると、皮の渋さと果肉の甘さが口の中で混ざり、粘りけのある食感も相まって何だかよくわからない味になる。

 あまり美味しくは無いが、食べられるから良いのだ。


「あの……」

 不意に声をかけられ、声の出所に思わず振り向いてしまう。

 勢いよく顔を上げた僕に、ルルは少し驚いたらしく若干身を引いた。

「美味しいですか? それ」

「え、ええ。あ、いや、あんまり美味しくないですよ」

 焦っておかしなことになる返答に、僕の焦りがさらに酷くなる。

「ええと、食べます?」

 何とか立て直そうと差し出した果実を見て、ルルは握り拳で口を隠して、クスクスと笑った。


 

「本当に、あんまり美味しくないですね」

「……ですよね」

 差し出してから後悔する。よく考えてみれば、僕はどうして自分が美味しくないと思ったものを勧めたのだろうか。内心頭を抱えた。

「ああ、でも、この皮のせいですよ! 果肉だけ食べれば甘くて美味しいです」

 ルルはフォローするようにそう言って、果実をかじる。そして唇の隙間から皮だけスルスルと引き出すと、それを草むらに捨てた。


 皮を食べない。その発想はなかった……。



 良いヒントを貰った。そう思い、残りを食べようと果実を手の中で回した僕に、おずおずとルルが申し出た。

「残りの実も剥きましょうか? あ、でも小刀が無い……」

 そして言ってから、ハッと気付いたようで自らのポケットを探った。いつもは常備しているのだろうか。まあ、色々と便利だし持っているのだろう。

 それに、折角の申し出だけれども、僕には必要ない。

「大丈夫です。それくらいなら簡単ですので」

 指先で果実を持ちながら、魔力をピーラーのようにして剥いていく。

 端から見れば、果実の皮がひとりでに螺旋状に剥けていくように見えただろう。


「あ、すごい!」

 ルルが目を輝かせるようにして褒めてくれる。何だろう、素直な反応がとても嬉しい。

 剥き終わった皮を手で受けると、それを丸めて噛み砕く。捨てるのは勿体ない。

「でも、食べちゃうんですか?」

「ええ、まあ食べられないわけでは無いので」

 だが積極的に食べたいわけでも無い。口の中に広がる純粋な渋みに、僕は閉口する。

 ルルは両手を下げて組む。そして、申し訳なさそうな顔で呟くように言った。

「……それにしても、魔法使い、なんですね」

「よくわかりましたね。魔術かもしれないのに」

 と思ったが、よく考えたら明白だ。呪文を使わなければ、それは魔法だ。一般にはそういう認識だろう。


 ふと思った。オトフシの呪文を唱えている姿を見たことが無い。オトフシも魔法使いなのだろうか。それとも呪文を唱えずに魔術を使う事が実は出来るのだろうか。

 その辺の知恵は、まだ僕には無い。


「今使ってたのを見ましたし、一昨昨日キーチさんが仰っていました。『すごい魔法使いが参加する』って」

「確かに魔法使いですが、すごいは余計ですね」

 その魔法使いがオトフシだったら赤っ恥も良いところだが、おそらく僕のことだろう。

 何故そんなに評価してくれるのかはわからないが、評価されるのは嬉しい物だ。


 白い実を囓れば、中の果汁が口の中に広がる。

 純粋に甘酸っぱい。美味しい。本当に初めからこうすれば良かった。



 剥いた二つ目の果実を口の中に放り込み、咀嚼する。

「カラスさんは、どうしてこのお仕事を受けてくれたんですか?」

「……それは、どういう意味ですか?」

 飲み込んでから、聞き返す。どんな理由を望んでいるのだろうか。

「この仕事って、元は騎士さん達の仕事って聞きました。探索者さん達のお仕事じゃないですよね」

「ああ、そういうことですか」


 三つ目を剥き、皮を丸めて咥える。改めて味わえば、少し覚悟のいる不味さだ。

 しゃりしゃりと噛み砕けば、本当に不味い。


「僕は、……言っていいのかな? 護衛任務の実習っていえばいいですかね」

「実習ですか? あの、職人さん達が見習い卒業のためにするあれですか?」

「そうです。指名依頼を出していいかどうか、僕の適性をギルドが測るんです。あのオトフシさんはそのお目付役」

 指を差した先のオトフシは、連れてきたハクの餌やりの真っ最中だった。

「要は、僕も見習いなんですよ。護衛依頼以外なら大抵のことは出来る気でいますけどね」

 昨日の報告の遅れは間違いなく僕のミスだろう。対象の身を一番に考える。それを僕はまだ出来ない。


「魔法使いが味方につくって、すごい贅沢な気がします」

「卒業試験に使われていると思えば、そうも思えないと思いますよ」

 贅沢では無い。信頼出来るかどうか不確実な探索者に利用されているとも言えるのだから。


「魔法使いさん以外にも、あのキーチさんもすごい人ってサーフィスさんが言ってました」

 何故かルルの声音がどんどん弱々しくなっていく。消え入りそうな語尾に、顔も下を向いていった。

「本当に、私なんかにもったいない。それなのに、私何も出来なくて……」

 何を気にしているかと思えば、そんなことか。

 今は護衛対象だ。何も出来ないどころか、何をしなくても良いのだ。本来は、あのストナのような対応が自然だろう。



 どうやら、慣れぬ立場に落ち込んでいるらしい。僕はその姿に、慰めても良いかどうか逡巡した。

 だが、すぐに答えは出る。名目上、僕はルルの話し相手として雇われているのだ。その仕事に従事しても良いだろう。


「お嬢様は、今は何もしなくていいんですよ」

 僕の言葉に、上目遣いになるようにルルは僕を見た。

「え?」

「今の僕と騎士達の仕事は、お嬢様と奥方様を守ること。そのためにお嬢様達が出来るのは……僕たちの邪魔をしないように大人しくしていることぐらいでしょうか」

「……何も、しちゃいけないの?」

 僕の言葉を聞いて、ルルは目線を下げる。あ、これは駄目な方だ。

 僕は内心慌てるのを出さないように、静かに続けた。

「僕らへの報酬はちゃんと別に出ますので、殊更に僕らに何かする必要はありません。それでも何かしたいというのであれば、言葉や態度で充分です」


 目線を馬車に向け、人差し指を唇に当てる。

「奥方様は怒るかもしれませんので、折を見てバレないように。騎士達に向けて『ありがとう』と言ってあげてください。それくらいで良いと思いますよ」

 貴族風に言えば、『大義であった』という感じだろうか。不慣れな貴族の令嬢様であれば、そんな程度で良いだろう。報奨は終わってから。今は褒める言葉が一番だ。


 暗に『なにもするな』と言っているようなものだが、それで納得してくれるだろうか。

 チラリとルルの顔をうかがい見れば、それなりに好反応らしい。

 よかった。僕はホッと胸を撫で下ろす。


「……ありがとう、カラスさん。果物、美味しかった」

「いえ。これからまた長い旅路です。頑張りましょう」

 顔を上げ、ぎこちなく微笑んだルルはそれからトテトテと馬車に戻っていった。

 入れ替わるように、オトフシが僕に近付いてくる。




 ハクを撫でていたブラシの毛を指で払い落としながら、ニイと笑ってオトフシは僕に尋ねた。

「上手くいったか? ルル嬢の表情を見る限り微妙だが……」

「……何をさせる気だったんでしょう」

 最初の微笑みからして怪しかったが、やはりオトフシの差し金か。

 僕がジッとオトフシを見ると、艶のある唇がニヤニヤと緩んだ。

「フフン、なに、お前が雇われた仕事をやらせたまでだよ。追われる旅路ももう四日目だ。昨日の襲撃も合わせて、少し参っているようだったからな。息抜きに、馬車の外での休憩を勧めた」

「……どこか息抜きで散歩や観光でも出来れば良いんですけど」

「追われる旅だ。そうもいくまい」

 達観したようにオトフシは呟く。それを見て僕が肩を竦めると、オトフシは首を傾げて笑った。


「おや? そんなに気になるか? お主も色気づく年頃か?」

「時々オトフシさんって、何というか……低俗な感じになりますね」

 僕の反応を更に楽しむように、オトフシはニヤニヤしながら離れていった。







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