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閑話:純粋な才能

SIDE:謎の少年

完全にフレーバーテキスト。

 


「今回の依頼はこれかあ。敵は、と……どれどれ?」

 軽い口調で、探索者の少年アレスが依頼についての報告書に目を通す。ヒラヒラと流し読みをするアレスの目に止まったのは、キーチ・シミングという名前だった。

 アレスの目の奥がキラリと光る。

 その名前は、自分と同じく水天流を学んだ戦士、しかもその有望株だと聞いている者。彼が敵にいるというのは、今回もつまらない仕事だと思っていたアレスには僥倖だった。


「では、お受け頂けますか」

「うん。いいねぇ」


 まるで家事を頼まれたかのように、アレスは快諾する。

 彼は選べる仕事は報酬で選ばない。ただ敵の強さで選ぶのだ。






 彼が十歳ほどの若さで探索者、それも人間を相手にする仕事をしているのは、道楽に近い理由だった。



 ある日名もない開拓村に一人、男児が生まれた。

 常よりも僅かに軽く生まれ落ちたその子が、普通の子供であった時間は酷く短い。


 寝かされている寝台から目を離せば、枕元に虫や鼠の死骸が落ちていることなどは日常茶飯事である。

 歩き出した当初から腕の力は強く、生後を過ぎて間もなく失われると言われる握力は失われずに身に付けられていた。

 乳をあげようとした母親の乳首を噛んだ乳歯は、一月目には生えていた。

 そんな尋常じゃない子供に薄気味悪さを感じながらも、愛情深く接していた両親は褒め称えられるべきだろう。



 三つの頃、同じ村で生まれ育った同じ歳の子供の目を潰した。

 遊び場を譲らなかったという理由だけで、話し合うことも頼むこともなく、躊躇なく指を目に突き入れたのだ。


 子供の泣き叫ぶ声に、大人達の視線が集まる。

 子供の遊びで泣くことなど日常茶飯事である。だが、その火のついたような泣き方は異常だった。当然である。片目が潰され、視界が閉ざされ激痛に晒される。押さえる手の隙間からはどろりとした液体が漏れ、生暖かく頬にまとわりつく。そのような事態に、平静でいられる子供などいるものか。


 だが、奇妙なこともあった。

 潰された方が泣き喚く。そんな異常事態に、潰した方も何やら反応するはずなのだ。

 戸惑い、自らも泣いてもおかしくはない。また、叱責を恐れ逃走を選択してもいい。


 その潰した子供は、そのどちらも選択しなかった。

 ただ、顔を伏せて笑っていた。


 その子供はその時初めて、自分の意思で暴力を振るった。初めて、暴力の味を覚えたのだ。




 アレスと名付けられたその乱暴者は、村ですくすくと成長した。

 悪癖は止まない。気に入らないことがあればすぐに暴力を振るい、力で周囲を押さえつける。

 その行動が続いても村八分にならなかったのは理由がある。親が武官出身であったために村で力があり、誰もアレスに文句を付けられなかったのだ。

 五歳になる頃にはガキ大将となり、子供達の間で幅をきかせた。

 本来農作業や家事を手伝う年頃になってなお、アレスは遊び続けていた。三つ上の兄がどれだけ諌めようとも、何処吹く風で野山を駆け巡っていた。


 手下達に怪我は絶えない。

 ある少年は、ネルグにある樹液の川に遊び半分で突き落とされた。ある少女は、脛当ても手袋も無しに馬の真似をさせられた。擦り傷が膿み、消えない傷跡になってもなお、文句は言えなかった。

 逆らう者には容赦をせず、肉を打ち気絶をさせる。治療師もいない開拓村である。しばしば、手下達に不具になる者も出ていたという。



 八歳になる頃、村人達の堪忍袋の緒もついに切れる。

 きっかけは、成人女性の腕をへし折ったことだった。いつも手下達に接するように命令した彼は、女性に拒否され頭に血が上った。ただそれだけで、少年は生来の怪力に任せて女性の腕を芋をもぐようにへし折った。

 その手応えが少年に、悦びの感情を芽生えさせたということは、少年自身後になって知ったことである。


 少年の蛮行に、村人達から非難が集まった。


 今までの報いを受けさせる。

 アレスの四肢を砕き、顔を焼いてしまえ。


 そんな意見が村に満ちていたのだ。

 今まで庇い立てしてきた両親すらも、ついには折れた。しかし、肉親の情もある。村人達の私刑に晒すことなど到底出来ず、苦悩した。そして悩んだ末、村外に放逐することにようやく同意した。


 かくして、アレスは身一つで追放された。というのが村人達からの認識である。

 密かにミールマンの水天流の道場に預けられたのは、両親だけの秘密だったが。






 水天流には、六花の型という術理がある。

 水天流創始者のジャン・ラザフォードが、ミールマンに降る雪を見て着想を得たという型である。


 まだ勇者の時代。ある日、ラザフォードは戯れに雪を突いてみた。本来彼の武器は剣である。だがその頃既に名の知れた武芸者であった彼の拳は、光がきらめくが如く速さで空中を撃ち、圧縮された空気が破裂音を鳴らした。

 しかし、雪の粒は砕けなかった。

 ヒラリと躱したかと思えば、拳の先に付着し、染みこむように透き通り消えていく。


 その様を見て、ラザフォードの背筋が冷えた。

 もしもこの雪粒が暗殺者であれば、自分はきっとなすすべなく殺されていた。

 自分の拳は届かずに、ただ傷を付けられたことだろう。 



 不吉な考えを振り払うように、二三同じ動作を繰り返す。

 けれども触れない雪の粒。

 それを認め、顔を上げたときにはラザフォードの額が明るくなっていた。 


 閃いたのだ。

 今まで使っていた剛拳とは違う、新たな武の道。

 それから半年以上の間、弟子達との交わりを断ち、ただ独りで工夫を重ね、ついに完成した型。それが六花の型である。



 その足捌きは軽妙。避けたかと思えば距離を詰め、好機と振るわれた相手の剣は空を切る。相手の呼吸を読み、僅かに半歩揺れるだけでその攻撃を躱す。相手の動きが僅かに鈍れば、そこには必殺の剣が振るわれる。

 周囲から見れば舞踏のような、相手から見れば実体のない幻と化すその型の完成は、水天流の名前をより一層国中に広めることになった。





 水天流の道場は、魚が海中に入るようにアレスを生き生きとさせる。

 道場にて行われる激しい稽古。血と汗を流しながら、弟子達はその身に水天流の術理を刻み込んでいく。


 多くの弟子達にとっては、ただ辛く苦しい稽古の毎日。だが、アレスにとっては違った。修業というよりも、ただの遊び。アレスにとっては、ただ動くだけで、ただ踏み込むだけでそれは水天流の動きとなった。

 酒仙の言葉が詩になるように、動きがそのまま舞いとなるように、アレスの天稟によってその動きこそが水天流となったのだ。


 水天流にはいくつかの型があるが、その中でアレスの身体は殊更に、前述の六花の型を染みこませていた。




 一年も経てば、その道場の中でもはやアレスに敵はいなかった。

 乱暴者ではあるが、武を志した者にはそのような者が多い。誰もアレスの本性など気に留めることもなく、先輩達は嫉妬と羨望の眼差しを向けながら後輩の少年を褒め称える。


 その日は、試合形式での実践稽古だった。その場で、やはりアレスは頭角を現わしていた。


「やああ!」

「……!」

 気合いが篭められた相手の上段唐竹割り。それを僅かに正中線をずらして躱すと、くるりと回転しながら胴を打ち据える。同門の試合は通常寸止めで行われるが、もはや当てるアレスに文句を言える門人はいなかった。

 一度、指導と称してしたたかにアレスの肩を打ち据えた門人が、次の日物言えぬ姿となって見つかったことがある。その下手人は未だにわかっていないが、その事件がアレスのやり過ぎを止められぬ遠因にもなっていた。




 もはや道場内に敵はいない。アレスもついにそう自覚する。

 道場主ですら、アレスの六花の型は捌けない。六花の型だけではなく、他の術理も悉く納めたアレスを抑えられるものはどこにもいなかった。

 九歳にして、彼は道場の頂天に立っていたのだ。


 そんなある日、アレスは出奔する。「もう飽きた」という、ただそれだけの理由で。


 乱暴者が消えて、水天流門人達の表情が些か明るくなった。その中でもっとも変化が激しかったのが道場主だと言うことは、皆の中での公然の秘密だったという。





 それから、アレスはただ拳を振るった。

 彼が求めているのは、暴力の愉悦。獣を殺し、魔物を殺し、そして武芸者をも殺していった。

 生来の彼の性格である。騎士となり、規律を守ることは出来ない。年齢に従い、どこかで奉公する気も起こらない。ギルドもない暗殺業を、名も知れぬ少年に依頼する者はいない。

 そんな闘争を求める彼が、探索者になったのは当然の帰結だった。


 ミールマンで登録した彼は、やはり闘争を求めた。相次ぐ討伐依頼の受注、そして達成。年齢に似合わないその力は、周囲に名ばかりが伝わっていった。


 アレスの名前は誰もが知っている。その強さも。

 だが誰も、その子供がアレス本人だとは思わないのだ。ただ、依頼を管理するギルドのみが、そのことを把握していた。



 魔物を殺し、生活の糧とする日々が続く。

 その中で、ある日何の気なしに詳細不明の討伐依頼を受ける。指名依頼でもなんでもない、それとわからないように偽装された人間の討伐依頼。それをギルドも受理した。






「く、くせ者!」

 夜、街の灯りが消えた頃にその標的は歩いていた。周囲に他の人間はなく、標的はそれなりに鍛えられた男性だった。

「ごめん、あんたの討伐依頼が出てるんだよね」

 道を塞ぐことも、反撃の手段を奪うこともなく、アレスは標的に話しかける。およそ暗殺中とは思えない仕草であるが、標的はその仕草に不気味な違和感を感じていた。

「なんぞ、ガキであるか! し、しからば失せい、さもなくば命を失おうぞ!」

「へえ」


 細剣を抜き、必死で威嚇をする標的。その動きを意に介さず、アレスは歩み寄る。

 自然体、それが六花の型の構えだった。


「ひょっ!」

 許せ、と小さく呟いてから、標的の鋭い突きがアレスを襲う。武の心得が無いものであれば、いや、多少の心得があろうとも喉に穴の空く鋭い一撃。その腕前は、一朝一夕で身に付くものではない。


 だが、アレスはその突きをすり抜けるように標的の眼前に迫る。

 闇夜の中、光を取り入れようと見開かれたその目に正面から射貫かれ、標的の動きが止まった。

 その次の瞬間、標的の背中から、ニョキリと白く細い腕が飛び出る。

「あぐ」

 小さく叫びを上げて、どうとうつ伏せに倒れ伏す身体。


 血溜まりに浸されたその身体を見ても、アレスの顔に憐憫はない。

 アレスは引き抜いた腕から感じる温もりに、確かに悦びを抱いていた。




 それから、アレスは人間相手の討伐を増やすことになる。

 ギルドもその意に沿うように、彼に積極的に指名依頼を出した。アレスがその依頼を素直にこなしていったのは、報酬が理由ではない。


 暴力で人を従わせ、屈服させる。それが楽しいことは知っていた。

 加えて、人を壊すこと。それが楽しくなったのだ。

 そしてその人は、腕の立つ者が良い。その抵抗が、より一層自分を楽しませてくれる。


 幼いときから漠然と考えていたその嗜好を自覚したとき、彼は完成した。

 《大物壊し》それが、彼の通称である。






「キーチ・シミング、ねえ。その師匠にも会ってみたいけど……ふふ……」

 闇に染まった部屋で、彼は一人笑う。その顔は、注意して見なければ年相応にイタズラを考えているように見えるだろう。

 偶然立ち寄ったこの街に向かい、今回の標的はやってくる。今日この街にいたのは運が良かった。そうアレスは反芻した。


 護衛についた、合わせて三人の騎士と探索者。

 そして、達人を壊す、狂った神童。


 彼らが出会うのは、次の日の昼。

 その時命の炎は、一つ砕かれることになる。





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[気になる点] やっぱり探索者が暗殺までやり、ギルドもそれを認める事に違和感しかない。閑話挟む間隔が短過ぎて本編の邪魔
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