表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/935

日々の気遣い

 

 三十分ほどの移動で、魚がいるという川に着いた。

 見れば、その清流の中に鯉のような魚がそこかしこに泳いでいる。



 あれを獲ればいいんだな。

 そう考えると同時に、周囲の索敵を行う。魔力感知は頼りになる。

 今のところ、周囲に魔物はいないらしい。そう長居する気もないが、しばらくは狩りに集中できる。


 念動力で、五匹ほど釣り上げる。空中でビビビビと暴れる箴魚を次々と絶命させて、血を抜いてゆく。本来なら殺さずに、神経を切ってから血を抜くとどこかで聞いたことがある。しかし、以前の締め方で良いと店主が言っていたから大丈夫だろう。



 血を抜けば、当然辺りが血に塗れる。川が、赤く染まる。

 血が垂れなくなった魚たちを、持ってきた袋に詰め込む。折れないように気をつけ、丁寧に。ついでに、その中に川の水を凍らせて作った氷を入れておいた。僕の魔力に包まれてる間は、これで冷やしておける。



 急いで立ち去ろうとも思ったが、やはり血につられて、来たらしい。

 魔力感知に、引っかかる反応があった。

 押しのけられる感覚。魔力を扱う魔物だ。


 この辺りに出る魔物の特徴は、店主に聞いている。

 ラットガッルス。意味的には、ネズミ鳥といった感じか。


 茂みから、ガアガアと鳴きながら四羽飛び出してくる。そこから来ることはわかっていたので、躱しながら風の刃を叩き込んだ。

 一羽の首が飛ぶ。首が無くなった体は、そのままの勢いで川へ飛び込み、流れていった。きっと魚が食べてくれるだろう。


 残りの三羽のうち、後ろの一羽の周辺の魔力が押しのけられる。魔法を使うらしい。

 他の二羽を念動力で拘束し、逆さ吊りにする。羽根をバタつかせて抵抗するも、そんなもので拘束は外さない。同じように首を飛ばす。血が溢れ、残りの一羽に降り注いだ。


 仲間の血など意に介さず、魔法が放たれた。

 事前に聞いている。ネズミ鳥は熱風の魔法を放つと。


「オ゛オ゛オ゛ォォォ」

 叫び声とともに、温かい風が吹いてきた。急いで、僕の目の前数mの空気を固定して盾を作る。次の瞬間、ネズミ鳥から放たれた熱風が、地面ごと辺りの木を焼き払う。

 凄まじい火力だ。

 ネズミ鳥を中心とした放射状に、地面が焦土と化していた。


 障壁で守られた僕は無事だが、無防備な状態で受けたら酷い火傷を負うような攻撃に、改めて肝が冷えた。

 軽い気持ちで「自分以外の使う魔法が見てみたい」と泳がせたが、これほどの威力とは思わなかった。軽く溜め息が漏れる。


 連発は出来ないらしい。残ったネズミ鳥は、形勢不利とみて逃げようとする。

 落ち着いた僕は、いつものようにネズミ鳥の首を飛ばした。



 殺した獲物の解体も、いつものように行う。鳥の解体ならば慣れている。

 ネズミ鳥はその名の通り、鶏の見た目で鼠の皮を持っている。今回は羽毛を毟らなくて良いのだが、その分皮が分厚いのか中々剥がせない。

 いつもより時間がかかって終わった。

 魚の捕獲よりも、鳥を捌く時間の方が長い。それでいいのか僕……。


 昼ご飯として、一羽食べた。

 味はネズミと全く関係の無い鶏のもので、とても美味しかった。




 今回の探索は簡単にいった。

 やはり、魔力を扱うタイプの魔物であれば、問題無く討伐できるようだ。

 問題は、大蛇のような闘気を扱う魔物だ。魔法使い達は、そういう魔物の相手をどうやってしているんだろうか。

 シウムの授業は、闘気を扱う戦士向きのもので、魔法に関するものは無かった。シウムが使えないのだから当たり前だ。

 どこかで、勉強できれば良いのだが。




 日が沈む前に、僕は石ころ屋に着いた。

 なるほど、行き帰りの時間が節約できるし、近場で終わる狩りとはそれだけで都合が良い。これで報酬が翡翠と同じくらいであれば、だいぶ割の良い仕事だ。



 ドアへ向かう僕の後ろから、声がかけられた。

「おう、烏野郎、てめえは換金か」

 ハイロだった。その横にはリコもいる。


 ハイロは得意そうな笑みを浮かべながら、布袋を担いでいる。

「あん? なんか良い服着てやがんな。 独り占めした金を使って、良い身分だな」

 嫌味を言いつつも、その口は笑っている。機嫌が良いのか。

「一昨日ここで買ったんですよ。森の中でも動きやすい良い服です」

 嫌味にはとりあわない。ここで下手に返せば、また面倒なことになるのは目に見えている。


「ハッ! 今に見てろよ。お前が汚え方法で独占してる金も、全部俺らが頂くからよ」

 ハイロは、こちらを睨みながらそう言うと、僕を押しのけて石ころ屋に入っていった。

 その後ろを、リコが付いていく。

 小さく、「ごめん」と謝られた。手を合わせて拝む動作は、この世界でも謝罪に使えるらしい。



 乱暴にドアが開けられ、そこにハイロが滑り込む。


 僕はどうしようか。

 捕まえてきた箴魚を売りに来たのだが、あいつらと一緒だと気まずいことこの上ない。

 リコだけなら普通には入れる。しかし、ハイロがいるとなるとちょっと嫌だ。

 躊躇っているうちに少し時間が過ぎた。


 ハイロが出てから店に入るとしよう。

 そう思い待っていると、突然店の中から大声が聞こえた。


「何でだよ! あいつばっかいい目に合わせて! 俺らのだからだめなのかよ!?」

 ハイロの声が響く。安普請の建物が、揺れるような大きな声だった。


 嫌な予感がした。あいつ、とは十中八九僕だろう。

「いいよ、ほら、行こう?」

 リコがハイロを宥める声が聞こえる。

 そして、リコの手によって扉が開かれた。


「あ」

 ハイロと、目が合ってしまった。

 一瞬驚いたハイロは、次の瞬間怒りの表情に変わるとこちらに詰め寄ってくる。

「またか、またてめえが邪魔してんのか!?」

 しかし、言っている意味が一向にわからない。邪魔とは何のことだろうか。


「おう、戻ってきたか」

 店主は怒るハイロを一顧だにせず、僕に声をかけてきた。

「え、ええ。少し前に」

 いやいや、まずはこちらの激怒している子供を何とかするのが先決だろうに、なぜこちらに水を向けるのか。

 そう思った僕の考えを読んだのか、それとも予定通りだったのか、店主は溜め息を吐いて僕に声をかけた。


「ちょうど良いところに来た。獲ってきた魚を見せてみろ」

「魚? 魚だと!?」

 ハイロが魚に反応する。何かあったのだろうか。

 とりあえず、言われたとおりに箴魚の入った袋を店主に差し出す。横を通るときにも、ハイロはずっとこちらを睨んでいた。


「はい。これお願いします」

 店主は袋の中の氷ごと、大きな箱に箴魚を移す。魔法の効果は切れているので、もう普通の溶ける氷だ。


「魚の種類は違うが、見てみろ」

 その箱の横に、違う魚を置いた。大きいヤマメのような形で、横っ腹に斑点が並んでいる。その腹に指を滑らせながら、店主は続ける。

「まず、腹が柔らかい。もう鮮度が悪くなってきている。釣ってから、かなり時間が経ってるな」

「そりゃあ、午前に釣ったもんだし」

「午前に釣ったものだろうが、午後に釣ったものだろうが、鮮度が悪いことには変わらない」

 食い気味に言葉を遮られ、ハイロが口を噤む。苦い顔をしている。

 店主は滑らせた指の先に、銀色が着いているのを見せた。

「暴れて、岩や地面にこすったんだろう。鱗が剥がれてる上に傷が付いていて見た目が悪い」

「釣り上げるときに、かなり暴れて」

「だから、価値が下がっている、と言っている。理由なんざどうだっていい」


 言葉を最後まで紡げず、さらに反論のしようが無いために、ハイロの元気がみるみる無くなっていった。

 その横で、リコは感心しながら聞き入っていた。

「その子の獲ってきた魚には、そんな様子が無いってことでしょうか」

「そうだな」

 リコの方を向いて、店主はハッキリと答えた。


「先程言った、鮮度の悪さも見た目の悪さも、こいつの魚には見られない。そういうことのために……」

 店主は横の氷を掬い。ガラガラとまた箱にこぼす。

「こういった気まで遣ってくる。種類の違いを除いても、値段はそりゃ変わるわな」


「なるほど。状態が違うのですね。手当の差かな」

「そうだ。それを無視して質を下げて、値段が低いのに文句を言われても困る」

 後半は、ハイロに向いて言っていた。その言葉に、ハイロは口を尖らせて目を背けた。


「だって、ハイロ」

 リコはハイロに笑いかける。

「今回は駄目だったけど、次は気をつけて持ってこよう。そうすれば」

 こちらに親指を向けて言った。

「そいつみたいに、少しは良い暮らしが出来るかもしれないしね」

「……チッ。そうだな」

 ハイロはなんとか言葉を返すと、無言で店から出て行った。リコもそれに続いた。




「で、これも金に換えて良いんだな」

 二人が出て行くのを無言で見送った店主は、何事も無かったかのように話を続けた。

「あ、お願いします」

 店主は金庫から銀貨を5枚取り出した。

「一匹につき銀貨一枚だ」

「ありがとうございます」

 それを腰の革袋に入れる。銀貨も中々嵩張ってきた。


「それで、何があったんでしょう」

 笑顔で聞いてみると、店主はこちらを見ずに、世間話でもするようにしゃべり出した。

「大体わかってるだろう。あいつらの持ってきた魚の質に合わせた品物を用意したら、少ないとごねられた。それだけだ」

「でも」

 それだけならば、あんな解説をしてまで納得させることは無いはずだ。少なくとも、以前までの店主ならばそんなことはしない。


「あれは、お前に聞かせるためのものだったからな」

「僕にですか?」

 僕がいなければ、あの勉強会は無かったと。

「ちょうど良いところに来たからな。これからも、良い獲物を獲ってこいよ」

「はあ、まあ、わかりました」


 宙づりにして首を落とすだけで良いのなら、毎回やっても問題は無い。 



「そういえば、今回獲ってきた箴魚、病気の予防に使えるって言ってたじゃないですか」

「ああ」

 椅子に腰掛け、倉庫を眺めながら店主は答えた。

「この時期から、三日熱が流行り出すからな。獲れば獲っただけ売れるだろう」

「その、三日熱ってどういう病気なんですか? 僕見たこと無いんですけど」

 村でも見たことがなく、もちろん僕もかかったことが無い……と思う。知らないだけかもしれないが。

「その名の通り、三日に一回発熱して、またすぐ下がる。体の弱い奴は、三,四回熱が出た辺りで弱って死んじまう。そういう病気だ」


 そこまで酷い熱が出た患者は、生まれてから見たことが無い。

「やっぱり、聞いたこと無いです」

「お前は半年くらい前にスラムに来たな。その前はどこにいたんだ?」

「ええと、何処かわかりませんが開拓村の一つだと思います」

 これくらいは明かしても良いだろう。

「なら、ネルグの近くだな。だったら、そうだろう。開拓村の方には患者は出てねえらしいからな」

「そうですか……」


 今まで知らずに済んでいたのは、運が良かっただけか。



 あ、思い出した。大蛇の肉。

「話変わりますけど、文句言って良いですか」

「お、おお」

 瞬きを繰り返して店主は驚いていた。僕が文句を言うのは珍しいからか。

「あの蛇の肉、食べられなかったんですけど」

 じとっと店主を睨むと、店主は眉を顰めた。

「そんなはずはねえぞ。前に、違う場所だが同じ魔物を撃破したパーティからの報告だからな」

「しかし」

 食べ物に関して、引き下がるわけにはいかない。

「焼いてみましたが、固くて食べられたもんじゃありませんでした。飲み込むのすら一苦労ですよ」


 ぱちくりと目を開いて、店主は一瞬固まった。そしてそのあと、小さく笑った。

「ああ、なるほど、なるほど。焼いたか。焼いて食べたのか」

 一人で頷き納得している。何を一人で納得しているんだ。


「確かに、小さい蛇は焼いても食べれるんだが、あれだけ大きい蛇は焼いても食えねえんだよ」

「へ?」

 食べ方の問題だったのか!?

 店主は悩んで、頭をポリポリと掻く。そして、意を決したように口を開いた。

「俺が渡した情報に、不備があったってことか。ああ、じゃあ、また来たときに詳しく教えてやるよ。明日の……そうだな、昼頃に来い」

「今じゃ駄目なんですか」

「今からじゃ、用意するのが難しいからな。とにかく、明日来い」


「……わかりました」

 要領を得ないが、とにかくそういうことなんだろう。

 店主の方から「来い」と言われるのは初めてのことだ。きっと悪いようにはならないだろう。そう思い、僕は明日を待つことにした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ