二度あることは三度
次の日、眠い目を擦りながら向かったギルドの中で出会った探索者は、意外な人だった。
白い外套を羽織ったその人は、僕の姿を見て目を細めた。
「よろしく頼む」
「え、はい、よろしくお願いします」
握手のために手を差し出され、慌てて右手を出す。目上の人間相手ではあるが、微笑みを返せばいいんだっけ。それとも頷きだったか。
よくわからないので両方やる。傍目には滑稽だろうがいいだろう。
握手も終わり、手が離れる。その手の感触に、僕の身が引き締まった。
探索者らしからぬスベスベした手に、気を使っているのだろう艶のある髪の毛。
流石に香水などは無いようだが、身だしなみに気品漂うその姿は、下手な香水を着けるよりも上品に感じた。
「妾が手を出すことなど無いとは思うが、気を抜かぬようにな」
「は、はは、気をつけますので、至らぬ点があったらご指導ください……」
オトフシは、薄く笑って僕を迎えた。
オルガさんがまとめるように、咳払いしてから僕に向き直る。
「ご存じだとは思いますが、探索者オトフシ様です。今回はお目付役としてご参加頂きます」
目線でオルガさんがオトフシに振ると、オトフシは小さく会釈をした。
一応数少ない色付きの彼女をこんな仕事に参加させて、時間を浪費させるのは勿体ないと思うのだが。
「い、意外と大物が来ましたね」
僕が小声でそう呟くと、オトフシは眉を上げて反応する。
「なに、妾なりの懲罰だ。先日の醜態を償うため、報酬に関係なく依頼を消化している」
「案外助かっているのですよ。必要なのに予算の都合上報酬が低い仕事が山積していますし、そういった仕事は色付きで無い方に任せるには荷が重いものも多くて……」
オルガさんがそう注釈を入れた。疲れ切ったその様子に、ギルドへの愚痴が見えた気がする。
「人手不足も深刻なんですね」
「ええ。使える人材がもっと多ければいいのですが……。カラス様にはこれからも期待しております」
「あんまり期待されても困りますが」
そうオルガさんと談笑していると、今度はオトフシが咳払いした。
「まあ、すまないが行くとしよう。カラス、行程表は頭に入っているか?」
「はい。一応」
「ならば良い。では妾はお前に付き従う故、ここから行動を自分で決めて行くが良い。助言ならしてやる」
「お願いします。では、最初は西の門でしたね」
「ああ」
オルガさんに挨拶をし、オトフシと歩き出す。
昨日聞いた予定では、九の鐘と共に出発だった。ここから約千五百里を駆け抜けていく。
途中街に立ち寄って休憩も入れるが、四頭のハクを使い、出来る限り急いで王都まで向かう。物見遊山の旅では無いのだ。短ければ短いほどいい。
予定では、五日間の旅となっている。
何もアクシデントが無ければ、それで着くとは思うが……。
門の前まで行くと、金属製の鎧に青い外套を着た茶髪の男が待っていた。
騎士であればメインウエポンは槍だったと思うが、目立つからかそれは持っていない。
代わりに使うのだろう、腰に帯びた大刀の柄は使い込まれているように見えた。
オトフシの方を向くと、頷いて顎でその男を示す。
僕が行けと言うことだろう。まあ当然だ。僕の受けた依頼なのだから。
「依頼を受けましたカラスです。登録証と依頼箋はこちらで」
差し出し、間近で茶髪の男を見て驚いた。
「あれ、えーと、シミングさん」
「お疲れ様です、カラスさん。そちらはオトフシさんですね。お待ちしてました」
ニコリと笑うその顔は以前と同じく精悍な顔つきで、暖かな視線で僕らを見ていた。
そこにいたのはキーチ・シミング。僕と同じくシウムとカソクの教えを受けて育った、先輩。
もっとも僕が一方的にそう思っているだけだが。
「クラリセンに続いてまたこちらでもご一緒ですか。よろしくお願いします」
「こちらこそ。ちなみにシミングってのは言いづらいと思いますので、キーチでいいですよ」
僕らを見回すその笑顔の爽やかさに、僕はキーチの女性事情が察せられた。きっと、多くの人を泣かせているだろう。
「オトフシだ。今回、何も手出しはしないつもりだが、よろしく頼む」
オトフシの差しだした手を、キーチは元気よくギュウッと掴んだ。放された手をチラリと見ながらオトフシが苦笑いしていたのは、どうしてだかよくわからないが。
「……騎士の方はもう一人いらっしゃるんですよね? それと護衛対象の方にお目通りを願いたいのですが」
「はい、こっちです」
キーチは元気よく門の陰の方を示す。オトフシにキーチ。知っている人物がもう二人関わっているのだ。三度目は無いと思うが。
連れられていった馬車。小さいが二人乗りのその馬車を引くのは以前使ったハクだ。
馬車の陰に、一人キーチと同じ服を着た人が佇んでいた。もう一人の騎士とはこの人か。
「おは」
「探索者か。余計なことをするなよ」
言葉を遮り発せられる挨拶、そして男はぷいっと向こうを向いてしまった。
「こちら、サーフィス・コイルさんです。俺よりも階級が上なので、一応俺の上司ですね」
男に代わり、キーチがそう紹介をしてくれた。
……気むずかしい人なのか……? サーフィスさんとやらは、むすっとした顔で地面を見つめている。
「あ、で、中には……」
言いながら、キーチはコンコンと馬車の扉を叩く。中から自信なさげに一言「はい」とだけ答えが聞こえた。
「キーチです。探索者も到着しましたんで、紹介したいんですが」
カチャリと細く扉が開かれる。
そこから僅かに見えた内装は簡素なもので、貴族の使うものとは思えなかった。
もちろん、貴族のものを見たことは無いが。
中から顔を覗かせたのは、まず黒髪の女の子。
こちらがお嬢様とやらだろう。その奥に白く塗られた手が見えるのは、その母親か。
見ていると、女の子に反応があった。
「あ、えと、よろしくお願いします」
もう少し扉が開き、そして女の子は頭を下げる。よく見えてはいないが、その顔に何処か見覚えがあった。
女の子の首根っこを掴み、椅子へと引き戻す手。
母親のその手は躾けるように女の子を椅子へと座り直させた。
「いいのよ、そんなことしなくても! あなたはこれからお嬢様になるんですからね!!」
金切り声に似た声で、そう聞こえる。奥の方にいるため、未だ首から下しか見えてはいないが、その衣装はとても豪華だった。街中を歩くようなものではなく、どちらかといえばパーティードレスといった雰囲気だ。
「で、でもお母さん……」
「お母様、です。いい加減覚えなさいな」
言い含める言葉に、女の子の身体が縮まった気がした。
未だ自己紹介からして聞けていないが、この親子は、というか母親は僕らに会う気が無いのか。
気配を察したのか、キーチが頭を下げる。
「ええと、すいません。こちら、ストナ・サンディア様と、ルル・サンディアお嬢様です」
……やはりその名前、何処かで聞いた覚えが……。
記憶の中にあるその名前の場所を探していると、次の瞬間金切り声が聞こえた。
「サンディアじゃない! ルル・ザブロックよ、間違えないで!!」
キーチが怒鳴られたのだ。中にいる母親に。
大きな声に目を白黒させながら、キーチは謝る。
「すいません、ザブロック様でしたね、はい、すいません」
黒い長髪の母親は鼻を鳴らし、持っていた扇子を開いた。
「護衛が揃ったんだったら、早く出発なさい!」
開いた扇子をまた閉じると、檄を飛ばす。その言葉に、キーチは会釈で、サーフィスさんは溜め息で応えた。
僕はオトフシさんを見て、その苦笑いに苦笑いで返す。
始まる前からこれだ。
依頼を辞退したいと思ったのは、これが初めてな気がする。