新しい依頼
7/4 大量の誤字を修正しました。申し訳ありません。
毎日少しずつ食べていた竜の肉が、ようやく無くなる頃。
朝いつものように水を一気飲みした僕の耳に、鵲の鳴き声が聞こえた。
窓をコツコツと嘴で叩く。その小さい姿を懸命にアピールするように、必死に僕に伝えようとしている姿が可愛らしい。
その足にくくりつけてある手紙を外し、鵲を放せばまた飛んで行ってしまう。
一目散に跳ねて飛んでいくその姿を見るに、僕にはまだ慣れていないのだろう。
手紙を開き、予想は出来ていた中身を確認する。
朝ご飯も終わり、今日は何をしようかと悩んでいる時間。そこに鵲が持ってきたのは、指名依頼のためのギルド召集令状だった。
「おはようございます」
いつものように召集令状をギルドの窓口へ持って行くと、オルガさんがいつものように僕を迎えた。その様子から、今回は以前のクラリセン討伐令のような悲壮さは無いということがわかり、少しホッとした。
僕は召集令状をオルガさんに渡し、挨拶もそこそこに仕事の話に入った。
「おはようございます。今日呼ばれたのはどういった依頼でしょうか?」
「……こちらは大きな声では言えない類いのものですので、会議室の方へお入りになってお待ちください」
困ったように笑いながら、オルガさんはその召集令状を畳んだ。
「少々お待ちください。こちらの手が空き次第、ご説明いたしますので」
「……? わかりました」
そして、手で僕に会議室を示す。
僕が静かにそちらに向かい歩き始めると、オルガさんは僕の後ろに並んでいた探索者の精算を始めた。若干急いでいるようなので、オルガさんが説明に来るのだろうか。
まあ、誰が来ても構わない。
誰もいない静かな会議室の中、適当な椅子に腰掛ける。
しばらく待って扉を開き入ってきたのは、やはりオルガさんだった。
「お待たせしました」
「いえ」
ニコリと微笑むその脇には、何枚かの書類が挟んである。そして僕の近くの椅子に腰掛けると、その紙の一枚に目を落としてそれから僕の方を向いた。
「今回の依頼は、とても単純ですが少し難しいものとなっております」
「へえ。何でしょうか」
紙に書かれた文章を辿るように、オルガさんは口を開く。単刀直入に言えばいいのに、その回りくどい言い方はなんだろうか。
「以前から、色付きの方には、まず様々な種類の依頼を受けて頂くと言う話がございましたが、覚えておりますでしょうか?」
「ええ、はい。採集や討伐はほぼ問題無いとも聞きましたが」
言いかけて、そして思い出す。
そういえば、まだ受けていない種類の依頼があったはずだ。
僕は逆に聞き返した。
「たしか、護衛がまだでしたね」
「はい、その通りです。もう察しがついたようですが……」
何度も頷き、そしてオルガさんは徐に僕に伝える。
「探索者カラス様にご依頼です。とある親子を、王都まで護衛して頂きます」
「とある親子、ですか」
また持って回った言い方だ。
「ええと、僕に護衛依頼が出されるときは『何か事情があってやむなく』とお聞きしたんですが、その親子にも何か事情が?」
護衛を頼む、ということは何か危険な旅だということだ。
誰かを雇い、安全を要求する。ということは、つまり危機を予測しているということになる。
「はい。今回の依頼人は王都にいる貴族……いえ、伯爵家の当主です。もっともその本人は既に亡くなっておりますので、代理人として奥方からのご依頼となっておりますが」
「貴族の方なら、僕みたいな探索者を雇わずとも参道師でもそれこそ私兵でも良さそうですが」
「それがそうもいかない、ということです。いえ。言ってしまえば、亡き伯爵の庶子とその母親が今回の護衛対象です。彼女たちは貴人に準ずる存在ではありますが、貴人ではありません。貴族であれば、騎士団が要請に応えて護衛するところでもありますが……」
「騎士団を使うことも出来ない……政治的に微妙な立ち位置ってことでしょうか」
よくわからないが、強引にそうまとめる。
伯爵家から護衛を出したいが、厳密には伯爵家の身内では無い彼女たちに自分たちの私兵を使うことは出来ない。
公的な仕事としては、本来は騎士団の仕事だが庶子であるためそれも出来ない。
結局外注するしか無いその仕事を、ギルドが僕向けに拾ってきた、という感じかな。
「ただ、カラス様への依頼となった理由は、政治的なものは関係ありません」
「……そうなんですか?」
なんだ。今回の依頼は、本当に持って回っててわかりづらい。
オルガさんはクスリと笑うと、その頬を掻きながら眉を寄せた。
「その庶子の方が、カラス様と同年代なんですよ。大っぴらに護衛を頼むことは出来ませんが、それでも護衛には騎士が二名つくことになっています。ただ、その騎士達に加えて年が近い者がいた方が良いだろうという配慮です」
「その配慮って、ギルドが無理矢理作った理由ではありませんか?」
「……そういう側面もありますが、騎士団からの要請でもあります。子供の相手が出来て、なおかつ足手まといにならないような者、それも安価で雇える者を、という事でしたので」
オルガさんの表情に嘘はなさそうだ。
僕への依頼にちょうど良かったというのは本当らしい。
脳内で、今回の事情を簡単にまとめる。
まず、伯爵はその親子を王都に呼び寄せようとして騎士団に護衛を依頼しようとした。
だが、その親子は貴族では無いので騎士団は護衛をすんなり引き受けることは出来なかった。それでもなんとか、二名という少人数の騎士を護衛に付けることに成功した。
その騎士から、年が近い誰かを加えて欲しいという要請が出たが、騎士団にそんな年少者はいないので外注を選択。
探索者で年が近く、足手まといにならない僕に白羽の矢が立った。
とまあ、そんな感じか。
もっと、僕に直接来た依頼とかそういうのがよかったが、それも贅沢かな。
「わからない気もしますが、大体わかりました。ではもう一つ」
「何でしょう」
「その親子を、僕は何から守れば良いんでしょうか」
オルガさんの表情が一瞬引き締まった感じがした。
そして苦笑するように表情を緩めると、机の上に置いた自分の指先を見つめた。
伯爵が王都へ呼び寄せようとした理由、そしてその時に護衛を頼もうとした理由が、さっぱり話されていないのだ。不透明なこの依頼、受けてしまってもいいものか。
「簡単に言いますと、お家騒動です。そちらにギルドは関与致しませんが、恐らく人間が相手になるでしょう」
「命を狙ってくるような、ですか?」
オルガさんはそれには答えない。ただ、無言で肯定した。
「私どもの立ち位置としては、ただお嬢様とその母親をお守りする盾でございます。事情には立ち入らず、ただ安全に送り届けくださいませ」
「単純ですが難しい、というのはそういうことですか」
何も聞かず、何も見ず、ただその親子を守り切れと。そういうことか。
オルガさんは、子供に諭すように僕にゆっくりと語りかける。
「そういった依頼は、なにも今回が特別ではありません。事情に踏み込まず、何を守っているのかもわからないまま行う護衛などよくあることです。そういった事に慣れて頂くにも、今回の護衛は最適かと」
「……わかりました」
要は、その親子を守り切れば良いのだ。
やってみようじゃないか。ただ、事情に踏み込まずにというのは保証出来ないが。
「イラインを出発するのは明朝です。八の鐘が鳴る頃、またこちらのギルドにお越しください」
「直接僕が行くんじゃ無いんですか?」
「はい。全くの初心者に一人で参加させるわけにはいきませんので、探索者がもう一人つきます。その方は積極的な参加はせずに、カラス様の補助という形で付き添いますので」
その人と合流して、というわけか。わかった。
「了解しました。騎士達との合同で、ということですが食料や装備などは?」
「護衛対象の分は騎士達が負担しますが、カラス様のものはご自身でご用意ください」
即座に帰ってきた返答。僕の質問は予想していたのだろう。得意げな雰囲気が少し混じった。
「では、一応細かい注意事項等などを」
「お願いします」
オルガさんの小さい講義は結局昼までかかってしまった。
ギルドを出て、一度自宅へ戻る。
今回の依頼はどうなるのか。長期間の拘束に僕は耐えられるのだろうか。
様々な心配に、僕の眉間に皺が寄った。