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肉と事件

 


「お前実は馬鹿だろう」

「し、仕方ないじゃ無いですか、気になったんですよ!」

 主に、肉の味が。



 ステーキと悪戦苦闘した後、僕は石ころ屋に来ていた。そこで竜の肉を食べようとしたことをグスタフさんに言ったところ、溜め息交じりにそう返されたのだった。


 挨拶代わりの言葉と和やかな雰囲気。だが、世間話が目的では無い。報告したいことがあって来たのだ。

 用向きは簡単だ。僕は背中の袋からずるりと肉の塊を取り出す。

 僕の胴体よりも少し小さい程度の肉の塊。

 竜についた背中の傷。何メートルにも及ぶその傷の一部を含んだ表皮である。


 ドスンと音を立ててカウンターに置く。そうしてから魔法で解凍する。

 熱を加えているのだが、この程度では火が通らないことは実証済みだ。肉汁すら出ないのが驚きである。


「ほう。こいつが」

「はい。今回ついていた内傷の一部です。本当はもっと深くて大きな傷ですが、全て持ってくるわけにはいかないのでこれだけです」

 グスタフさんはその傷を撫で、指で広げて中身をしげしげと観察する。

 討たれてからもう何日も経つが、冷凍していたためか断面は未だに綺麗な白桃色だった。


 グスタフさんは横の戸棚を広げ、レポート用紙大の紙の束を引きずり出す。

 何枚かそれを捲りながら、傷と紙を見比べていた。

「前回とはちょっと違えな」

「……? どこがでしょうか?」

「ほら、これ。五年前の竜についてた内傷の素描なんだが」


 示された絵。そこには白い紙に木炭で書かれたと思わしき傷の絵が、様々な角度からの構図で並んでいた。その精密な絵はまるで写真のようだった。

「切り口の鋭利さや深さを見るに、前回のはもっと腕が立つ奴だ。この辺、全然違うだろ?」

 グスタフさんが、絵の一つと肉の塊を交互に指差す。

 だが。


「すいません。あまり違いがわからないんですが……」

 違いが見えない。確かに切り口がやや丸まっているのと角が立っている、そんな違いがある気はするが、断言出来るほどではない。


「いや……」

 グスタフさんは意外そうに僕を見た後、軽く頷いた。

「ああ、まあ仕方ねえな。とにかく、違うんだよ」

 そして納得したような顔で、紙を畳んだ。


「それで、違うということは」

 実行犯が違うのか。それとも、無関係の事件だったか。

「恐らく、この内傷を付けたのは前回とは違う奴だ。その姉妹は、前回の事件の下手人じゃねえってことだな」

「そうでしたか」

 空振りか。いや、まだ前回の事件に関連している可能性もある。

「前回との関わりはよくわからん。前回は火竜で今回は地竜。その違いに意味があるかどうかもわかんねえしな」

 頭を掻きながら、グスタフさんは何かに気がついたかのように瞬きを繰り返した。そして顔を上げる。

「そもそも、何故竜なんだ?」

「何故、ですか?」

「強い魔物が必要なら、魔物なんざ星の数ほどいるだろう。竜が出歩くネルグの中層ならそれこそ大量にな。竜より強い、ってのは少ないが……それでももっと手軽に釣れる魔物はいるだろう」


 たしかに、犯人は、あの姉妹はどうして竜を使ったんだろうか。自分の身を危険にさらしてまで、何故竜を釣って来た。

「やはり強さが欲しかったんじゃないでしょうか」

「竜の、か? その場合は、それで何をするかが問題だな。今回はお前もレイトンもいたし大事に至る要素はなかったが、普段なら充分すぎる。街や個人を狙うんだったら過剰だ。そして国を落とす、とか大それた事だったら流石に不足している」

 目を閉じ、グスタフさんは首を傾げる。その度に首が鳴っていた。


「レイトンが聞き出せていれば大分わかったんだがな」

「すいません」

 僕は頭を下げる。僕もあの場にいて、そして一度は尋問をしていたのだ。それで聞き出せなかったのだから僕の失敗でもあるだろう。

「ま、過ぎたことは仕方ねえ。この肉片については預からせて貰う。代金は必要か?」

「いえ。これは僕の身を守るための情報提供でもありますので」


 そうだ。前回のはわからないが、今回の事件の犯人はハッキリと僕に敵対しているのだ。

 この肉塊からあの姉妹に辿り着くヒントが得られるとすれば、それは僕の利益にもなる。



「そういえばなぁ……一応進捗状況なんだが」

「僕への殺害依頼の件ですか?」

 何か調べはついたのだろうか。

「仮面の男、まだ素性が知れん。何処から来て何処へ行ったのかはまだしも、その男に関する目撃情報すら今のところ無い。存在を疑う程だな」

 グスタフさんは眉を顰めて、水を飲みながらそう言った。存在を疑う、というのは実在しているかどうかすらわかっていないということだろう。

「実在してますからね?」

「わかってる。お前もレイトンも、それに《形集め》も見てんだ。幻なんかじゃねえ」

 ゆっくりと、グスタフさんは頷く。

「幻じゃねえならいつか捉えられる。時間を掛ければいずれは。そして次に動きを見せたら、確実にな」

「待ちの姿勢ですか」

「そうなるかもしれんな。何日か、何ヶ月か、それとも何年か」

 向こうのアクションを待たなければならないとは歯がゆいものだ。

 それに、そのアクションに人が巻き込まれるかもしれないのに。



「進捗情報はそんなもんだ。悪いな、良い報告がなくてよ」

「いえ。仕方ないです」

 グスタフさんが調べてもわからないのだ。僕の知っているどの組織でも、調べることは出来ないだろう。それくらいの信用はある。

 ならば誰に頼んでも無駄だろう。大人しく、続報を待つことにした。





 空気を変えるようにグスタフさんは切り出す。

「それで……竜の肉を食べてみたってな? 硬くて食えないだろうによくやるよ」

「ええ、まあ、はい。あんなに硬いとは思いませんでした。煮ても焼いても食えないとはあのことでしょうね」

 今でも顎が疲れている。あれほど腕の力や腹筋が必要な食事なんてそうそう無いだろう。

「そういえば、家畜の餌にすると聞いたんですが、どうやってするんですか? あの肉を家畜が食べられるとは思えないんですが」

 煮ても焼いても、家畜があれを噛みちぎるようには出来まい。まさか、ガムのように与えるわけでもあるまい。それならば、餌とは言わないだろう。


「あー、あれはな。干して乾燥させたやつを削って粉にするんだよ。それを草に混ぜてやるんだ」

「食事じゃなくて、完璧な餌扱いなんですね」

 参考になるかと思ったが、ならなそうだ。粉薬のような扱いが近いのか。

「しかし、家畜の餌なんて誰に聞いたんだ? えらく情報が古いんだがな」

「……? そうなんですか?」


 呆れたような顔で、グスタフさんは鼻で笑う。

「昔、竜の肉が何かに使えないかと試行錯誤していたときにはそういう使い方をしていたらしい。……だが、それこそ五年前、竜の肉が市場に出回ったんだよ」

「以前の事件ですか」

「ああ。人の生活しているところで竜が死ぬなんざ滅多に無いからな。大量の標本が手に入って、以前までの用途や新しい活用法について少し研究が進んだんだ」

 あの事件はそういう役にも立っていたのか。


「そんときにわかったらしい。竜の肉粉は、家畜に消化出来ねえってな。血や角と同じく滋養強壮に役立つんじゃねえかと使われていたんだが、それが無意味だとわかったんだ。それ以降竜の肉は出回ってねえが、もう使われるはずが無いだろうよ」


 オルガさんはそのことを知らなかったのか。ギルド職員という情報によく触れる立場にも関わらず、何故だろう。

 僕がそのことについて尋ねると、少し悩んだ後グスタフさんは言った。


「ま、畜産ギルドに加入でもしてなきゃあ知らねえ話でもあるからな。今回また竜の肉が出回るだろうから、また情報も更新されるだろ」

「そういうもんですかね」

 やはり、探索ギルドも万能では無いのか。

 クラリセン遺棄の件といい家畜の餌といい、ギルドの情報もたまに当てにならないことがある。覚えておかなければなるまい。一応、僕の身にも関わることなのだから。



 

 それからしばらくして、会話も一段落する。

 用事は済んだ。帰ろう。

 簡単な挨拶を交わして店を出る。午前中に一番街にいたのに、もう外は夕方だ。

 夕飯を探さなければなるまい。竜の肉を食べるにしろ、それだけでは駄目だと僕の胃が告げている。昼頃食べて、消化がまだ出来ていない。


 僕は森へ向けて歩き出す。

 結局胃の中身が消えたのは、胃腸に効く薬草を飲んだ次の日だった。


 残りの肉、どうしよう。

 僕は家に置いてある肉塊を思い浮かべて、溜め息を吐いた。






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う〇こも未消化で出てくるならSiriが割れそうです
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