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得られた金貨の使い道

 


 石ころ屋を出れば、もう街は活動を始めていた。

 行き交う人混みに、商店の声。駆け回る子供達の走り回る音。

 どこからか香る香ばしい匂いにつられて元を探せば、焼きたてのパンが売っていた。

 倉庫から青果市場に運ばれていく野菜は青く瑞々しい。並べられた店頭に近寄れば、それだけでしっとりとした空気が肌に触れる。



 イラインの朝、いつもの光景。

 そうだ。街とはこういう所なのだ。今のクラリセンでは望めない光景。

 少し前まではクラリセンでも見られたはずの光景が今は失われている。それを再確認して、少し寂しくなった。


 魔法使いが一人いるだけで、これが瞬く間に奪われてしまう。

 そう考えると、今まで当たり前だったこの光景が酷く危ういものに見える。


 危険なのはヘレナだけではない。僕とて、《山徹し》を水平に撃てばこの街が消し飛ぶ。

 テトラもレヴィンも、やりようによってはきっと簡単に大規模な災害が起こせるのだろう。彼らはそれをやる気が無いか、方法を思いついていない。それだけなのだ。

 例えるなら、魔法使いは皆強力な爆弾のスイッチを握っている。

 力の使い方を間違えないように。賑やかな街を見て、僕は改めて心に刻んだ。






 正午の鐘が鳴る。

 ギルドで報酬を受け取れるようになった時間だ。午前中にイラインへと帰還した探索者はそう多くは無いようで、受付は数人たむろしているような様子だった。

 少し待てば、すぐに順番が来る。オルガさんは歩み寄る僕を確認すると、ホッとした顔で会釈をした。


「おはようございます。……ご無事で、何よりです」

「ありがとうございます。もしかして、僕が一番乗りですかね?」

 事務的な笑顔と、心配してくれていたのだろう眉を寄せたような表情とで複雑な表情を見せているオルガさんに、努めて平静に挨拶を返す。唇を一瞬噛んだような仕草を見せた後、オルガさんはいつもの笑顔に戻った。

「いえ。もう何人か見えております。早速ですが報酬をお持ちいたします。規則ですので、登録証をお貸し願えますか」

 オルガさんはトレイをカウンターにコトリと置く。空いた手で、頬の髪の毛を耳に掛けた。

 僕が返事をしてバッジをトレイに置くと、オルガさんはそれには目もくれずに手元の紙束を捲り始めた。


「そういえば、報酬の査定? ってもう終わってるんですね」

 仕事中で迷惑かもしれないと口に出してから気がついたが、もう遅いだろう。オルガさんは一度目を上げクスリと微笑むと、また紙束に目を戻して口を開いた。

「つい先程まで担当者は大わらわでしたよ。観測員から送られてきた探索者達の討伐数や様子を元に、貢献度の査定をしてイライン側の予算と合わせて報酬を決定して、と。夜通しの作業だったようです」

「それはお疲れ様でした」

「私は担当者じゃありませんでしたけどね」

 そう言いながらも、オルガさんの顔色は優れない。元々色白ではあったが、眠れていないのか目の下にクマが出来ていた。理由はわからないが。わざわざ化粧と言葉で隠しているのだ。詮索はしないでおこう。

 やがてオルガさんは目を止め、その行に指を走らせる。

「あ、はい。確認いたしました。報酬をご用意いたしますので、そちらの椅子で少々お待ちください」



 指で示された椅子に腰掛け待つ。

 革が張られたソファー。思えば、ここからクラリセンの事件が始まった。


 ここは事件に僕が途中参加した場所でもあり、そしてレイトンが加わった場所でもある。

 テトラは何処から間違えたのかわからないと言っていた。

 僕にも答えはわからない。

 だがきっと、ここよりもっと前の何処かで間違えていたのだ。



「お待たせいたしました」

 思い耽る僕に、オルガさんが話しかけてきた。その手には、ソフトボールより大きいくらいの重そうな包みを大事そうに持っていた。

「今回のクラリセン討伐作戦の報酬で金貨八十二枚、そして竜の一部を除いた代金で九十五枚、合わせて百七十七枚です。お受け取りください」

 しずしずと差し出された金貨の袋を受け取ると、ずっしりと重かった。というか、結構重い。五,六キロはあるだろう。多分、この袋で叩くと人が死ぬ。


「竜の代金ってそのくらいなんですね」

 相場を知っているわけではないが、フルシールの剥製よりちょっと高いくらいだ。あの巨体、そして強さと貴重さを考えると割に合わない気がする。

「今回は特別ですよ」

 オルガさんは顎をクイと上げ、得意げな顔をしていた。

「本来、一頭の竜から取れる素材は金貨五百枚以上となります。ですが、今回の竜の死体に関しての報告によれば、胴体の大半が消し飛んでいるようですね」

「ああ、はい」

「そのせいで、内臓は殆ど商品になりません。背中についている鱗も一緒に無くなっているため、そちらも同様です。頭部や爪などはそのまま残っていたために商品となりますが、あとは良いところを()って使う有様、だそうです」


 やはり死体を半壊させたのはまずかったか。

 いや、今回に限っては意図的に気にしなかったのだ。これは仕方の無いことだろう。


「一体どういう殺し方をしたんでしょうか? あの頑丈な鱗を消し飛ばすなんて。血液に至ってはほぼ蒸発していたそうですよ?」

「あれ、そんなに熱が上がってましたか。では、肉の部分も焼けてしまって……?」

 まずい。そちらは考えていなかった。生肉の状態で手に入れたかったが……。

「いえ、肉の部分はほとんど何ともないそうです。火に強いという竜の特性が幸いだったのでしょう。といっても、肉の部分に関してはほぼ使い道がありませんが」


 溜め息を吐きながら、「家畜の餌にするくらいでしょうか」とオルガさんは呟く。

 そんな勿体ないことをするのか。

 まあ無事なら良かった。こっそりと胸をなで下ろすと、オルガさんの目が鋭くなった気がした。


「そういった素材としての質の低さに加えて、解体に大勢の人員が関わっています。彼らの報酬も竜の素材から支払われるので、カラス様の元に届くときにはそこまで減ってしまっているのです。もし次に狩ったのであれば、解体までご自分でされたらいかがでしょうか」

「えーと、考えておきます」

 オルガさんは簡単にそう言うが、竜の解体法など知っているはずがない。練習出来るほど死体が手に入るはずも無いので、次もまたギルド頼りになるだろう。次は、自然に竜と遭遇したいものだ。



 それよりも、重要な事があった。肉の部分は無事。であれば、そこは。

「そういえば、その肉の部分はどうなりましたか? 報酬として入っているはずですが」

 竜のステーキ。密かに楽しみにしているのだ。しかし袋の中には金貨しか入っていない。

 僕の疑問にオルガさんは呆れ顔で答えた。まさか食べるとは思っていないのだろう。

「報酬表の中にはございましたが、その品物がまだクラリセンからこちらに届いてはおりません。恐らく明日以降でしたら受け取れますので、改めてまたお願いします」

「わかりました……」

 僕の声が沈んだのが自分でもわかる。

 仕方が無い、明日以降の楽しみとしておこうか。楽しみだったのだが。



「さて、ありがとうございました。これで失礼します」

「今日は依頼を受けては行かれないんですか?」

 立ち上がる僕を、オルガさんは掲示板を指差しながら不思議そうに見つめる。そういえば、最近は指名依頼をひっきりなしに受けていたか。だが、今のところ無い。

「ええ。今日はちょっと行くところがあるので」

「そうでしたか。休養もキチンとお取りくださいね」

 ホッとした顔でオルガさんは僕を気遣ってくれる。営業スマイルであろうが、多少は嬉しいものだ。


「最後に、もう一度」

 歩き出す僕の後ろから、そう声がかかる。不思議に思い僕が振り返ると、オルガさんは深々と頭を下げて言った。

「ご無事で、何よりです」

「……ありがとうございます」

 その笑顔に、僕はそれしか言えなかった。





 石ころ屋へと舞い戻る。

 資金が出来たのだ。足りるかどうかはわからないが、小袋に入っている金貨。先程貰った報酬と、最近ため込んでいたコインの塊、合わせて金貨二百枚余。これだけあれば充分だろう。


 グスタフさんは、ニヤリと笑って僕を迎えてくれた。

 僕がドチャっとカウンターに袋を置くと、その中を見て顔を上げる。黄色い歯が剥き出しだ。


「上等じゃねえか」

「足りますかね」

「足らせてやるよ」


 短い言葉の応酬。ヒヒヒと笑うその笑い方は、レイトンのようだ。

 だが、足らせると言った。ならば、グスタフさんならやってくれるだろう。

 その日はそれで終わる。


 家に帰り、毛布に包まる。温かいその寝床に『人の世界に帰ってきた』そう改めて思った。 




 数日後。


 一番街には、凡そ庶民に直接関わらない布告が張り出される掲示板がある。

 副都イラインや王国エッセン名義で出されるその布告は、貴族の叙爵や奪爵、開拓村の街への昇格、貴族法の改正など多岐にわたる。

 そこから読売や他の街の担当官達が重要そうなものを庶民向けにわかりやすく直し、他の街の庶民達へと伝え歩くのだ。


 その掲示板に、一つの布告が張り出された。

 僕は小さい身体に任せ、人混みをかき分け、その張り紙の真ん前まで移動する。

 そしてそこにある文字を確認して、ほくそ笑んだ。



『オラヴ・ストゥルソン 左記の者、クラリセン執行機関の指揮監督を命ずる』


 オラヴ・ストゥルソン町長の誕生だった。




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