結果発表
夜には、僕はもう住処に着いていた。
埃にまみれ、細かい石の散らばる床に、疲れた体を投げ出す。
遠征で疲れたということもあるが、それ以上に戦闘で疲れた。
この街に来てから、初めての魔物との戦い。二回目ではあるが、前回とは違い相性の悪い相手だった。
主戦力が魔法、それも独学の魔法の僕には、闘気を扱う相手は辛い。
幸いにも今回は何とかなったが、次にはどうなるかわからない。今回でさえ、叩き落とされた後に間髪容れず飲み込まれればアウトだったのだ。
「貧弱な戦士の寄せ集めであっても、魔術師が一人いれば、その集団は途端に厄介な相手になる」と、以前にシウムが言っていた気がする。
しかし、今の自分はどうだ。
闘気を扱う魔物に、魔法では立ち向かえない。
闘気を使えば容易に叩きつぶせたが、それは魔法使いの戦い方ではない。
戦力の充実が急務だ。
特に、これからも資源採取で生計を立てるのであれば。遠征は必須だし、戦闘行為も増えるだろう。
日課のトレーニングを増やしても、ただ体が鍛えられるだけだ。
武術と魔法の修練も、考えなければならない。
そんなことを考えていたら、疲れのせいだろう。突然意識が飛んだ。
目が覚めたのは、次の日の朝だった。
「これお願いします」
朝目が覚めて、簡単に食事を取った僕は、すぐに翡翠を売りに出た。
朝の市場も開いたばかりだというのに、もう店主は店番をしていた。いつも思うのだが、この人はいったいいつ寝ているんだろうか。
「ほう……もう持ってきやがったか」
朝はさすがに元気のない店主は、ジトッとした目で翡翠の原石らしき石を眺めていた。
持ち上げ、あらゆる角度から石を見る。叩いて音を聞いたり、ひっかいて自らの爪と石の表面を確認したりする。これで、鑑定できるのだろう。
持ってきた石のうち、殆どをカウンターの端に寄せた。寄せられずに残ったのは、合わせても一キログラムに満たない小さな石だった。
「これとこれが、翡翠の原石だな。あとの屑石はどうする? 半鉄貨にもならねえから、なんか品物と替えるようになるが」
「え? これだけですか?」
僕は目を丸くする。少しくらいは撥ねられることも覚悟していたが、殆ど駄目だとは思わなかった。そう伝えると、店主は無表情で言った。
「そうだな。これだけだ。初めてにしちゃ、当りがあるだけマシなんじゃねえか」
「はぁ、そういうもんですか」
今まで付き合ってきた限りこの店主は、こういう所は公正だ。そういうものなんだろう。
「じゃあ、屑石は適当に捨ててもらっていいです。引き取ってもらうのに代金は必要ですか」
「いらん。建材とかに使える硬い石だからな。多少の使い道はある」
そう言うと、店主は横の箱に屑石を放り込んだ。ガラガラと高い音が響いた。
「あとの翡翠は、全部で銀貨六枚だな。細かい硬貨とかのほうが……」
「うぇ!? そんなに!?」
鳥一羽の、えーと……四十八倍? …これで!?
「何驚いてんだ」
店主は呆れたように溜め息を吐く。
「日用品とは違う、嗜好品の類いだからな。そりゃあ値も張るよ」
「あ、ああ、そうなんですか……」
……今までの生活は何だったのだろうか。もっと早くやれば良かった……。
「で、どうすんだ?」
「え?」
「支払いは銀貨だけで良いのかって聞いてんだ」
「は、はい。それで大丈夫です」
驚き、半ば呆然とする僕を尻目に、店主は銀貨を数えて揃える。僕がそれを受け取ると、店主はニヤリと笑って言った。
「毎度あり」
その挨拶を僕は、店主から初めて聞いたのだった。
「ああ、そういえば」
翡翠の値段の衝撃で、忘れるところだった。
「これもでした。お願いします」
大蛇から採取した牙と水袋をカウンターに出す。背負っていた袋から出すのを忘れていたのだ。
「こいつぁ……」
店主は牙を持ち、しげしげと眺める。昨日から、店主の驚いた顔をよく見る気がする。
「大蛇の牙と水袋か……ってことは、遭遇したんだな」
「ええ、帰りがけに襲いかかってきました」
「ほう……」
人の胴体ほどもある水袋を広げ、伸ばして材質の確認をする。光に透かしてみているのは、どんな意味があるのだろうか。
「水袋に破れもなく、牙の状態も良い……」
そこでハッとして、店主は僕を見た。
「皮はねえのか?」
「大きくて持ってこれませんでした」
「はー……まあ、仕方ねえか。で、これも金でいいのか?」
「お願いします。出来るだけ、硬貨の数は少なくして下さい」
店主は無言で金庫まで歩いていくと、素材を革袋に入れて中に仕舞った。代わりに、何枚かのコインを持ち出してきた。
「ほいよ。銀貨五枚だ」
「そんなにですか」
言葉とは裏腹に、今度はそんなに驚きがなかった。先程の、翡翠の件があったからだ。
「余計な傷もなく、状態が良い。妥当だろう」
この店主に褒められるのはなかなか嬉しい。お世辞も言わなそうだし。
しかし、合計で銀貨十一枚か。一般家庭で、月に銀貨二十枚分ほどの稼ぎがあるそうだから、今日だけで一般家庭の半月分以上稼いだ計算だ。
「それで、この素材があるってことは、大蛇を狩れたんだな」
「まあ、結構手強かったですけどね」
店主は小さく、「まあ、魔法使いならそんなもんか」と呟いた。そして、一点を見つめて少し考えごとを始めたようだ。
考えがまとまったようだ。店主は再度、こちらに向き直った。
「お前が荒事も大丈夫ってんなら、もっと稼げる他の採取素材を紹介してもいいんだが、どうする?」
「他の、ですか?」
「ああ、今回のコズ山は、正直戦闘をしないで済むところを紹介したはずだった。大蛇は出るには出るが、目撃例自体少なかったからな」
「それは、災難でしたね、僕」
「だが、ある程度戦えるってんなら、話は別だ。もっと割の良い場所を紹介できる」
今度は、僕が考え込んだ。んー、と、唇に手を当てて情報を整理する。
大蛇は殺したし、他に魔物がいない限り、あそこはしばらくは安全な採取場だろう。そして、今回のことを活かして、今度は間違えないように翡翠を再度採取する。そうすれば、もう少し稼げる金額も大きくなるだろう。往復六時間かかるとはいえ、一日で銀貨が10枚以上稼げるというのは充分すぎる。
しかし、この依頼を受けたのは、ずっと続く同じような日々に嫌気が差したからだ。翡翠の採取は稼げるだろう。しかし、そればかり続けていてはまた同じことになってしまう。
ならば、答えは決まっている。
多少の危険があっても、それはやるべきだ。
「では、紹介お願いします」
「ほう」
店主は薄く笑うと、また紙をカウンターに広げた。
「しかし、いいんですか?」
「何がだ」
店主は羽根ペンを持つ手をピタリと止め、眉を顰めてこちらを見る。
「見ての通り、こんな小さな子供に、そんな仕事を紹介して」
暗に、「戦えるように見えるか」と問いかける。
第一、僕はまだ六歳程度の小柄な子供だ。前世では小学校に上がるか上がらないかという子供で、この世界でも都市部ではまだ働きもしない年頃だ。
そんな問いかけを、店主は愉快そうに笑い飛ばした。また、初めて見る顔だ。
「ハハハハ! そんなこと、気にもしねえよ。俺は誰に対しても、取引をする。子供だろうが、出来そうなら何でもやらせるさ」
笑い声を止めると、まだニヤつきながら僕を見据えて、「それに」と続ける。
「魔法使いで、こんだけ話せるガキに、普通の仕事を振るなんて勿体ねえことしねえよ」
知らぬ間に、高評価を得ていたようだった。
「では、その魚を捕ってくればいいんですね」
「ああ、締めた後は、以前の魚と同じような手当で良い」
話はまとまった。今度の獲物は魚だ。定期的に流行る病の予防薬として、高い値がつけられるらしい。
今度は、昨日と違い少し近い。今から行ってもいいだろう。
意気揚々と石ころ屋から出る。
前回は採取だったが、今度は狩りだ。
しばらくは、刺激のある日々になりそうだと、僕は微笑んだ。
あ、大蛇の肉について、文句言うの忘れてた。