三人寄れば烏合の衆
拠点となっている開拓村に戻ってから、事件の後始末は粛々と進んだ。
広場に集まった探索者達はオラヴの言葉を待つ。
そこでオラヴが犯人を発見、処理した事を沈痛な面持ちで発表したところ、沈んでいた探索者達が一様に沸き立ったのが印象的だった。
それを見て、確信する。
やはり彼女の死は効果があった。例えそれが、不本意なものだとしても。
それだけが、唯一の慰めだった。
ヘレナの影響のなくなったクラリセンは、もはや魔物が僅かに残るばかりで、それらも共食いを始めていた。柔らかいが小さい人間よりも、硬くとも大きな肉の方が良いのだろう。
もう、統制の取れた群れではない。ただ近くに居るだけの魔物。まさしく烏合の衆。ただの藁を刈るように、探索者達に狩りとられていった。
「完全に作業ですね、これ」
家屋を破壊しながら逃げ惑うように動き回る大犬の首に、鉈で切れ込みを入れていく。
僅かに突き入れるだけで、大犬たちは絶命していった。
「仕方が無いさ。頭がなくなった手足はこんなもんだよ」
「こんな呆気なく、終わるんですね」
僕の手が止まる。ポツリと呟いたその言葉が、何を指して言っているのか自分でもよくわからなくなった。
レイトンは剣を抜くこともなく、僕に追従して周囲を見回している。魔物の数も少なく、もう警戒も必要なかった。
「突然始まって、突然終わってしまって。正直まだ、僕の中で整理が出来ていません」
言葉を出してから驚いた。僕が、弱音を吐いている。
それも、潜在的には敵であるレイトンに。
笑い声が漏れた。何を僕はしているんだろう。
そう考えて、首を振った。
「いえ。聞かなかったことにして下さい」
「ヒヒヒ。ハイハイ。ま、事件についてはあんまり深刻に考え込むこともないよ。魔法使い病に罹った哀れな女の引き起こした悲劇だ。犬に噛まれたとでも思っておけば良いさ。今は、噛まれた傷の治療に専念するんだね」
「魔法使い病?」
魔法使いの、病? 何だろうそれは。
僕は僕の内心よりも、その知らない単語の方が気に掛かった。というよりも、きっと内心から目を背けたかったのだろう。
「そうだ、一応侮蔑だったね。キミは知らないか。魔法使いがみんな罹るつまんない病さ。自分は特別な存在で、批判は全て不当なもの、そして思慮が浅い、ってね」
「そんなもの、あるんですか」
「まあ、病気っていうのはものの例えで、実際は考え方の癖みたいなもんだけど。キミも魔法使いだけど……、どうかな」
考えかた、というと選民思想みたいなものだろうか。
その魔力を心の拠り所として、自尊心を発達させてしまう魔法使いの病的な思想。
僕は、どうなのだろうか。
「例えば、美味しそうな木の実が生っていた。キミはどうする?」
突然、寓話のようなシチュエーションをレイトンは口に出す。
どういうことだかわからないが、今はただ何かに没頭したくて、会話を続けることにした。
「……お腹が減っていたら、食べます」
「じゃあそれが、手が届かない高いところに生っていたら?」
「場合によります。登れそうなら登りますし、魔法を使ってもいいし」
初めての食事は、魔法を使ってリンゴを落とした。ボクはそうして生きてきた。
だがその魔法が、その魔法使い病の遠因らしい。
「そう、選択肢の中にその魔法が入る、というのがこの病の原因だとぼくは思っているよ」
「どういうことですか?」
「普通なら、手が届かない位置に美味しそうな木の実があれば、どう取ろうか考えなくちゃいけないんだよ。キミが言ったように木を登っても良いし、足場を組んでも良い。木を切り倒すという選択肢もアリだ。そしてどれも無理なら、諦める。でも、魔法使いはその必要が無い」
「魔法は何でも出来るから、と」
「そう、それも小さなうちからね。炎か風か魔物かそれ以外か、なんてのは人によるだろうけど、それだけで木の実が食べれるんだ。思考力も発想力も、育つわけがないよね」
楽しそうにレイトンはそう言い切る。
だがこれだけ聞いても、僕がそうなのかはわからなかった。本当に、自分のことはわからないものだ。
会話の空気が入れ替わる。話題が止まる。沈黙が嫌だったのか、僕はまたも心配事を口にした。
「テトラさん、大丈夫でしょうかね」
「ヒヒ、キミは大丈夫と言っていたじゃないか 自分の発言に責任を持つんだね」
暗に、テトラを支えるべく行動に出ろとレイトンは笑う。
……もっともな意見だ。
だが、拠点でも一切喋らずに、今も拠点の中にある木の下で蹲っているであろうテトラに、僕がかける言葉は見つからなかった。
僕は、彼女の親友を殺そうとしていたのだ。
オラヴに向けた言葉で気付いただろう。僕がヘレナをオラヴに捕縛させようとしていることに。
怒ってくれればまだよかった。殴り、火を付け、罵ってくれれば僕の気は楽になっただろう。だが、テトラはそれをしなかった。ただ寒々しく無理して笑って、一人になったのだ。僕を非難しないその姿勢が、より一層僕を苦しめていた。
「ボクにヘレナ嬢を殺させていれば、そんな大変なことでもなかったのにね」
ケラケラと笑う。純粋に楽しんでいるようなその表情に、僕は怒る気にもなれなかった。
「ま、これで事件は『終わる』。ヘドロン嬢のことは置いといて、次はどうするのかな? まさかこのまま、ハイさよならとかしないよね?」
「ちょっと考え中です、それ」
僕は渋い顔を作る。復興の手伝いで、僕が出来ることなどたかがしれている。
先程ギルド職員に尋ねたところ、この街の掃除や再建は、新たに人を募って行うそうだ。
募るといっても、素人ではなく業者を雇う。街に残った少ない資産を使って、善意の支援活動をしてくれるプロを雇うらしい。役に立たないとは言わないが、素人の僕は邪魔だろう。
ハイさよなら、でも構わない。そんな甘えが僕の脳内では支配的だった。
「あとは、貴族様にお任せしたいくらいですよ」
「オラヴに? ヒヒ、名案かもしれないけど、それはもう無理かな」
レイトンは、僕の発言を腐すように笑う。
「何故ですか」
「アイツもうすぐ奪爵されるし」
「え、あ……そうですか……」
奪爵、つまり爵位を剥奪され、貴族ではなくなるという。
「目の前で大量殺人犯を罰することなく死なせてしまった。あの世への逃走幇助かな」
「そんな程度で……それにあれはストゥルソン卿のせいじゃ……」
「あのくそ真面目は、そんなことでも自分を許しはしないよ。それに元々本人も金銭的に無理してたんだ。良い機会なんだろうね」
……それがあの魔剣を売り払った理由か。一番街の住民のように、騎士というものは色々と金が必要なのだろう。
高い身分を保つのにも金がかかるとは、世知辛いものだ。
日が傾いてきた空を見上げて、僕は考える。
僕はこの街で何を成し遂げられたのだろうか。
救援に来て、それは達成された。それは間違いない。だが、以前見たあの街は、あの華々しい街はもう無くなってしまった。犯人も死んだ。折角出来た友達を、悲しませてしまった。
物思いにふける僕のすぐ後ろから、声がかかった。
「フン、随分と無防備になった」
!?
「う、わぁぁ!?」
驚いて飛び退く。警戒の鉈を向けると、その先にはオトフシがいる。怜悧な目で、僕を静かに見下ろしていた。
「未だここは戦場だ。今のように腑抜けていては、命取りになるぞ」
「……ここまで気配を消せる魔物なんて、そうそういませんよ」
上がった心拍数を抑えようと、ゆっくりと息をしながら抗議する。
少し手を伸ばせば届く距離だ。ここまで気付かれずに他者を近づけたのは、開拓村にいた頃以降初めてかもしれなかった。
「レイトン、あまり若者に近寄るな。お前は悪い影響しか与えないからな」
「ヒヒヒ。言ってくれるじゃないか」
白い歯を見せて、レイトンはおどける。何だ、この二人も知り合いなのか。
「何かご用ですか」
「フフン。通りかかっただけだ。それに、面白そうな話だったからな」
「そうでも無いと思いますが……」
「オラヴのことだろう? 身分の高い者の話題は、いつの世も人々を楽しませる」
クツクツとオトフシは笑った。その笑い方は、そんなスキャンダルを楽しむような低い身分のようには見えない。いや、身分は関係ないか。どんな人間であれ、他人の噂話は楽しいものだ。
「それに、何か悩んでいるようだった。子供の悩み事を聞くのは、年長者のつとめだ」
そう言って胸を張る。得意げに微笑むその顔に、悪意は見えなかった。
ならばきっと、この言葉は本当に親切心からだろう。
だが。
「それは、また」
お節介なことだ。それに、相談することなど無い。
そう思ったが、僕はそれを断ることが出来なかった。
「どうだ? 気心の知れた仲でも無い。ただの、仕事場で会った他人だ。一夜限りの夜鷹に吐き捨てるように、心配事など吐いてしまえ」
「子供に通じるネタではないですよね、それ」
「フフン、夜鷹が烏の相談を聞くのだ。……我ながら上手いこと言ったな、フフフ」
僕の返答を気にせず、自分の言葉にオトフシは噴出した。
「フフ、二人とも地味な色じゃないか。どっちも鳥で、フフ、しかも夜中は見えなくなってフフフフ」
相談を聞くと言ったのに、話を聞いて貰うまでに一分以上掛かったのはおかしいと思う。
しかも、あまり面白くなかったので、僕は憮然とした気持ちでその様子を見ていた。
Q.お腹が空いているときに、手の届かない所に美味しそうな木の実が生っていたらどうする?
A.
テトラ「髪の毛を伸ばして取る」
ヘレナ「お友達に取ってきてもらう」
レヴィン「撃ち落とす」
エンバー「取れない位置にあるのは神の思し召し。飢え死にを選ぶ」