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違法な証拠

 


 失敗だった。

 オラヴに頼るべきでは無かったのだ。

 発言力のある者に託すというのは良かったと思う。だがそれは、こちらの意図通りに彼女を裁いてくれる者を選ぶべきであって、誰でも良いわけではない。

 昨日の演説を聴いて、僕も浮かれていたのかもしれない。この人ならば託せると思ってしまっていた。この人ならば、街のために力になってくれると思ってしまった。

 いや、事実オラヴは街のために働くのだろう。それはまだそう思う。

 だがそれは、身を削るものでも信条を曲げてでも行うものでもなく、常識的な範囲の支援活動だろう。


 会って間もない人物を、不用意に信用してしまった僕のミスだ。

 反省しなければなるまい。




「もう終わりだと言ったはずじゃが」

 見下ろし、威圧的な目でオラヴは言う。親しみのある温かい雰囲気は消え失せ、威厳のある態度だった。

「納得出来ないので」

 僕が見返しても、オラヴは眼力を緩めない。後ろの方で、レイトンが苦笑した気がする。

「騎士たる儂が、この娘の吟味は後ですると言っている。それでは不服かの?」



 この国でも一応、所司という司法に関わる役職はある。

 通常であればそちらで裁判が行われる。貴族であれ、庶民であれ、訴えがあれば所司かそれに準ずる所司代が吟味し裁くのが普通だ。

 だが貴族法の兼ね合いもあり、爵位がある者は全て司法権を持っていると言ってもいい。

 普通はしない。しかし貴族であれば、庶民を個人の判断で法を適用し裁くことが出来るのだ。


 この場合では、オラヴが吟味し最終結果のみ所司代の元に持って行くのだろう。

 そういうことをしないだろう、という見切り発車でオラヴを頼ろうとしたのだが、それこそが大きな失敗だったようだ。僕はまだ、人を見る目が無い。



「吟味。それで証拠が見つかる可能性はあるんでしょうか」

「悪事を働いていれば、必ず手がかりはある。そうでなければ、無い。儂はそう信じておる」

「では、魔法を使われ、目撃者も無い状態であっても、そう言い切れますか」

「ぬ……」


 僕の懸念の最たるものとしてはそれだ。

 ヘレナが今回使ったのは、魔法。それも、痕跡が残らない類いのものだ。

 魔物使いが魔物を使って人を襲う。もしそういったことをしたとして、何を根拠にその魔物使いを裁くのだろうか。

 監視カメラも科学捜査も無い世界だ。本人の魔力さえあれば使える魔術や魔法を使っての犯罪を、どう証明するのだろうか。


 そして数が少なければ、脅威でなければ当然事前の対策は後回しとなる。

「僕は存じませんが、魔術師の犯した犯罪を立証する技術があるのかもしれません。ですがそれは、この国でも三人ほどしかいない魔物使いに当てはまるものでしょうか?」

「ヒヒヒヒ」

 後ろから忍び笑いが聞こえてくる。今は少し耳障りだ。


 オラヴは黙る。そして少し俯き、目を見開く。

「……儂が信用出来ぬという、お主の言い分、ようわかった」

 拳を握り締め、唇を震わせる。不満に思っていることはよく読み取れた。顔を上げる。

「ならば言葉を尽くしても無駄じゃろう。命令する。その娘を引き渡せ」

 静かな言葉に、びりびりと空気が揺れた気がする。


 視線がぶつかり合う。

 僕もオラヴもどちらも引かない。オラヴは自分が納得出来なければ裁かないという。だが、明確な回答が無かった以上、僕も引き渡しには納得出来ない。

 前世で聞いたと思う、被告人の権利。そんなものを、この世界で守るべきではない。


 僕は、犯罪者の方が向いていそうだ。そう確信した。





「そこまで」

 僕の手が拳を作ると同時に、軽い声でレイトンが僕らを止めた。

 僕の肩には手がかけられているが、こちらは軽くではない。

「ここは引き渡しなよ、カラス君」

 僕は振り返り、抗議の視線を向ける。だが、レイトンの表情は変わらなかった。

「……何故です? 僕なりに考えた策だったんですが」

 このままヘレナをオラヴに引き渡しても、証拠不十分で有耶無耶になってしまうだろう。

 オラヴが答えなかったというのは、そういうことだ。

「うん。キミの案も、ぼくとしては悪くないと思うんだ。ぼくは絶対に取らないし、あまり効果は認められないとも思ってるけどね」

「……案とは」

 オラヴが静かにレイトンに尋ねる。しかしレイトンは、そちらの方も向かずに無視した。

「でも、それ以上にここで処罰を受けるのは不利益が大きい。仮にこのオラヴが、結局ヘレナ嬢を裁くことが出来ないとしても、ね」

「また、ヘレナさんはやりますよ」


 テトラが枷の役割を果たせなかったのだ。そして、彼女は反省などしていない。

 先程の態度を見る限り、処罰出来なければまた魔物を()()()可能性もある。次はイラインだろうか。


「それはもう仕方が無いとしか言いようが無いよ。法を守り民を守護する存在が、彼女を守ると言っているんだ。()()()()のぼくらは、それを黙って見てるしかないのさ」

「その結果、また大惨事になるとしても、ですか」

「そうなったとしても、だよ。一般庶民のぼくらは、甘受するしかない」

 レイトンは、嫌悪の視線をオラヴに向ける。だがオラヴは、毅然としてその視線を受け止めた。


 レイトンの意図は伝わった。

 ここはオラヴに引き渡す。その流れに乗るべきだろう。

 一般庶民として、法には沿うべきだ。



「……わかりました」

 ヘレナを解放する。

 拘束を解くと、その弾みでか、ヘレナはベチャリと前屈みに倒れる。そして起き上がると僕を強い目線で見返してきた。

「……!」

 しかし、僕が見下ろすとまた目を伏せた。


「何を企んどるか知らんが、余計なことはすまいぞ」

「ヒヒヒ。ぼくは何もしないさ。お前の奮戦を期待しているよ」


 またいつものように、レイトンは笑う。オラヴは僕を一瞥すると、ヘレナを促し歩いて行った。

 その後ろ姿、ヘレナに向かってレイトンは声をかけた。

「ヘレナ嬢。拠点には頼れる人が一杯いるから、もう魔物に怯える必要はないからね」

 手を振るレイトンをヘレナは睨みつける。

 文句があれば、直接言えばいいのに。




 僕とレイトンは後ろ姿を見ながら、視線を合わせず一瞬黙った。

 そして小声でレイトンに問いかける。

「それで、いつ動くと思いますか?」

「すぐにでも、ってとこかな」

 犯人を裁けない正義。そんなものを間近で見て、()()()()のレイトンが黙っているはずがなかった。


「キミがすべきは拠点の警備だね。仮に人が死ぬようなことがあったら、これ以上は無駄な人死にだ」

「言われなくとも全力を尽くします」

 拠点に魔物が入った時点で首を落とす。闘気も魔力も使って、誰一人死なせない。


 拠点となっている開拓村でクラリセンと同じ事が起きる。それも、ヘレナが入った途端に。状況証拠だが、これ以上無いだろう。

 ……貴族の当たり屋と同じ手だとは思う。自分でも嫌悪感が沸くが、囮捜査だと思えばまあいいだろう。


「まあでも、そこまで必要は無いと思うよ。いくら考えなしと言っても、やるべき時期の察しはつくだろう」

「拠点に入るまで、ですか」

「そうだね。それが一番簡単なんだけど」


 そこまで言ってニッと笑う。

「まあ、何も起こらなければそれはそれでいいさ。……そろそろ彼女も渡して良いかな。起こしちゃうとまずいからこのままでも良いと思うんだけど」

 レイトンは肩に乗せたテトラを僕に渡すような仕草をしながらそう言った。

 そういえば、あまりにも自然に担がれていたから忘れていた。


「これから狙われる人に担がせちゃいけませんね」

 仰向けにしたテトラの肩と膝に手を回し、持ち上げる。先程よりも、重たくなった気がした。

「ヒヒヒ、そういうこと。拠点までの護衛は任せた」

「では、お願いします」


 レイトンは早足でオラヴ達の後を追う。そして後ろから声をかけると、歩きながら何事か話し始めた。

 僕はその後方からじっとその姿を見守る。




 足下の水溜まりをぴちゃりと踏みながら、僕らは歩いて行く。

 体を強化出来ないヘレナに合わせて、その歩みは遅い。

 おかげでこの一団は、ゆっくりと街を見回す余裕がある。


 いくらか綺麗になったとはいえ人間の死体に加えて魔物の死体も増えている。

 違う生物の死体であるからだろう、凄惨さは薄れてはいるがそれでも無残な光景だ。

 それらを見ていて、ヘレナは一度吐いた。

 オラヴから水を渡されて、口を濯いで立ち上がる姿は幽鬼のようだった。




「……ぅ」

 不意に、腕の中から声が上がる。

 テトラの目が覚めたのだ。

「……ここ……」

「お目覚めですか」

 努めて通常通りに挨拶をする僕は、内心焦っていた。

 まずい。今目を覚まされてしまっては、レイトンや僕どころかオラヴの妨げにもなってしまう。誰のためにもならない。

 この場を取り繕うため、僕の頭の中で思考が始まる。


 だが、目が覚めてしまったものは仕方が無い。

「今、クラリセンの街中です。これからクラリセンの西側、僕らの拠点に向かっているところです」

「へ、あぁぁぁ、そ、そう!」

 テトラは慌てて飛び降りるように立ち上がった。

 そして周囲を見回すと、ヘレナに目を付けた。

「ヘレナ! ……とレイトン!? どういうこと?」

「落ち着いて。レイトンさんとの一悶着は落ち着いています。あそこにいるオラヴ……ストゥルソン卿がヘレナさんを保護したところなので、ひとまずは大丈夫かと」

 ひとまずは大丈夫。その言葉の続きは、敢えて言わなかった。


「そ、そう。あれ、で、私とあんたの傷は……?」

 テトラは布が巻かれた自分の胴体を撫でながら、不思議そうな顔で首を傾げた。

「治っているはずですよ。痛みとかありますか?」

「無いけど……、え? どうして治っているの?」

「その辺は、後で話します。今はとにかく」


 拠点までオラヴやヘレナと接触しないこと。

 そう言おうとして目線を前に向けた僕の視界にあったのは、先程と同じように歩く三人。


 そして、左端の金髪の男に飛びかかろうと空中を舞う、大犬の姿だった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公の頭の悪さが酷すぎる。
[一言] 殺した方が色々面倒なことにならなかったのに、
[一言] 主人公は何をしたいのかわかりません。
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