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法は平等なり

 

「ほう、この女子が」

「…ひっ…!?」

 オラヴが顔を近づけ、しげしげとヘレナの顔を眺める。顎髭をいじりながらのその姿は、まるで興味深い動物を見るようだった。

 そして目線はそのままに、僕に問いかけてくる。

「証拠などはあるかの?」

「証拠、ですか。本人の証言だけじゃ駄目ですか?」

「少し足りんのう。これだけの大惨事じゃ。万が一間違いなどあってはならぬ」


 そういえば、物的証拠など何もない。得られているのはただ本人と周りの人物の証言だけだった。

 僕からしたらもう犯人は確定しているのでそれでいいかとも思ったが、オラヴ的にはそうではないのか。

「まあとりあえず、事情を聞かせて貰おうかの。もちろんお主……いや、お主らの意見も聞かにゃならん」

 歩み寄るレイトンに目を向けて、オラヴは言う。


 仕方ない。事情聴取のようなものだろう。

「まずは、お主からかの。名前はなんと?」

 ずいっと顔を近づけながらオラヴはヘレナに尋ねる。それなりに迫力ある顔なので、近くに寄られると僕でも威圧感を受けると思う。

「…………」

「黙っていてはわからんのう。このまま黙っておれば、(ぬし)の言い分は無いものとなるぞ」

「その子はヘレナ・クニツィア。十五歳の魔物使いだよ」

「お主には聞いとらん」

 オラヴはレイトンがした返答に不機嫌そうに返す。だがレイトンはそれを気にした素振りも見せずに笑った。

「いいじゃないか。どうせ喋らないよ」

「……まあよい。では、クニツィア嬢。この者達の訴えは(まこと)かの?」

「……」

 その問いにも、ヘレナは俯き口を真一文字に結んで応えなかった。


「……わからんのう……」

 溜め息を吐き、困った様子でオラヴは頭を掻く。口を尖らせて眉を顰めた。



 もう一度長い息を吐き出し、それからオラヴは僕とレイトンを交互に見ながら言った。

「仕方ない。では、お主らはどうじゃ? 先程のレイトンのしていた諍いについて聞きたい」

「ヒヒヒ。その諍いも彼女関係だよ。彼女を確保しに向かおうとした僕と、それを止めようとしたこのヘドロン嬢の間に起こった戦いさ。もう決着は着いてるから問題は無いね」

 その言葉を聞いて、ジトッとした目でオラヴはレイトンを見た。

「殺したんか?」

「無傷だよ」

 レイトンは肩に担いだテトラを示す。鉄棒の布団の演技のような、苦しそうな体勢をしていた。というか、実際苦しいだろう。


「……て、テトラ! 何でそこに」

 今気がついたように、ヘレナは叫ぶ。オラヴの前で、初めて発した意味のある言葉だった。

「お、喋る気になったかの?」

 オラヴがそれに反応すると、ヘレナはバツが悪そうな顔をしてそっぽを向いた。

「……嫌われたもんじゃのう」

「いやいや、それは違うよ」

 レイトンは一歩踏み出す。そしてヘレナの視界に入ると、ヘレナはレイトンを確かに見た。

 その目には僅かに力が籠もり、顎の筋肉も緊張して見える。

「嫌われてれば、こうなるからね」

 泣き真似をするように、レイトンは目尻を押さえた。ヘレナの恨みが籠った視線を意にも介していない様子だ。

「……お主、クニツィア嬢に何ぞしたんか?」

「誓って言えるけど、彼女には何もしてないよ」


 悪びれもせずレイトンはニンマリと笑う。

 たしかに、レイトンはヘレナには何もしていない。


 だが、ヘレナにとっては違うだろう。

「……そいつが私の恋人を殺したのよ」

 ヘレナは低い声で呟く。オラヴに聞かせるようにというよりは、自分に言い聞かせているような話し方だった。

「……レイトン」

「誤解だね。ぼくが討伐した魔物から、たまたま彼女の恋人が出てきただけさ」

「! 嘘よ! あのトレンチワームには、彼も紹介してたし、臭いも姿も覚えさせて襲わないように……あ……」

 いきり立ったヘレナが、言葉の途中で意気消沈していく。

 オラヴはまたため息をつき、目を瞑った。

「なるほど、のう。魔物使いというのは間違いなさそうじゃな。そして、レイトンを恨みに思ってることも」

 もう一度オラヴはヘレナに歩みより、その肩に手を掛けた。

「のう、では、この街を魔物に襲わせたのは、真にお主か?」

「…………」

 今度は唇を噛みながら、ヘレナは黙秘した。目には涙が薄く浮かんでいた。

「……この街の生き残りで、魔物使い。レイトンを恨んでおり、魔物を集める目的がある。状況証拠が出来てしまっておるな」

 オラヴはそこで言葉を切り、天を仰いだ。


 そのまま上を見上げながら、力の無い声でオラヴは言った。

「じゃが、やはり足りん。極刑に値するこの罪を、それだけで決めてしもうては危うい」

「……冤罪が怖いと?」

「ああ。お主らはこの娘を知っとったんじゃろう。じゃから、お主らが言うのであれば確かに此奴の犯行かもしれん」

「だったら」

 言い募る僕を押し止めるように、オラヴは仰いでいた頭を下げ、僕を真正面から見る。

「じゃが、儂はこの娘を知らん。その儂が納得出来るような確たる証拠が無い以上、この娘を裁くことは出来ん」

 何一つ恥じることの無いような、堂々とした目だった。


 オラヴは諭すように、僕に言う、

「重ねて聞くが、お主らは確たる証拠が出せるのかの?」

「……いいえ」

 ギリッと歯ぎしりの音が聞こえた。僕だった。

「ではまだこの娘は疑わしいだけの、犯人らしき生存者にすぎんな」

 そこまで言って、話は終わりとばかりにオラヴは曲がった鎚を担ぎなおす。

 その姿に、彼女を裁くことは出来ない。そう言われた気がする。




 確たる証拠。そんなものが必要なのか。

 いや、僕はどうしたんだ、そんなこと当たり前じゃ無いか。証拠も無しに人を裁くことは出来ない。

 だが、言動も状況も全てがヘレナが犯人である事を示している。本人も親友も暗に認めているのだ。そして何より、僕もそう思っている。

 しかし、それだけでは足りない。

 何か無いか、何か、犯人に繋がる決定的な証拠が。




 僕が数秒の間悩んでいると、レイトンが溜め息交じりに声を上げた。

「相変わらず馬鹿正直な奴だね。貴族連中なら、手柄欲しさにこれで犯人扱いするだろうに」

「法に従うとはそういうことじゃろ。もういいかの。後で事情は聞くが、今この娘は儂で保護する。お主らも早う帰投せい」

 言うことを聞かない子供を帰らせる親のように、オラヴは言う。


 オラヴに任せる。確かにそれは先程までの青図だった。だが、駄目だ。このまま任せては、結局ヘレナの責はうやむやになる。そんな気がする。




「まあその辺が、正義の限界だよね」

「何?」

 怪訝そうに眉を顰めるオラヴを冷たい笑顔で見ながら、レイトンはそう呟いた。

 そして、満面の笑みで僕を見る。

「カラス君、これでわかったろう? 法だの常識だの語る奴等は、結果を軽視する。正しい目標を持って、正しい手段を用いれば、正しい結果になると信じている。昨日の演説は、中身の無い空虚なものだった。それが結論だ」

「……っ」


 僕は、何も言えなかった。



 オラヴはレイトンを睨み付けるように凄む。

「正義、正義か。そんなもん考えたことも無いがの」

 そして鎚の石突きで石畳を割った。

「何と言われようとも、儂は考えを曲げんよ。儂の元に来た以上、この娘は儂の流儀で扱う。沙汰は追ってお主らにも伝えよう。以上じゃ。これ以上は無い」


「僕が引き渡さない、と言ったら?」

 もはや、オラヴ経由で裁かせる案は潰えている。ならば、他の方策をとるべきだ。

 グスタフさんの力を借りるのでも良いし、案外僕が正当な手続きを踏んで告訴すれば受理されるかも知れない。

 ここでオラヴに引き渡さない、という選択肢が僕の中で生まれている。


「儂は一応、この討伐隊の現場責任者でもある。そして、貴族じゃ。抗命した者を罰する権利もあるんじゃが」

「そういえば、権力もあるんですよね」

 いつの間にか気楽に接していた気がするが、そういえばオラヴは貴族だったか。

「爵位は煩わしいことも多いが、便利じゃな」

 冗談のようでも無く、真面目な雰囲気でオラヴは言う。これは軽口でもなんでも無く、本当に勧告なんだろう。



 心の中で、天秤が揺れる。

 オラヴに逆らい、ヘレナを罰するために犯罪者となるか。

 それともオラヴに引き渡し、ただ祈って結果を待つか。


 もちろん、訴えればヘレナが罰されるという保証は無い。僕はそんなもの無いとは思うが、実は情状酌量の余地があるかも知れない。

 けれど、このままオラヴに引き渡しても良い結果にはならない。ただの勘ではあるが、僕は納得出来なかった。



 一歩前に出る。

 無意識に拘束が強くなり、ヘレナが苦しそうに息を吐いた。

 オラヴは目力を強くし、僕を叱るように見る。僕はその視線を受けながら、オラヴの前に進んでいった。



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