知らぬ存ぜぬ
「か、勝手に入ってく、来るなんて最低よ!」
「返事が無かったので、心配になりまして」
ヘレナの抗議に、僕は努めて軽く返す。ヘレナは毛布を盾にして、僕を睨んでいた。
「僕らが何で来たのか、わかりますよね?」
せめてわかっていて欲しい。そうで無ければ、死んだ誰もが救われない。
だが、僕の期待は見事に裏切られた。
「し知らないわよ! またなんか変なことでも言いに来たんじゃ……」
ヘレナは否定の言葉を途中で止める。そして、レイトンを見て目を見開いた。
「何であんたがここにいるのよ!? そんな、じゃあ今すぐ……!」
「今すぐ、何ですか?」
慌てて言葉を紡ぐヘレナの言葉を遮り、僕はヘレナに問いかける。
今すぐに何をするというのだろうか。今すぐに、何を嗾けようというのだろうか。
それ以上はまずいことを薄々感づいたらしい。ヘレナは急に口を閉ざす。
しかし、黙っていてももう駄目だ。もう、ヘレナは逃げられない。
「……説明するのも嫌なんですけれど、簡単に言います。貴方を、クラリセン壊滅の犯人として拘束させて貰います」
「く、クラリセン? 何言ってるの?」
ヘレナは本当にわからないというような雰囲気で、僕の言葉に聞き返す。本当に、わからないのか。あれだけのことが起こっているのに、まだ。
不意に手に痛みが走る。
何事だと見てみれば、握り締められた僕の拳から血が垂れていた。拳を作った覚えなど無いのに、力を込められたその拳はブルブルと震えている。無理矢理解くと、真っ白になっていた指が赤味を取り戻した。
僕は落ち着こうと、一度深呼吸をする。
埃の匂いのする室内の空気は、クラリセンの街中よりも大分マシだ。
「……弁解があれば何か……と思ったんですが、その様子だと何もなさそうですね」
「い意味わかんないんだけど!」
「ではわかるように説明しましょうか」
未だに事態が飲み込めていない態度に辟易し、僕はヘレナを睥睨する。
「貴方はレイトンさんへの復讐のため、魔物を集めた。違いますか?」
その問いに、ヘレナは答えない。だがその沈黙は、肯定と受け取った。
僕は続ける。
「貴方の集めたその魔物が街を襲い、住民は皆いなくなりました」
端的にそう告げると、ヘレナはゴクリと唾を飲み込んだ。
「今は魔物達は討伐され殆ど姿を消していますが……街中は血と死体で溢れています」
「う、嘘よ、集めた子たちには、ジッとしててって……」
「本当のことですよ」
ようやく言葉を出したヘレナは、その惨状を否定する。
この小屋からは窺い知ることが出来ないだろう。だが、それは真実だ。
しかしまだ、納得はしていないらしい。
ヘレナはレイトンを睨み付け、指を指して叫んだ。
「そ、そいつがやったんじゃないの? シガン様みたいに、そいつが殺したのよ!」
「心外だね。ぼくがこの街の住民を殺す理由なんて無いよ」
レイトンは腕を組み、涼しい顔でそれを否定する。そして、早くしてくれとばかりに僕を片目で見た。
殺す理由なんて無い。とは言うが、この事件はレイトンにとっても得になり得る事件だったろうに……まさか、前回そこまで狙って町長を殺したのだろうか。
突然沸いた疑念に、僕の胸がざわつく。
何故かレイトンならやりかねないとは思うが、それでも今はヘレナだ。あの時点では、確かにレイトンの行動に破綻は無かった……と思う。追究は後にしよう。
「……魔物を呼んだことは認めるんですね?」
集めた子たちというのは魔物のことだろう。ならばそこは否定しないはずだ。
「よ、呼んだけど、人を殺すなんてしないはずよ」
「しないはず。何故です?」
「……それは……その……」
「この前のトレンチワームは完璧に支配出来ていたから、だよね」
言い淀むヘレナをフォローするように、ケラケラと笑いながらレイトンが口を挟む。
「そ、そうよ」
「でも今回は数が段違いだ。四桁を越える数の魔物の統制が難しいなんて、魔術を使えないぼくですらわかるよ」
「……」
レイトンの言葉に、またヘレナは口を閉じる。
「統制、とれていたんですか?」
「も、もちろん」
「じゃあ、何で……!」
叫び声を上げそうになり、僕は一瞬思考を止める。いけない、感情的になっては。
「統制がとれていた、なら、あの大惨事はヘレナさんの指示だと?」
「だから、だ大惨事って何のことよ?」
眉をひそめてヘレナは聞き返してくる。本当に、本当にわかっていないのか。
そう思った瞬間、僕の中で何かがプツンと音を立てた。
ヘレナの襟を掴むと、引っ張り引き寄せる。止まらない。
「じゃあ、その目で見てもらいましょう。自分が何をやったか、知らなければ」
自分の声がどこか遠くで聞こえる。全身が震えているのがわかった。
「ちょ、ちょっと何よ」
「黙って、こちらへ」
引きずるように、ヘレナを外に出す。
念動力を使おうにも、ヘレナの魔力は強く上手くいかない。仕方がないので、闘気を活性化させ跳ねるように飛んでいく。皮一枚の傷口が開いたのか僕のお腹の布の染みが大きくなる。しかしそれは、どうでもよかった。
視界の端に、僕の破壊した扉が見えた。
あんな薄い木の板で身を守れるものか。以前町長宅を襲撃したときも思ったが、こんな閂や鍵など不用心にすぎる。
揺さぶられて、ヘレナは呻き声を上げる。だがそれもどうでもいい。
二、三回の瞬きをする間に、テトラが焼いた壁を越える。変色した石畳まで戻ると、火は殆ど消えているものの、焼け焦げた家と酷い臭いが僕らを迎えた。
ヘレナは鼻を押さえて周囲を見回す。
「何、これ、変な臭い……!」
「見ればわかるでしょう。死んだ人間が出しているんですよ」
魔物達に片付けられているとはいえ、まだ転がっている。
形を留めている死体はもう無いだろうが、それでも原型が窺い知れるのは何人分も残っている。
「魔物はただ呼んだだけ、ジッとしていてと頼んだだけ、と貴方はそう言いましたね」
ヘレナにそう問いかけると、ヘレナは身を固くしてキョロキョロしていた視線を止めた。
「多くの魔物は肉を食べます。小動物の肉、同じ魔物の肉、そして、人間の肉」
もう一度、グイと服を引っ張って、こちらを向かせる。
「呼ばれた魔物が、食事をするとは考えなかったんですか?」
「……!?」
怯えたような目で、ヘレナは僕を見る。逃げたいだろう。だが、今日は逃がさない。
「もっと高いところから見ましょうか? 魔物も人間も、一杯死んでいるのが見えますよ。この街の地面の色すら変わるほどの事態ですから」
「それは、私のせいじゃ」
「貴方が魔物を呼ばなければ、起こらなかったんですよ」
「わ私はそんな指示出してないもの。魔物達が勝手にやったことまで私のせいにされちゃたまんないわ」
鼻を鳴らし、目を逸らしながらヘレナは言う。
人が死んだ。ヘレナの行動の結果、人が大量に死に、これだけの血が流れている。
それでもまだ、自分には何の咎もないと言うのか。
ここはもう、外だというのに。
自分を守っていった小屋はもう開かれ、もう外と無関係ではいられないというのに。
「自分の行動の結果を認めない、んですね」
「と当然よ、私のせいじゃないもの」
この期に及んで、なおも。自分のせいじゃないと。私のせいじゃないと繰り返している。
話にならない。
いつまで経っても、ヘレナはこの街とは無関係のつもりだ。
魔物は集めたが、その魔物が何処で何したか、無頓着だ。
無邪気と言えば聞こえがいいのだろう。だが、邪気無くこれだけの大惨事を起こせる者を、邪悪というのでは無いだろうか。
「……もういいです、時間です」
僕は西の空を見つめる。そこから、巨体が軽やかに屋根の上を駆けてきていた。
魔力を展開し、ヘレナを拘束する。動かすのでは無い。拘束するのだ。
ヘレナの魔力を押し破り、念動力で体を押し固める。
「!? な何を!?」
「ストゥルソン殿、こちらにお願いします!」
僕が静かに呼びかけると、オラヴもこちらに気がついたようで足がこちらに向いた。
ドスンと豪快にオラヴは着地する。石畳がそこだけへこんだ。
「おう、カラス……、レイトンはどうした?」
「向こうにいます」
僕は小屋の方を指し示す。そちらから、テトラを担いだレイトンが歩いてきていた。
「……小競り合いは無かった……のか?」
「いえ。もう終わっただけです。それより、ストゥルソン殿」
「何じゃ」
オラヴは今気がついたかのようにヘレナを見る。
僕がヘレナを軽く突き出すと、オラヴはヘレナを見て首を傾げた。
「そういえば、その女子は? 拘束されとるようじゃが」
「この事件の犯人です」
魔力で固めてある中から、ヘレナが息を飲んだ感じがした。