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今度は逃がさない

 



 軽口を叩いている暇はない。早く治さねば死んでしまう。

 鞄を探り布を引っ張り出すと、それを強めに腹部に巻き付ける。白い布にすぐに赤い色が染みてきた。それを見ながら念動力で内臓の位置を戻し、傷口を治癒させる。

 これだけ深い傷だ。多少治すのに時間がかかる。数分は闘気は使えない


 しかし、出血が問題だ。先程までの出血と合わせてかなりの量が体から失われている。

 出血性の貧血に対しては血液の作成が有効だが、骨髄に働きかけて行う造血は魔法より闘気を使った方が早い。


 ……ちなみに増血剤は無かったか。鞄と記憶を漁っても、それに類するものを持っていなかった。

 血止め薬はたまたま持っていたが、大抵の傷が自分で何とか出来る分、普段あまり創傷用の薬は持ち歩かない。だが、僕以外の怪我人が出ることも考えて持ってくるべきだった。いや、それ以上に自分用に持ち歩くべきだ。今度からそうしよう。



「それで? じゃあキミの意見の通りに動きはするけど、どうする?」

 手当をする僕を見ながら、レイトンは尋ねてきた。恐らく予想は出来ているだろうに、わざわざ聞いてくるとは。

「その前に一つ聞きたいんですが」

 レイトン自身は何処へ行く気だったのか。ヘレナを殺害しに行くのならば、居場所を知っているはずだ。

「ヘレナ嬢ならこの前の小屋にいるよ。見る限り、事件が起こってからも外に出てはいないね」

「……よく調べてありますね」

「ヒヒヒ。先遣隊に入ったのはこのためだからさ」

 用意周到なことだ。一体レイトンは、何処の時点からヘレナを殺害する計画があったのだろうか。

 というか、それを知っていたということは。

「ギルドに対しての隠蔽も完璧ですか」

「当然だね」

 ギルドの報告でも、作戦前の説明でも、そこにヘレナの影は無かった。

 魔物の分布や数まで調べられているのに、この街にいる生存者に気付かないわけが無い。

 もっともヘレナの場合は外に出ていないらしいから、そのせいもあるかも知れないが。



 ヘレナの居場所がわかった。ならば、僕のすべきことは簡単だ。

「ヘレナさんの捕縛に行きましょう。そしてストゥルソン卿に引き渡します」

「オラヴに? キミが直接イラインの方に行くんじゃ無くて?」

「僕が突き出したところで、彼女が否定すれば冤罪ということにもなりかねません。僕に発言権が無いのは理解していますので……」


 記憶に新しいこの前の決闘騒ぎ。そして今まで生きてきての僕の待遇を鑑みればそれは当然とも思えた。

「最近キミの名は知れ渡っているから、そうでも無いと思うけどね」

 第三者がそう言うのならば、そうかもしれない。だが。 

「それでも、万全は期しておきたいです。それに、戦場で捕らえた犯人を、ストゥルソン卿が官憲に引き渡す。そうすれば、大々的な宣伝にもなるでしょうし、ヘレナさんを無下な扱いにもしないでしょう」

 避難民に晒し、リンチさせたり辱めたり、そういうことはきっとしないだろう。

 そういう事態になっても、止めようと思う。

「ヒヒ、馬鹿正直な奴だからね、あいつ」

 楽しそうに、レイトンは同意した。



 レイトンは再度、転がるテトラに目を向ける。

 先程の戦いで地面も傷がついているが、テトラの周囲の石畳は一切荒れていない。……本当に、レイトンはテトラを殺す気が無かったのか。いや、これはテトラの命に無関心だったと言うべきだろう。

「じゃあ、ヘドロン嬢はどうする? 流石にそろそろ死ぬよ?」

「大丈夫です。その辺の対策はさっきしてありますので」

 言葉を濁し、対策済みだと言い放つ。それだけでレイトンは何か納得した様子で、それ以上言ってこなかった。


 僕は西の空を見ながら言った。

「ストゥルソン卿がもうすぐ来るはずです。ですが、このまま放置しておいても危険ですし、テトラさんもこのまま運んでいきましょう」

「ヒヒ。キミがぼくに負けたときは、オラヴが代わりに来たわけだ。そういった保険もかけておいたんだね」

「それは偶然ですよ。ストゥルソン卿と一緒に、レイトンさん達の戦闘の報を聞いたので」

 そこまで計算づくな訳が無い。僕は即座に否定しておいた。

 オラヴが来るまで多少の猶予はあるだろう。それまでにヘレナを捕縛しておきたい。



「それにしても、このまま拠点に帰していいのかな? 彼女」

 レイトンはテトラを指差しながら、薄笑いでそう言った。

「テトラさんのことでしょうか?」

「そうだよ。このまま蚊帳の外で、目が覚めたらヘレナ嬢が捕縛、処刑に向かう段取りでした、なんて怒るに決まってると思うんだけど」

「それはまあ、怒るでしょうね」

 激怒する様が目に浮かぶ。テトラは僕もヘレナ救出に向けて動くと思っているはずだ。

 そう勘違いしてもおかしくないように言ったのだから、当然だが。


 悲しむかもしれない。これはきっと裏切りだろう。

 だが、今度ばかりはテトラの意に沿うように、なんて出来ない。


 焼けつつある近くの小屋から、タンパク質の焦げる匂いがする。

 地面に染みこんでしまった血液は、この後もずっと残るだろう。


 僕は被害者ではない。

 だが、しかし。


 この大惨事を作り出したヘレナを、許すわけにはいかない。




「僕はこの街ではテトラの味方です、それは変わりません」

「さっきも言ってたね。だったら彼女の意向に沿って、ヘレナ嬢の命を守るために尽力すべきじゃないかな?」

 レイトンは意地の悪い笑みを唇に貼り付ける。僕はその笑みを真っ直ぐ見つめ返した。

「味方だからこそ、彼女に出来ないことを代わりにやるんです」

「それが、ヘレナ嬢の捕縛? 身勝手だね。彼女との相談も無しに」

「……そうですね」


 返す言葉も無い。目を覚ませば、テトラはまたヘレナの救命に尽力するだろう。

 先程の様子を見ても、きっとまだ諦めてはいない。


 ぐったりと眠るテトラを見て思う。

 気絶していて良かった。この後はスムーズに進みそうだ。


 だが、目を覚ましたテトラの説得も考えておかなければなるまい。

 裏切ったのは僕で、彼女は怒る権利がある。

 罵られようと殴られようと、肉を焼かれようとも我慢しよう。それで彼女の気が晴れるなら、気の済むまで謝ろうと思う。


 

「とりあえず、行きましょう」

「ヒヒヒ、了解」

 テトラを抱き上げると、ずしりと重たかった。闘気を使っていないからか。いやそれだけではない。この重さがきっと、責任の重さだ。

 僕にも僕の胸のうちはわからない。けれども今、テトラの説得を後回しに出来ることにホッとしている。

 僕も、そんな風に感じるのか。

「本当に、寝ていてくれてよかった」

 ポツリと言葉が無意識に出た。それで、僕は自分の気持ちを再確認する。

 きっと僕は、テトラに嫌われたくないのだ。



 街中の魔物はもう数が減ったとはいえ、きっとヘレナを守護する担当だろう。

 レイトンとテトラの戦闘地点、そこから北に半里ほど。ヘレナの小屋に近づくにつれ、やはり魔物はまだ出てきた。

 だが、僕もレイトンもそんなものを脅威になど感じない。魔法と剣で打ち払いつつ、まるで無人の野を行くが如く進んで行く。


 久し振りに訪れたヘレナの小屋は、以前よりも周囲に雑草が増えて見えた。

 ここを訪れるのがテトラしかいないのだろう。だが踏まれて倒れた草は獣道のようにハッキリと、その玄関までの道を示していた。



 ここまで来れば、もう血の匂いはあまりしない。それよりも森の緑の匂いが溢れており、この街でここだけがあの日のような雰囲気を保っていた。

 ただ、ギャアギャアと上空を回る三つ首鴉がうるさい。ここに魔物を呼び集めているのだろうか。それとも、ヘレナに侵入者の報を飛ばしているのだろうか。

 どちらにせよ、邪魔だ。


 僕は上空の鴉たちに向け、人差し指を向ける。こんなもの不必要だが、気分の問題だ。

 一羽につき風の刃を一枚ずつ。飛ばして当てるだけで彼らの破片が落ちてきた。


 ぼとぼとと地面に落ちて潰れる肉塊。そこにあるだけで、森の匂いが減った気がする。

 この匂いはうんざりだ。

 溜め息を吐き、それを遠くに飛ばす。せめてネルグの森の中で、他の動物の餌になって欲しい。



 小屋の扉の脇に、テトラをもたれ掛からせる。

 硬い背もたれだが、すぐに済むので許して欲しい。


「この中に、いるんですね?」

 レイトンに問いかけると、レイトンは無言で頷いた。そして、その扉を顎で示す。

 僕もその頷きに返し、その扉を開けようとして……そうだ、一応礼に則らねば。


 大きく二回、ノックをする。ザワザワとした森の中だが、その音はよく響いた気がする。


「ヘレナさん、いらっしゃいますかー!」

 大きな声で、呼びかける。もう一度ノックをし、返事が無いことを確認した。

 ……本当にいなかったりしないだろうか。不躾ではあるが、今度は魔力を展開し、中の様子を探る。机や椅子、戸棚などの家具が立ち並ぶその隅にある寝台。その上に、魔力を帯びた人型のものがある。


 いた。


 ならばもう、遠慮は要らない。

「入りますよー!」

 扉の取っ手に手を掛け、扉を押し開けようと力を込める。内開きだったか、外開きだったか。覚えていないが、内開きだった気がする。押し込めば開くだろう。

 しかし、内部の閂に邪魔をされ開かない。

 閂を開ければいいが、面倒くさい。念動力で強引にこじ開ける。


「ハハハ!」

 レイトンが乾いた笑い声を上げるのと同時に、扉もメキメキと音を立てる。

 まずはしなり、それから罅が入り始め、やがて木の扉は裂けて破れた。

 蝶番の部分がはずれ、もはや扉としての用は為さない。

 だが、もういいだろう。

 この小屋の住民は、今日を最後にこの小屋を去るのだ。扉なんて要らない。




 服や本が散乱する小屋の中に足を踏み入れる。

 食べ物は落ちていないようで、そういった不潔さが無いのが幸いだった。

 そのゴミ屋敷のような小屋の中を、先程の人影に向かい進む。といっても、小さな小屋だ。

 すぐに、毛布に包まった彼女の元に辿り着いた。


「こんにちは。返事が無かったので、勝手に入らせて貰いました」

「……ひっ」


 声をかけると、毛布の中から小さく声がする。ヘレナだ。

 毛布の端から、毛布を押さえる彼女の小さな手が見えた。





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