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死の使い道

 


 力を見誤ったか……!


「ヘドロン嬢は別だけど、キミはそんなに脆弱でもないでしょ? 早く立ちなよ」

 レイトンは無感情に僕を見下ろしながら、そう言い放つ。

 たしかに僕は立てる。だが、テトラは……!


 僕の足に力が込められたことを確認して、レイトンはテトラの方を見る。

「彼女はまだ死んでいないよ、そういう風に斬ったからね」

「……?」

 僕も視線をテトラに向ける。

 うつぶせになったその背中は僅かに上下しており、彼女がまだ命を繋いでいることがわかった。


 よかった、などと安心している場合ではない。

 何故、レイトンはそんなことをしたのだろうか。そういう風に意図的にやったのなら、必ず意図があるはずだ。


 レイトンの方を睨むと、レイトンはおどけて言った。

「そんなに睨むなよ。彼女はまだ生きている。キミはまだ動ける。だから、早いところ拠点まで彼女を運んであげなよ。そろそろ治療師も働いている頃だからさ」

「……僕が彼女を助けるためそこまで運んでいる間に、レイトンさんは目的を達成する、と」

「妥協点だと思うけど? キミだってもう、戦う気は無いだろう?」


 その問いに、無言で僕は応える。

 鍔鳴りの音を響かせ、レイトンは剣を納めた。もう戦闘は終わりとばかりに、戦闘態勢を解いていた。


「それにしてもわかんないなぁ……。どうしてキミは僕に立ち向かったのかな? まさか、『ヘドロン嬢に味方する』というのが本当に理由の全てでもないよね?」


 ノロノロと僕は立ち上がり、テトラの下へと歩み寄る。

 歩く度に僕の傷口からも血がだらだらと流れ出していく。たしかに立てるが、これは結構僕も重傷だ。


 だが、今は僕のことよりもテトラのほうが問題だ。テトラの様子を見ると、気を失っているのか意識はなさそうだが、まだ息はある。

 小声で一応声を掛けてからひっくり返すと、ぐったりした様子だがまだ温かい。

 裂けた服から白い肌と傷が見える。傷は深手ではあるが、まだ生きている。良かった。これならば、助けられる。




「本当のことですよ。でも……一応、布石のつもりでもあったんですが失敗しましたね。レイトンさんのこと、まだ侮っていたようです」

 僕がポツリとそう言うと、レイトンは興味を示したのか形の良い片眉を上げた。

「布石、へえ、何のための?」


 僕は鞄の中から小瓶を取り出す。以前何の気なしに作って鞄に放り込んでおいた血止め薬だが、一応のカモフラージュにはなるだろう。

 液状のそれを、傷口に沿うようにかけていく。青臭い匂いが鼻についた。

 併用して、バレないように魔法で治療していく。

 単純なその傷。レイトンも内傷を作る気は無かったようで簡単に治療することが出来た。


 裂けたその服のままだと気の毒だろう。幅の広い布を使い、テトラの胴体に巻き付ける。

 素材用の布だが、こういうときにも役に立つものだ。



「話を聞いてもらうためです。ヘレナさんを、レイトンさんに殺させないために」

「……ああ、なるほど。なんだ、『ヘドロン嬢の味方をした』んじゃなくて、『ヘドロン嬢を味方にした』のか。嘘じゃないにしろ、大した話術だ。じゃあ、その血止めも時間稼ぎの一環なのかな」


 ヒヒヒ、といつものようにレイトンはにやけた。

 これだけで僕の言いたいことを全て察するその洞察力は、本当に異能と言ってもいいかもしれない。


「一応、ヘレナ嬢の殺害はぼくからの気遣いでもあるんだけど……キミは要らないというのかな?」

「ええ。きっと、不要だと思います。それよりも、本人に責任を取らせた方がいい」


 僕は即答する。

 レイトンがヘレナを殺し、テトラをレイトンの敵にする。例えそれが石ころ屋の事業であるとしても、今回はそれをさせたくなかった。


 本当は軽く示威行動をしてからそういった交渉に入りたかったが、そんなことしてもレイトンは聞く耳を持っているらしい。

 テトラを巻き込んでの戦闘は無駄だった。収穫としては、テトラが気絶してくれたくらいだ。

 少し、テトラには申し訳ないことをした。




「キミにしては意外だね。……少し、ヘドロン嬢に厳しくないかな?」

「そうでも無いと思いますよ。彼女なら、きっと立ち直れる」


 これは好感触か?

 本当に、示威行為すら必要なかったかもしれない。

 僅かな手応えに、僕は拳を握った。


 しかし、やはりレイトンは難色を示した。

「でも駄目だね」

「何故です?」

「僕としては、事件をこれで終わらせたくはない。キミが考えているように、ヘレナ嬢をこの惨劇の犯人として大々的に発表すると、これで事件が解決してしまう。折角こんな事件が起きたんだ。皆に危機感を持たせるにはちょうど良い」


 交渉は失敗か。いや、まだ手は残っている。

 このまま会話し続けられれば、まだ目はある。




 だが、僕の狙いまで読まれているとは思わなかった。


 ヘレナは責任を取らなければいけない。

 だから僕は、ヘレナにこの事件の犯人として、キチンと裁かれて欲しかった。

 失った人間は戻ってこない。だが、ヘレナが法で正しく裁かれれば、ほんの少しだけ、避難民の溜飲が下がる、と僕は思う。


 ヘレナは償わなければならない。

 ヘレナを失ったテトラは、きっと悲しむだろう。レイトンに殺されるのであれば、レイトンを恨んでその悲しみを紛らわすことが出来るかもしれない。それがきっと、レイトンにとっての気遣いなんだろう。


 だが、復讐劇の結果が今の惨状だ。

 同じ事が起きるとは思わないが、僕はテトラに、そんな復讐劇を起こして欲しくはなかった。



「危機感って、そんなに足りていませんか?」

「例えば、衛兵の質の低下。キミは実感したことがあるだろう? 待機している詰め所で犯罪者が暴れても捕縛出来ない、なんて本来はあってはいけないんだよ」

「僕が暴れたときですか……」

 かなり昔のことだが、よく覚えていたな。

 というか、よく知っていたというべきか。


「石ころ屋として、ぼくらを倒すはずの者、正義の者たちの力不足は許せない。ヘレナ嬢を突き出して、『犯人が捕まったからもう起こらないね、めでたしめでたし』とさせるわけにはいかない」

「たしかに、必要なことかもしれません。ですが、犯人が捕まれば、元クラリセンの人間が復興する区切りになるはずです」

 僕は食い下がる。ヘレナを裁かせる利点だってあるのだ。

「衛兵や騎士団の練度を上げるために利用する、それはたしかにそういう使い道もあるでしょう。ですが、事件を終わらせないと街の人たちが戻って来れない。そうとも考えられませんか?」

「仮に事件が解決したとして、この街に元住民は戻ってこないよ」

「そうでしょうか。僕は昨日の宴会で、その可能性を感じましたが」


 そこはオラヴとレイトンの意見の食い違いだろう。

 僕も正直、昨日までは無理な気がしていた。だが今は、出来ないと決めつけたくない。



 人間とは忘れる生き物だ。事件が終われば、それを過去のことに出来る人もきっといるだろう。

 勿論、戻ってこられない人もいる。忘れられない人だってきっと大勢いる。

 戻ってこれる人は少ないかもしれない。


 だが、事件が終わらなければ、それは現在進行形の出来事になってしまう。

 過去になど出来ない。いつまた起こるかもわからない恐怖に怯え、戻ってこれる者などいない。


 だから、事件を終わらせる。

 この街の未来のため、少しでも戻ってこられる可能性を作っておくべきだと、僕はそう考える。




「可能性。まあ、可能性はいくらでもあるよね。前以上に復興する可能性もあるし、オラヴの呼びかけに誰も応えず、このままこの街が森に飲まれる恐れもある。僕は後者だと思うけどな」

「お互い、歩み寄る気は無しですか」

「キミは傷だらけで、ぼくは無傷。この状況で、ぼくが歩み寄る必要は無さそうだけど?」


 レイトンはテトラに目を向けて、片目を瞑った。

「というか、血止めをしてても限界だろう? こんな問答をしているより、早く行きなよ」

「じゃあ、レイトンさんも傷だらけになれば同等ってことですかね」


 僕はレイトンの気遣いの言葉に応えず、テトラを背にして立ち上がる。

 レイトンは僕のその姿を見て、目を細めた。


「どうやって? キミはぼくに勝てない。先程の衝突でキミなら理解出来てるよね」

「そうですね。勝てないかもしれません」

 僕は素直にそう認める。たしかに、勝てないかもしれない。

 あの謎の斬撃の正体が掴めず、そして躱せない以上、レイトンが殺す気ならば簡単に僕の首が飛ぶだろう。


 だが、まだ隠し球はある。

「でも、敢闘賞くらいは頂きたいところですね」

「ぼくは無駄な足掻きが嫌いなんだけど……」

 ふむ、と一つ頷き、レイトンは微笑んだ。

「そうだね。ぼくに傷を付けたら、さっきの話、考えてあげるよ」

 そして、剣の柄に手を掛ける。

 何から何まで頼んでばかりだが、これで舞台は整った。


「だけど、これで最後だ。今度はキミも戦闘不能にする。ヘドロン嬢共々あの世へ行くんだね」

「どうにかしますよ」


 テトラの横で立ち上がると、また太腿あたりからボタボタと血が滴る。

 頭にも傷があったようで、今になって額に血が垂れてくる。

 唇を舐めると血の味が広がる。緊張から、唇はパサパサになっていた。





 大地を踏みしめ、飛びかかる。ここまでは先程と同じだ。

「フッ!」

「結果は変わらない、と」


 言葉通り、変わらずレイトンは剣を振るう。僕の拳が届くよりも、鞘から抜いた斬撃の方が早いとは本当に恐れ入る。

 だが、先程とは違う。

「う、ぎっ……!」

 その他の正体不明の斬撃、二十以上の攻撃が僕の障壁を切り裂いて通ってきた。

 それを僕はギリギリ躱す。


「おや?」

 レイトンは呟きながらもう一度、今度は縦に一閃する。

 横に跳ぶと、また斬撃の雨が僕を襲う。その雨を、ダッキングしてくぐり抜けた。



 未だに斬撃の正体は見えない。

 だが、障壁が裂かれたところから斬撃は来るのだ。

 やはり僕ならば躱せる。今の二撃で、そう確信出来た。



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