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与えられた窮地

 


 どういう状況かわからない。

 だがレイトンが剣を向けている以上、レイトンと戦っていたのは彼女で、そして放置すれば結末は最悪のものになる。


 どうする?

 止めなければならない。事情は知らないが、テトラをただ死なせるのは後味が悪い。

 どうやって?

 声を掛けても無駄だろう。もう剣は振りかぶられている。説得するにせよ、時間が無い。

 魔法を使おうにも、レイトンの闘気は魔法を消せる程だ。全力で止めても通じるかどうか。



 仕方が無い。体で庇う。

 僕はその場に全速力で飛び込む。魔法も闘気もフル出力で、テトラに向かって移動した。

「ぉげっ…………!」

 ぶつかりながらテトラを抱きかかえて、そのままの勢いで飛ぶ。

 テトラも相当な衝撃だろうが、そこは勘弁して欲しい。


 レイトンの剣が僕の服を掠める。ダボついたローブの裾が、綺麗に裂けた。


 滑り込むように、炎の壁の手前で止まる。チロチロと舐めるようなその炎に、ローブが焦げないか心配だ。

 そんなことを考えている場合ではない。テトラを抱えて、レイトンを見つめた。



 溜め息が漏れる。全力を出したからか、一足だけで息が切れた。

 荒い呼吸を整えながら、僕はレイトンに問いかけた。

「……状況の説明が欲しいんですが」


 僕がそう言うと、レイトンは黙って口の端を釣り上げる。

 そして、一歩踏み出す。それだけで、体が裂かれるような圧力を感じた。


「説明、必要かな?」

 ゆらりとまた一歩踏み出す。

「薄々気がついているだろう? 簡単な話だよ」

 剣の先を、テトラの額に向ける。

「この事態を引き起こした犯人への対処を、彼女が妨害している。それだけさ」

「……やっぱりですか」

 恐れていた事態が、起こっていたのだ。



 腕の中のテトラが身を硬くした。そして、語気を荒くしながらレイトンに叫ぶ。

「殺すなんて、やりすぎよ! まだ何か、道が」

「無いね。それだけのことを、彼女はやった。周りをもう一度見てみなよ。この血が滴る惨劇は、ヘレナ嬢が起こしたんだ。その魔力を使って、魔物を呼んで、ね」

「それも、あんたのせいじゃない! あんたが町長を殺さなければ!」

「また話を蒸し返すのかな? カラス君が来たら、随分と元気になったじゃないか」


 楽しそうにレイトンは笑う。それを見て、テトラから発せられる熱量が上がった気がした。


 ギリ、と歯ぎしりをして、テトラは僕の腕を払いのける。

 そして立ち上がると、叫びながらレイトンの方に向かっていった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「威勢は良いけど、さっきと同じなら、結果も同じだよ?」

 振りかざされた《灼髪》は、レイトンの体に当たる前に全て切り払われた。その炎がヒラヒラと地面に落ちると、そこから小さな火柱が上がる。

 レイトンはそれを小さく後ろに跳んで躱すと、冷たくその火柱を見つめた。


「別に、邪魔をされなければキミを殺す気は無いんだ。とっとと諦めてくれるとありがたいんだけどな」

「諦められるわけ、ないでしょうが!」


 もう一度、テトラは飛びかかろうとする。

 だが、無駄だろう。

 先程までの動きを見ても、テトラがレイトンに勝てるヴィジョンは浮かばない。

 良くて戦闘不能にされ、悪ければ殺される。そんな結末しか想像出来ない。



 理はレイトンにある。と、僕もそう思う。

 ヘレナはそれだけのことをやったのだ。何百人もの人が死に、幸福な家庭が失われ、重大な損失を出している。その責任を、死で取るというのは順当な気がする。

 きっと、彼女は見捨てるべきなのだ。それか、裁きを受けさせるべきなのだ。



 頭ではそう思う。

 だが、それでも。


 僕はテトラの奥襟を掴み、後ろに引っ張る。レイトンの一閃が空振りをし、テトラの前髪が数本落ちた。

 僕の手の先で、テトラが息を吐く。


 頭では、見捨てるべきだと僕はそう思う。

 だがそれでも、テトラは、きっと諦めないのだろう。


 だから、僕がやる。レイトンの説得は僕がやる。

 それが町長殺しに関わった、僕の責任だ。



 テトラを離し、僕はレイトンに話しかけた。

「僕を無視しないで貰えるとありがたいですね」

 レイトンは手を止め、僕の方を見る。テトラは相変わらず、レイトンを見つめていた。

「……じゃあ、聞いておこうか。キミはどうする?」


「まあ、正直、ヘレナさんは許されないと思います」

「へえ」

 テトラの拳が硬く握られ、レイトンは感嘆の声を漏らす。

「愛した人が死んだ。僕にはその経験が無いんでわかりませんが、きっと悲しいことなんでしょうね」

「そうだね。ぼくにもわからないけど、そう思うよ」

 悪びれもせず、レイトンは同意する。うんうんと頷くその仕草は、とてもその『愛した人』を殺したようには見えなかった。


「だから、その悲しみを癒やすため、その犯人への復讐を企てるというのは自然なことだと、思います。けれど、これはやりすぎです。無関係な人を巻き込むべきではなかった」

「そこまで考えて……」

 テトラは当然、ヘレナを庇う。だが、その言葉の続きも恐らく理にかなってはいないのだ。

「そこまで考えていなかった、というのも問題なんですよ。自分の行動がどういう結果を招くか、その過程でどういうことが起きるのか、彼女は検討すべきだったんです」


 そうでしょう? と、声に出さずにレイトンに目線で問いかける。レイトンはその視線を受けて、より一層楽しそうに笑った。

「ヒヒ、大体わかっているようだね。そうだね。この事件自体は別に彼女の意思でもない。ただヘレナ嬢は、ぼくを殺すために魔物を集めただけだったんだ」


 ヘレナ嬢に害意はなかった。ただ彼女なりに対レイトンの戦力を準備しただけで、そこから先は予想していなかった。きっと、そういうことだろう。


「で、それで? そこまでわかっていてキミはどうする?」

「さっきも言ったとおり、彼女は許されるべきではない。それが故意でなくとも、これは重大な罪でしょう」


「エッセンの法で裁かれても、死罪でしょうか。私刑ではありますが、レイトンさんが殺すのも致し方ありませんね」

 テトラの熱量が、目に見えて上がっていく。陽炎のように、周囲の空気が揺らめいた。

「また、避難民に差し出しても、酷い目に遭うでしょうね。ヘレナ嬢は正しく、彼らの敵でもあります」

 テトラの髪の毛が、白熱していく。僕の肌の露出している場所に、熱さを感じる。


 僕は言葉を切る。僕の考えとしては、これで打ち止めだ。

 だが、ここから先の悲しい計画を成就するには、その先が必要だった。

 僕は落ち着いて言葉を整理する。



「でもまあ、僕はレイトンさんの邪魔をするとしましょう」

「え……」

 僕がそう言うと、テトラは振り向いた。

 ここに来て、初めて顔を見た気がする。

「ヒヒヒ、それは何故かな? そんな話の流れじゃなさそうだったけど」

 僕も妨害に加わると聞いても、レイトンは動じない。その余裕が、とても怖い。

「たいしたことじゃありませんよ。ただ……」

「ただ?」


「僕はクラリセンでは、テトラさんの味方をすると決めてますからね」

 その言葉の意味を示すように、僕はテトラの横に立つ。

 先程から感じていた熱気が、更に強くなった。


 重ねて続ける。

「ですから、レイトンさん。ヘレナさんを殺すのは諦めて下さい」

 僕は鉈に手を掛ける。勝てるかどうかはわからないが、ここで僕は抵抗しなければいけない。

 クラリセンの脱税を聞いたあの日、テトラに味方すると決めた。それは今でも有効だ。



 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕はテトラのために行動しよう。

 街のために行動しよう。

 そのためには何としても、()()()()()殺させるわけにはいかない。


 それに、これから行う僕の身勝手な交渉のためにも、今はレイトンに立ち向かうべきなのだ。




「じゃあ、足手まといをつれて頑張りなよ。奮戦、期待してるからさ」

 レイトンは剣を構え直す。その言葉とは裏腹に、冷たい殺気が僕を襲った。


 どうする? 最初の難関に逆戻る。

 僕が加勢する。そうした変更を加えてみても、テトラと僕の混成軍はレイトンに勝てる道筋が浮かばない。


 いいや、まだだ。まだレイトンが戦う姿を殆ど見てはいない。戦えば何とかなるかもしれない。悲観的に考えるな、戦うんだ。

 そう自らを叱咤し足を踏み出そうとするが、中々踏み出すことが出来ない。

 この威圧感はフルシールのような魔法ではない。そう思っても、足は出なかった。


 焦る僕がテトラの顔をチラリと見ると、テトラは口早に僕に指示を出した。

「私が攪乱するから、カラスは全力で叩いて」

「……わかりました」

 作戦と名がつくもおこがましい、大ざっぱな方針はそれでいいだろうか。

 テトラの言葉に、腹がくくられる。

 少し気分が楽になった気がする。頼れる相棒というのは、こういうものなのだろうかと、心の何処かで僕は思った気がした。


 今後への布石のため、レイトンには一泡吹かせなければならないのだ。

 テトラを利用しているようで、少し心苦しかった。



「蝋を呑み広がる炎よ我が手に宿れ……!」

 テトラが詠唱を開始する。それを援護するように、僕は飛びだした。

 実際には援護ではなく僕が本命なのだが、詠唱が終わるまでは僕が攪乱の役を担うべきだろう。レイトンに肉薄し、拳を振るう。普通の大犬ならば、これで弾ける程の力だ。


 攪乱ではあるが、決して油断は出来ない一撃。それだけで勝負が決まるような一撃を出したはずだったが、レイトンはそれを一笑に付す。

「さっき僕が教えたばかりだよね。探索者の慣れない連携というのは、キミ達にも当てはまるのさ」

「な……!?」

 レイトンの一閃、それを問題無く躱す。躱したはずだ。


 だが、その一閃を躱したはずが、僕の手足に深々と傷跡がつく。

 手加減されているのだろうか、それは行動不能になるような深さの物ではないものの、確実に肉を削ぎ飛ばすような威力の斬撃が数え切れないほど僕を襲った。


「カラ……!」

「キミも、油断はしないでよ」


 僕を無視してレイトンはテトラに語りかける。

 体が崩れ落ちる。傾く視界を強引にテトラに向けると、そこには見たくない光景があった。


 テトラの体から、袈裟懸けに血が噴出す。

 気がついていないような、驚いたような、そんな複雑な表情のまま、テトラはベチャリと地に伏した。






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― 新着の感想 ―
数百人殺した奴を庇うのは流石に理解できないよ。もし理由が親友だからってだけだったらそれはもうお人好しすっ飛んでもはやクズだと思います。ただ読むのはやめません。面白いから。
2025/09/28 16:48 とぅなかぁ
[気になる点] テトラごと早く死ねよ。
[一言] コレはないわ 流石に、「そういう考え方をする人も居るか」とは思えないw
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