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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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変化を求めて

 この街の名前はイラインというらしい。

 大きい街だとは思っていたが、よく聞けばここはエッセン王国という国の副都だそうだ。

 副都といっても、この街のようなところは複数ある。それらはそれぞれ、成人した王族とおつきの貴族により統治されていた。

 ちなみに僕が育った村も、エッセン王国の一部だった。あの名も無い村は、十五年前に今の住民によって開拓され、今に至っている。


 王族から貴族、さらに底辺の人間までいるこの街の中にも格差はある。それらは、大まかに住み分けが出来ていた。一番街には施政者と大商人がいる。二番街には、それなりに裕福な者が住む。五番街には職人達が、といった具合である。


 おおざっぱであるが、マス目状に区切られた区域に、一番から十二番までそれぞれ番号が振られている。スラムは、その例外だ。言うなれば、十三番街と言ったところだろうか。


 


「それで、今日は何を持ってきた」

 この店主とも、すっかり馴染みになってしまった。


 僕は、葉っぱに包んだ鶏肉を差し出す。始めは魚や果物を交換に出していたが、それよりも、いつもの食事分に加えて何羽か捕まえてきた方が楽なのだ。それに、値段もだいぶ高い。

 捌き方も変えてみた。殺すときに頸動脈を切り、血を抜く。手羽も、キチンと解体した。そうしたら、またそれで値段も変わった。最初に持ち込んだときには鉄貨七枚だったが、今では一羽分で銅貨一枚だ。

 捌き方や捕らえ方で、値段が変わる。正当なものかはわからないが、評価されるのは嬉しいものだ。


 老人が作っているのか、それとも外部に委託しているのかわからないが、この鶏肉は干し肉としてこの店から出てくることがある。

 僕が干し肉を作ろうとしたときは、腐らせて無駄にしてしまった。何か秘訣でもあるのだろうか。今度忍び込んで見てみてもいいかもしれない。



「それと、両替も」

 ジャラジャラと、カウンターに銅貨と鉄貨を並べる。硬貨は量が増えてくるとかなり嵩張る。

 金貨から始まり、銀貨、銅貨、鉄貨と続く硬貨だが、そのレートは十進法ではない。

 金貨一枚に対して、銀貨二十五枚、銅貨二百枚、鉄貨二千枚だ。さらにそれぞれの硬貨を半分に割った半銀貨や半銅貨が存在する。

 最初はわかりづらかったが、慣れた今ではそれなりに計算も出来るようになってきた。

「銅貨八枚と鉄貨十枚。銀貨一枚と銅貨一枚でいいのか」

 店主は、ヒーフーミーと一枚一枚数えて、また無表情にこちらを見る。

「お願いします。手数料は鉄貨一枚で?」

「ああ、大丈夫だ」

 僕は頷き、コトリと鉄貨をカウンターに置いて踵を返した。

 いつものように、挨拶は無かった。




 荒れた街を歩く。

 もう、このスラムで暮らし始めて何ヶ月も経つ。

 貯金もだいぶ貯まった。この金で何をしようとは一切決めていないが、自分の努力が価値へと変わるこの手応えは、なかなか良いものだ。


 瓦礫とゴミを避けながら、慣れた道を歩く。誰かが前に仁王立ちしている。顔を見ればそこには、最近よく絡んでくる奴がいた。

「おい、(カラス)野郎!」

「ああ、ハイロ……ですか。なんです、いきなり」

 ハイロだった。ハイロは、その汚れた頬を拭きながらふて腐れた顔でこちらを睨んでいた。

「また金を貯め込んでんのか。俺らにも(とり)獲らせろよ!」

「よくわかりませんけど、獲ってきてもいいんじゃないですか。別に誰も止めていませんよ」


 相変わらず、要求がよくわからない。

「何か秘密の方法でもあるんだろ。さっさと教えろよ。お前だけ独り占めなんてずるいんだよ」

 僕は「またか」と溜め息を吐く。

 利益の独り占めなどしていない。そもそもこれは、僕が一人で稼いだ物だ。


 彼もリコも、別に稼いでいないわけではない。盗みやひったくり以外にも、果物を採取したり魚を捕ったりして生活しているのだ。

 中でもひったくりは、当たればかなり大きい稼ぎになる。そちらで稼げばいいじゃないか。そう思って何を言っても、彼は聞き入れない。


 それに、その「方法」は毎回答えている。

「魔法で捕まえるって、何度も言ってるじゃないですか」

「魔法なんて、お前に使えるわけないだろ」

 いつも、この繰り返しだ。

「魔法ってのは、もっとすげえ奴が勉強して使ってるすげえことなんだよ! お前みたいな鳥野郎が使えるわけないね!」

 ハイロは、その灰色の髪の毛をガシガシと掻きながら言い切った。フケが周りに散るのが見えた。


 いい加減何度もこのやりとりをするのは、イライラしてくる。僕は、足下の石を蹴りながら我慢していた。流石に魔法での威嚇はやり過ぎになりそうだと理性が止める。

「じゃあ、もっと勉強して凄い人になって下さい」

 そう話を打ち切り、歩みの方向を変える。今日は違う道で帰ろう。




 住処としている空き屋へと戻り、今日の食事を頬張った。

 時たまリンゴや干し肉を買い食べるが、それでも基本は自分で獲ってきたものを食べている。


 そうして生活していても、やはり悩みは出てくる。

 端的に言うと、飽きたのだ。


 これでは森の中にいるのと変わらない。

 ただ狩猟して、それを糧に生きる日々。そこに貯蓄が加わっただけだ。

 そろそろ新しいことをしたい。何か、生活に新しい要素が欲しい。

 そう思っても、なかなか踏み出せないでいた。





「悪いな、次からしばらくは鶏肉が買い取れねえ」

 その日、いつものように石ころ屋に鳥を売りに行くと、店主は無表情でそう言った。

「……何故です?」

 わからない。食べ物は一定の量であれば常に需要があるはずだ。それこそ、この店で交換に出されている保存食にも、鶏肉は使われている。

 何か不備があったのだろうか。そう考えて、尋ねるも店主は首を横に振った。

「たいしたことじゃねえが、最近この鶏肉にタチの悪い噂が流れている」

「それは、どういう……」

「お前が売りに来る鶏肉は最低の品質だ、って話だ」

 店主は溜め息を吐いた。

「そのせいで、俺が交換に出す肉にも文句が出ている。その肉を出すなら、もっと量を増やすか違う物にしろ、ってな」

「へえ……」

「流石に、割に合わねえ取引は出来ねえ。捨て値で良いなら買い取るが、それはお前さんも嫌だろう」

「まあ、たしかにそうですね」

 捨てられる鳥が勿体ない。僕はいつも、美味しく食べているのだ。

「他の商品だったら、まだ……」

 店主はそこで言い淀む。瞬きを二回して続けた。

「まだしばらくは普通に買い取れるから、そうしてくれや」

「わかりました」

 何か違和感があったが、僕は素直に頷いた。


 鳥に、食肉にこだわらなくても食材は手に入る。魚でも、果実でも。

 しかし、と僕はそこで思い直す。

 だったら、野外で手に入る有用な物を集めてくれば良いのだ。何か鉱物とか、薬草とか、木の枝……は簡単に手に入るから価値は低いにせよ、他の物は何か無いのだろうか


 一瞬黙った僕を、店主はじっと見つめる。やはりごねるとでも思っているのだろうか。しかし、僕はもう返答をした。問題無いと応えたのだ。


「でしたら、この街の外で手に入る、高価で買い取ってくれる物を教えていただけますか」

 店主は目を丸くする。こんな、店主の驚きの表情を見たのは初めてだった。しかし、すぐにいつもの無表情に戻ると、少し考えて言った。

「……近辺の資源の情報を買いたいってことでいいな」

 そうして、奥の棚まで歩いていく。そこには、紙束や書類、本などが収められているようだった。



 カウンターに白い紙を広げると、その上にインクに浸した羽根ペンを走らせる。一つ描かれた小さい丸は、この街だろう。

「まず、お前でも手に入る物ってことになるが……お前は何が出来る?」

 僕は唇に指を当てて、店主の顔を見る。にこりと笑ったつもりだが、どう見えているのかはわからない。

「それは、僕の個人情報を売ってほしいってことでいいですね」

「ククッ……」 

 店主は唇を歪めて噴き出した。また無表情に戻るが、今日は表情が豊かだ。

「そうだな、そうだな。良いだろう。こちらの情報と交換だ」

「でしたら……、簡単な魔法が使えます」

 僕は指先に小さな火を灯す。店主はそれを見て、ニヤリと笑う。

「じゃあ、いつもの食材も魔法で狩ってきたものだったんだな。そうすると……」

 店主は白い紙のあちこちに目を向け、そして「ふむ」と納得し、北の方角を描き始めた。

「ここから北に、大体三百里(百五十キロメートル)ほど行った所に、コズという山がある。その麓の川に、石が落ちている」

「石、ですか」

「そうだ。川底に落ちている。主に翡翠だがな、たまに金の原石もある。大量にあるわけじゃないが、そこそこ多く採れる」

「それを持ってこい、と」

「ああ。そうすりゃ、お前も大儲けできるし、俺も稼げる」

 店主は紙を丸め、僕にひょいと手渡す。そこには、コズ山までの大まかな地図と、翡翠と金の原石の特徴が書かれていた。


「他の人もそこに取りに行くんですか?」

 そんなに金が稼げるのならば、他にも誰か行っているはずだ。

「いや、ほとんど行く奴ぁいない」

 店主はそう断言する。

「まず、街からかなり遠い。何日も森の中を歩かなきゃいけねえし、その間は野外生活だ」

「野外で暮らすぐらい、誰でも」

「まあ、探索者やら参道師なら簡単にできるだろうな。だが、それだけじゃない」

「というと?」

 僕は、嫌な予感がした。

「魔物が出るんだよ。その川に」


 ああ、やっぱり。僕はそう納得した。

 やはり、そう簡単にはいかない。


「つっても、遭遇するのは稀だ。魔物については頭に入っているか?」

「ええ、この前一匹倒しましたし」

 店主は「ほお」と感心する。楽しそうに、一瞬笑った。

「じゃあ、説明は不要だな。あそこには、大蛇が出る」

「蛇ですか。それは、どういう奴でしょう」

「黄色い蛇で、魚のヒレがある。ドラゴンの子供って話もあるが、それはよくわかってない」

 大蛇と言うからには、大きいのだろうか。食べられればいいのだが。

「どれくらいの大きさですか?」

「話によってまちまちだが、長さが三丈(十メートル)ぐらいだ」

「大きいですね」


 少し考え込んだ僕を意に介さず、店主は続ける。

「時間もかかるし、そういう魔物が出ることもあって、割にあわねえんだ。だから、そうそう行く奴はいない」


 嫌ならやめてもいいんだぞ、と店主は言外に促す。しかし、僕はそれを無視した。

「ああ、でも良い機会だから行ってきますね」

「…? 良い機会ってのは?」

「こちらの話なので気にしないで下さい」

 僕は胸の前でポンと手を打ち、店主に笑いかける。店主も、ニカっと歯を見せてそれに応えた。


「それで、その採取に必要な物とかありますか?」

 諦めない僕を見て、店主は何を思ったのか。今の無表情からは読み取れない。

「基本的には落ちてるもんだから、入れる袋がありゃあいい。野外生活に必要な物はいらねえな?」

「ええ、慣れてますし」

「しかし、他にも必要な物はあるだろう。いくつか見繕ってやるよ」


 結局、布の袋と丈夫な服、質素な短剣や簡単な食事、そういった旅装を買った。蓄えはまだあるから大丈夫だ。

「生まれて初めて、こんな良い物着ましたよ」

 丈夫な靴が嬉しくて、ついダンダンと跳ねてしまう。その度に、狭い店内に埃が舞う。

「そんなに良いもんじゃねえから過信すんな」

 下の歯を見せながら、静かに叱られた。一応、「はーい」と返事は返しておく。店主は一瞬黙り、何かを考え込んだ。



「あ、それともう一つ」

「何だ」

 もう一つだけ、欲しい情報がある。

「その蛇の身体で、売れる場所ってあります? あ、食べれる部位も」


 店主は、呆れた顔でこちらを見た。

 もう一つの情報には、さすがに鉄貨二枚必要だった。





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[一言] 無事に帰ってくるかを心配したら、本人は倒して食うき満々だった件(笑)
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