大男に囲まれ
「おうおう、元気に食べとるなぁ」
「うわ!?」
お粥を啜り、三杯目に行こうと顔を上げた僕の目の前に、熊のような髭面の男が現れた。
「……驚かさないでください……ええと」
「オラヴ・ストゥルソンじゃ。昼間は失礼したのう、カラス殿」
ガハハと笑いながら、オラヴは自らの腹を掻く。豪快、という言葉がよく似合っていた。
「……ストゥルソン殿、でしたか。改めましてカラスと申します。以後よしなに」
「おう、よろしくな!」
オラヴは僕の横で食べていたキーチを見て、右手を挙げた。
「すまんな、連れてきてくれたんじゃな」
「先程お連れしました。ご報告せずにすいません」
「いい、いい。というか、聞いてみただけなのに連れてきてくれるとは思っとらんかったよ」
キーチはその言葉に小さく頭を下げると、敬礼の形で固まった。
「ん? そんなことはせんでもいいぞ」
「ハハ、わかりました」
しかしオラヴが許可すると、あっさりと敬礼を解き、そして粥のお替わりを取りに行った。
軽いなあ。
「それで、カラス殿、飲んでいないようだが、下戸なのか?」
見れば、オラヴの手には酒瓶が握られている。それに酒臭い。酒宴なので当たり前だが、だいぶ酔っ払っているようだった。
「まだ幼い身なので、酒は遠慮させて頂いております。僕の分まで、皆様でお召し上がりください」
「何じゃ、つまらんのう」
オラヴはその丸っこい眉を寄せ、残念がっていた。
「ときに、ストゥルソン殿」
「ふむ?」
オラヴは酒を呷りながら僕の方を向いた。
ストゥルソンという家名、どこかで聞いたことがある。
何処だろうと少し悩んだら、すぐに答えが出た。そう、オルガさんの会話に出てきたのだ。
「少し前の競売に、ストゥルソン家から魔道具を出していませんか?」
「おう、出したな! 気に入っておったが、高く売れたんで助かったわい」
やはり。
先日、ダーインスレイヴを出品した家、そしてその家にいる探索者。当主の名前は聞いていないが、もしや。
「では、あの魔剣を振るって敵陣を切り払ったというのは……」
僕が尋ねると、一切の邪気のない笑顔で答えてくれた。
「儂じゃな!」
そしてグビグビと酒を飲み干す。一升は入るだろう瓶が瞬く間に空になった。
プハー、と美味しそうにオラヴは酒臭い息を吐く。
しかし、魔剣を振るった探索者、その人ということは……。
背筋を正す。右手を胸に当て、立礼をとる。
「失礼いたしました。知らなかったとはいえ、礼を失しておりました。これまでのご無礼どうかご容赦ください」
「先程の騎士にも言ったが、そういうのは要らんよ。爵位持ちと言っても、最下級の騎士階級じゃ。それも破産寸前のな!」
笑いながらオラヴは酒瓶をもう一本手に取り、その栓を抜いた。
「それにしても、よう知っとるのう。礼儀作法を学んだ騎士ですらさっきの様子なのに……お主もどこかの家の出身なのか?」
「……いえ、この前の競売の時、必要に駆られて覚えました」
「フ、ハハハ、そうかそうか。事情は知らんが、難儀なことだな」
そう言いながら、まるで水でも飲むかのように酒を一気飲みしていく。ザルかこの人。
「ま、覚えておいて損はないぞ! 儂のように苦労する羽目にならぬように!」
「ストゥルソン殿でも苦労するのならば、私などとても役立てられるほど学ぶことは出来ません」
「だから、そういうのはいいと言うに……」
その赤い髭を撫でながら、オラヴは嘆くように言った。
まあ、ここまで言われたのだからもう貴族相手然とした態度はいいだろう。
そこまでこだわる必要はない気がした。
「おい」
話題が途切れ、僕も改めてもう一杯粥を取りに行こうとした僕に、また声がかかった。
「ああ、昼間の」
「……酒は飲まねえンだろ?」
無愛想に、僕に粥の新しい椀を差し出してきたのは、昼間絡んできた大男だった。
「ありがとうございます。ちょうど取りに行こうと思ってたんですよ」
「ふん」
そして鼻を鳴らし、そっぽを向く。僕は一応受け取るも、一度は敵意を持たれた相手である。左手で持った椀を、気付かれないように魔力で探った。
結果は、先程の粥と同じものだった。細工などはされていないらしい。
気付かれてはいないようだが、失礼なことをした。
何もないところを疑ってしまったことで、少し恥ずかしかった。
「昼間は悪かったな。お前がどんな奴か知らなくてよ」
「特に何もなかったと思いますし、大丈夫です」
喋りながら粥を啜る。このお粥はやっぱり美味しい。クラリセンの避難民向けに作られているからか、クラリセンで食べたようなスパイシーな味付けが何故か懐かしい。
「だが、明日は負けねえ。功を立てるのは俺だ」
そう宣言する大男の顔は、昼間と違って凜然として見えた。
粥の肉は何の肉だろうか。鳥でもないし、豚のようなクッキリとした脂身が見える。
「ハハハ、勇ましいのう。じゃが、そういうのはいかんなあ!」
オラヴが話に入ってくる。何処からか新しい酒瓶を持ってきたらしく、手に持った瓶の数がまた増えていた。
「おっさんも、世話かけたな」
オラヴの意図を察していたらしい。殊勝にも、大男はオラヴに頭を下げた。
「儂はお主を殴りつけただけじゃ。何もしとらんな。それよりも、功を焦るでないぞ。戦場では、そういう奴から死んでくんじゃ」
「ストゥルソン殿は死にそうにありませんね」
「褒めるな、褒めるな」
僕の軽口に、オラヴは頬を染めて照れる。いや、顔が赤いのは酒のせいか。
「まあ、お主も飲め飲め! 酒は酔ってこそ楽しみがわかるというものよ!」
オラヴは大男の持っている杯に酒をなみなみと注いだ。
「あんたまだ酔ってねえのかよ」
恐る恐る、と言う風に大男は杯に口を付ける。流石にオラヴのようにごくごくと喉を鳴らして飲むことは出来ないようで、ちびちびと飲んでいった。
「じゃ、じゃあ明日は、……お互い、死なないようにしようぜ」
そして、これ以上飲まされてはいけないという顔で離れていった。その足取りはさっきよりもおぼつかなくなっていたが大丈夫だろうか。
まあ、いい大人のようだし大丈夫だろう。きっと。
それを見送ったオラヴは、少し背筋を正したように見える。
そして、先程とは打って変わって静かに口を開いた。
「それで、行ったんじゃろ? どうじゃったかの」
「……クラリセンですか。何故それを?」
「さっき<血煙>から聞いての。お主の情報が最新じゃ。是非とも聞かんといけん、そう思ったんじゃ」
「それで僕は呼ばれたんですね」
なんだ。ただ絡みに来ただけかと思ったが、用事はあったのか。
だが、期待されても困る。
「多分、ギルドの報告と大差ないですよ。というよりも、ギルドの観測手とレイトンさんのほうが古くても正確な情報だと思います」
僕の情報はあまり役に立たないと思う。ギルドのものよりは魔物の種類が増えていたが、違いはそれくらいだ。新しい情報が欲しいというのならば、明日の朝ギルドから出る偵察の方が新しく正確でもある。
そう思ったが、オラヴの求めているのは違うものらしい。
「何がどれくらいいるか、などどうでもよい。正確さなど求めてはおらん。お主の、実際に見た者の言葉が聞きたいのじゃよ。どうも奴らの情報は客観的に過ぎてのう。街が見えんのじゃ」
空の酒瓶を束ねながら、オラヴは僕を見る。いつの間にかその目は正気に戻っていた。
その視線に、何故か話さなければいけない義務感を覚えた。
僕はクラリセンで見たものを話す。食べられる街、もはや魔物の食料保管庫になったあの街の様子を、僕の見たままつぶさに語った。