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街はご飯になった

若干グロ注意?

 


 そういえば、テトラは大丈夫だろうか。

 戦ったところは少ししか見ていないが、それでもテトラが魔物に後れを取るとは思えない。

 逃げ延びてはいるのだろう。だが何処に逃げたのだろうか。


 先程のレイトンの言葉からすると、レイトンとテトラは会っていないと思う。

 ならばきっと、この開拓村にはいない。

 作戦中か、作戦後か、会えることを期待しよう。


 無事でいて欲しい。その願望から、僕はテトラのことを考えるのを意識してやめた。





 村を出る。念のため、開拓村を出てすぐに透明化する。

 目指すはクラリセンだ。魔物を刺激しないようにというのは、要はバレなければ良いのだ。隠密行動すれば、見つからない自信はある。

 見つからないようにするために魔力探査も出来ないが、それはまあ仕方が無いだろう。



 曇り空を覆う雲は黒く分厚く、今にも雨が降りそうになっていた。

 時折湿った風が吹いてくる。

 早く行こう。体の周りに水滴があるだけで、透明化魔法で使う魔力が増えてしまう。


 血と肉に塗れた最低の戦場。先程の話を聞いたからか、歩幅が若干小さくなっていた。





 歩く足に、ジャリジャリとした感触が増える。

 クラリセンの周囲には石畳が敷かれているが、開拓村からクラリセンまでを結ぶ街道の中程までは、ただ砂が敷かれているらしい。

 だが砂よりはやはり根の方が強いらしく、砂地だったであろう部分はもう殆どネルグの根で覆われている。



 道中、魔物以外とも遭遇する。

 はぐれたのだろうか。一匹の兎が、街道を横切るように跳ねていた。

 もう道は石畳となり、段差もなく歩きやすい道だ。ピョンピョンと跳ねて、人の手の入ったその道を使う。


 それを見て、少し和んだ。まだ、この森にも無力な兎が住む余裕があるのだ。

 立ち止まり、耳を動かし辺りを探る仕草を見て、何故かホッとした。



 次の瞬間、地面が割れるまでは。


 轟音と共に、何者かの牙が見えた。

 慌てて飛び退き、地面に手を添え着地すると、僕の目の前に巨大な爬虫類が現れた。


 以前、見たことがある。トレンチワームだ。

 口を上に向け、天に向かうようにトレンチワームはそそり立つ。

 その上部、口の辺りを見れば何か咀嚼しているように見える。


 周囲を確認すると、先程の兎はいなくなっていた。





 シュルシュルと、トレンチワームは逆再生をするように地面の中に潜っていく。

 食事は終わったらしい。

 石畳を割り現れたトレンチワームは、今度は地中の浅い部分を通って行くらしく、進む箇所にある石畳が盛り上がって壊れていった。


 その痕跡を追い、まだ見えないクラリセンに視線を向ける。

 まだクラリセンは見えない。

 だが、実感する。ここはもう、魔物の領域だ。ここはもう、クラリセンなのだ。




 透明化している今、僕個人が狙われる事は無いだろう。

 しかし巻き添えを食う可能性はある。慎重に行動しなければいけないのだ。

 障壁を張り直す。もう一度、気を引き締めていこう。




 街の入り口、門のところへ立つ。

 もはや人影は無く、あのときと同じ場所だとは思えない。

 ここから見ても、黒く変色した地面が見える。その石畳を変色させた液体の正体は、あまり考えたくはなかった。

 そして、外にまで香ってくるこの匂い。鉄の匂いに、卵の腐ったような目にしみる匂い。

 その匂いが、一層僕の歩みを阻んでいた。


 奥歯を噛み締め、頬を張る。

 僕はちゃんと見なくてはいけない。今ここで中を見なくとも、明日見ることになる。

 もしもその時に足を止めては、戦闘の邪魔になる。


 人が大勢死んでいる。それに対する忌避感はあって当然で、無くすべきではないだろう。

 だが、明日僕が生きるためには、今日ここで中を見なければいけないのだ。

 一歩踏み出す。その忌避感を心の何処かへ追いやって、僕は足を踏み入れた。




 踏み込んだ中ですぐ感じたのは、やはり匂いだ。

 鉄の匂いなどではない。卵の腐ったような匂いではない。


 これは、血の匂いだ。肉の腐った匂いだ。

 そう、否応なく実感する。

 目の前に立ち並ぶ、石造りの建物。その壁には飛沫が飛び、所々赤い塊がこびりついていた。


 そして、当然だが魔物がいる。

 ビチビチと、何かを引き千切る音と布が裂ける音が重なる。そちらを見ると、蹲った大犬が()()に夢中で齧り付いていた。

 悲鳴は聞こえない。

 もはや顔も見えないが、その人はもう絶命している。

 ものを食べる、食事という行為。それは僕もいつもしているはずだが、見ていれられなくて、思わず目を背けた。



 そんな光景が、この街には満ちているようだ。


 何かの気配がして半壊した家の中を覗き込めば、薄暗闇からヌッと大犬が姿を見せる。

 その口には黒ずんだピンク色の管が咥えられており、咀嚼を始めると端がブルブルと暴れた。

 空気も一緒に飲み込むように、その大犬は美味しそうにそれを頬張る。まるで腸詰めを与えられて尾を振る犬のように見えた。



 通りかかった路地の中、壁にもたれ掛かるように人が座っている。

 一瞬驚き、生きているのかと思い歩み寄った。

 しかし、当然のように死んでいた。


 柔らかい眼球は全て啄まれているようで、黒く穴が空いている。

 肌はひび割れ、ピンク色の内皮が筋のように見えていた。


 先程から続くあまりにも酷い光景に麻痺してきたのか、嫌悪感より好奇心が勝る。

 何故、眼球以外食べられていないのだろうか。

 まだ可食部分は残っているだろうに、この男性は何故綺麗に体が残っているのだろうか。


 その疑問はすぐに氷解する。

 路地の両脇にある屋根から、雀のような小鳥が舞い降りた。尾に毒針を持つ毒鳥、ステニアーバードだ。

 僕に気がついているわけではないようで、文字通り僕を無視して目の前の死体の肩に止まった。

 何をするのだろうか。そう思った次の瞬間、毒鳥はその頬を嘴で突く。


「……ぃい!?」

 思わず驚きの叫びが上がりそうになり、何とか堪える。

 声を上げても消音してるから問題は無いのだが、一度叫べばもう僕には何かに耐えられなくなる気がした。


 突かれた死体の肌が破れ、肉が裂ける。

 そして引き抜かれたその嘴の先には、小さな芋虫が咥えられている。


 それを見て合点がいく。ああ、なるほど。

 芋虫ではない。これは蛆虫だ。

 死体を放置し、そこに沸いた蛆虫を食べるための仕掛けか。

 さながら、この死体は小鳥たちの餌箱なのだ。


 しかし、ネルグの蝿の繁殖力も凄い。二日前に作られた死体に、もう蛆が沸いている。

 ここで食べられずに上手く飛び立てれば、またそこから増えていくのだろう。


 芋虫自体は僕の食料でもある。こういったところで増えるのはありがたいことなのかもしれない。

 だが、肌の下で蠢く虫たちを見ても、僕の食欲が沸くことはなかった。





 気を取り直し、意識して無感情に僕は周囲を見回す。

 惨状ばかり見てはいけない。

 この街に来た一番の目的は、敵情の視察だ。

 どんな魔物がいるか、どのくらいの数いるのか、分布はどんなものなのか。

 それを調べなければ来た意味が無いのだ。


 死体は、無視していかなければ。

 壁にこびりついた肉片と髪の毛など、今はどうでもいい。

 無造作に転がっている片足など、意に介している暇はない。


 無意識に歯を食いしばっていた。目を擦ると、袖に水の跡が付く。

 早く、調べて開拓村に戻ろう。

 まだ雨は降っていないのに、見つめた手の甲に水滴が垂れた。



 やはり、偵察であれば上空からの方がいいだろう。

 僕は上空へ飛び上がり、街を見下ろす。

 そこでは以前のように、働き蟻が蜜に群がっているような光景が広がっている。

 もっとも、もうその生き物は人ではなく、魔物達だったが。


 種類はというと、やはりギルドの報告は信頼出来るらしい。

 何かを漁る大犬たちに、街を蝿のように飛び回るステニアーバードたち。街の一角で穴を掘っているのは羽長蟻だろう。


 だが、報告にない魔物もいる。

 黄色地に黒い筋、つまり虎のような柄の牛が見える。名前は知らないが、たしか周囲の地面を泥に変える魔法を使っていた。

 いくつかの広場で、笑い声が響いている。勿論それも人ではない。集まっているのは(からす)のような(とり)だったが、三つ首で尻尾も多い魔物。これも、名前を知らない。


 あとは姿は見えないが、先程見たトレンチワームもいるだろう。

 この分なら、他の魔物も集まってきてもおかしくはない。


 数もやはり凄まじい。

 適当な範囲で区切り、そこの数を数える。魔物の密度がどこも同じと考えて、その数を使い適当に概算すると、千を越えていた。

 地中にいたり建物の中にいたりで、数えられていない魔物もいるだろう。そう考えると、その倍はいてもおかしくはない。


 レイトンはこれを一人で相手取れると言っていたが、本当だろうか。

 まあそこは、レイトンを使っていたグスタフさん達を信じよう。




 しかし、やはり不思議だ。職員もレイトンも、クラリセンの中で魔物達は大人しくしていると言っていた。

 その言葉通り、クラリセンにいる魔物達は、出て行く気が無いように思える。それに、魔物同士で争っていないのだ。

 同族でも別種族でも、これだけ近くに居れば縄張り争いの一つや二つあるはずなのに。


 死体が満ちあふれて餌が豊富だから?

 ……いや違う。

 そういえば、レイトンは言っていた。「統制が崩れて」と。

 つまり、今は統制が取れている状態なわけだ。

 ならば、統制を取っている何かが……いや、統制を取っている誰かがいる?


 それは魔物だろうか……それとも……。


 ……嫌な考えが浮かんで、思考を断ち切る。

 そうだ。まずはこの魔物を片付けるのに腐心すべきだ。その後のことはそれから考えよう。

 原因が何であれ、ここに今いる魔物達が他の街に侵攻しないとは限らない。これを今は解決すべきだ。


 目を閉じ頭を振る。

 脳裏に浮かんだ懸念を、僕は必死に押さえ込んだ。




 天を仰ぎ、僕は息を吐く。

 上空まで悪臭は漂ってこない。深呼吸をしても、湿った空気が肺に入ってくるだけだった。


 ……偵察は終わりだ。

 正直、もう下に降りて街を見たくはない。

 振り返らずに、開拓村へ戻ろう。ネルグを見れば、その緑がやけに眩しい。




 結局村に戻っても、夕方になるまで僕の食欲が戻ることは無かった。






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