知られた名前
「おい、なあ、手前の話してんだよわかってんのか」
怒りが収まらない様子で、大男は僕に詰め寄り早口で捲し立てる。
これは、どう対応すべきだろうか。職員の影に隠れ、やり過ごすのが無難かな。
元から若干職員よりに立っていた僕が職員の方に身を引くと、一歩踏み出した大男が集団から孤立する形になる。
大男は周囲を見回し、自らの立場を自覚したようで一瞬表情を固めた。
恐らくもう、理解した。ギルドの職員は大男の味方ではない。
そして、他の探索者も不満はあるかも知れないが、ギルドとの間に軋轢を残さないために、この場は静観する。
この孤立は、大男の立場を示してもいるのだ。
しかし、後にはもう引けないのだろう。
「まったく、手前みてえなガキがここにいるから変な話になってんだよ。出て行くのはお前だ」
言葉を続ける。あくまで僕が悪いことをしており、自分が正しいのだと、言葉を募らせる。
だが、僕は呼ばれてここにいるのだ。
「……指名依頼破棄の補償金を払って頂けるのでしたら、大人しく帰りますけど」
ここにいるのは僕の意思ではない。クラリセンの救援には行く気だが、別にこの集団に参加しなくとも構わない。その場合、個人的に行く。
「そ、それは困ります、重要な戦力に欠けられてしまっては」
「お前が指名依頼いぃ!? 馬鹿なこと言ってんじゃねえよ! わかった、わかった、俺がつまみ出してやるから」
僕の言葉に、職員と大男は同時に反応する。
大男は困る職員の言葉に耳を傾けることもせず、もう一歩僕に対し踏み込もうとした。
しかし、大男の行動はそこで終わる。
「和を乱すなド阿呆!!」
「ガッ……」
突然、振り下ろされた拳。二メートルはある大男よりさらに頭一つ大きな男性のその拳が、大男を叩き伏せた。
呆気にとられた僕と職員、そして周囲の探索者。
その後一番早く動き出したのは職員だった。
「オラヴ様!」
「おう、元気良さそうな若衆だったが、すまんな。勝手にやらせて貰った」
豪快に笑っている、オラヴと呼ばれた探索者であろう男。
大男の背後に立つその手腕は見事だった。だがそれ以上に不思議なことも起きていた。
先程までは確かに部屋の中にもいなかったのだ。それなりに目を引く見た目にも関わらず、僕は彼がいつここに来たのかわからなかった。
「悪いが、さっき指名依頼に気がついてのう。今来たんじゃ。集合時間に遅れちゃあいるけんども、今から参加させてもろうても良いか?」
「ええ。それはもちろんです」
しかも、今来たのだという。
ならばこの男は、僕にも気付かれないような隠密性の高い動きで会議室に忍び入り、大男の背後に立つという離れ業をやってのけたのだ。
オラヴが僕の方を見た。そしてニヤリと笑った。
「お主が<狐砕き>か。噂は聞いておるぞぉ。一度手合わせを願いたいものじゃったが、こんな場所で会うとはのう」
「<狐砕き>って……」
文脈的には異名だが……もしや、僕の。
「違うかの? 黒い外套に、その容貌。何よりその迸る武威。<狐砕き>のカラスと見受けたが」
「たしかに、カラスと申します。そんな異名は僕自身初めて聞きましたがね」
僕がそう同意すると、探索者達の中で五,六人程度が驚きの息を漏らしたのが感じられた。
なるほど、探索者の中でも僕は少しは知られてきているらしい。
驚かなかった者は知っていたのか、信じていないのか、それともその<狐砕き>自体を知らないのかはわからない。だが、知られてきているというのは少し喜ばしいものだ。
「ははぁ、まあ、自ら名乗ってないのならそんなもんかのう」
からからとオラヴは笑う。
悪い人ではないらしい。そんな気がした。
そこに叩き伏せられている彼も、怪我をしている様子はない。
きっと、オラヴが彼を叩き伏せたのは、孤立しつつあった彼を助ける意図もあったのだろう。
彼がその意図をくみ取るのかどうかは知らないが、このあとまた僕に絡んでこないことを祈るばかりだ。
「では、オラヴ様以外の方は、これよりイラインを出発して頂きます。騎獣のご用命は、依頼受注の窓口までお願いします」
職員は声を張り上げる。その声に、探索者たちは動き出した。
僕も行こう。
「オラヴ様には改めて説明を……」
「おう、頼んだ」
職員に声を掛けられたオラヴは一度そちらを向き、そこで一旦動きを止めてからこちらを見た。
「カラス、挨拶はまた後ほど、改めてさせてもらう」
「ええ、今度ゆっくりとお願いします」
そして黙って手を挙げて、今度こそ職員の方を向いた。
話し始めた二人を横目に、僕も会議室を後にするのだった。