変わったこと
競売以降、僕の生活は少し変わった。
というか、僕にしては劇的な変化だ。
具体的に言えば、指名依頼が増えたのだ。それも、一番街の富裕層からのものが。
今日も僕は、ネルグの中層へ薬草採取に来ている。
狙う薬草は鬼草。赤い茎の葵のような植物で、以前嫌忌剤として使った無条に似ているが、稲のような花を咲かせる。本来真夏にしか咲かないらしいが、ネルグの中層であれば季節に関係なく周期的に花を咲かせているようだ。
乾燥させた花の、その炙られた煙は憂さを晴らすという。
……僕自身使ったことはないが、依存性があるそうだ。
僕は使わないでおこう。
鬼草の花は周期的に咲くとはいえ、僕が今回その群生地を探し出したときにはまだ蕾が綻んでいる段階だった。
後一日二日で咲くだろう。それに、依頼の期限は充分先だ。
他の花を探してもいいが、ここでのんびり待つとしよう。そう思い、その横に野営し始めたのが昨日のことだった。
富裕層からの指名依頼は、やはりこういった採取依頼が多い。
イラインから千里以上ネルグに近付いたこの中層まで、入ってこれる探索者はそう多くないらしい。そして、入ってこれる剛の者は本草学の知識に乏しい者が殆どだ。
結果として、知識も力もそれなりにある僕に白羽の矢が立つことになる。
おかげで仕事が途切れない。
もう二週間以上、探索業務をこなし続けている。
流石にそろそろ休みが欲しい。
富裕層からの注文で金貨が貯まっていくが、それを使う時間が無いのだ。
密かな、そして贅沢な悩みだった。
昼過ぎにはもう花は咲いていた。
これを下の茎ごと切り落とし、籠に入れていく。
折りたたみの籠が一杯になり、持ってきた荷物を合わせるとそこそこ大荷物となる。
あとはこれを抱えて、イラインまで帰ればいい。
いつものように走り出す。
イラインに着くのは、明日の昼前だろうか。
成長期なのでお腹は空く。結果道中何回も食事を取ったため、到着は遅れてしまった。
昼過ぎにイラインへ到着し、ギルドへ直行する。もはや顔も知れているため、門番から止められることはない。たとえ背中に大きな荷物を背負っていたとしても、ただ一言挨拶を交わすだけだ。
顔が知れ渡るということによる利点の中で、僕はこれが一番ありがたかった。
ギルドの依頼達成報告カウンターの職員も、もはや僕のバッジを確認するまでもない。
ただ歩み寄るだけで、会釈をしてスムーズに手続きに入る。
そうして普通に生活できるようになり、煩わしい問答ややりとりも少なくなった。
競売の後、ようやくこの街に受け入れられた気がした。
そんな生活が何日も何週間も続いたある日のこと。
ある朝、ギルドへ向かい歩く僕の下に一羽の鵲が舞い降りた。
それ自体は驚くべきことでは無い。指名依頼が入ると、ほぼ毎回この鳥によって知らせが来るのだ。
その脚に巻き付けてある手紙を取る。また恐らく、指名依頼のために可及的速やかにギルドへ来い、という指示だろう。
僕はそう楽観的に考えて、手紙を開いた。それはやはり、ギルドへの召喚命令だった。
そこには『至急』と添えられていたが、僕はそこを気にせず、そのままギルドへと向かった。
「お待ちしておりました」
いつものように、依頼受注カウンターにいたオルガさんに声を掛けると、今日はいつもと雰囲気が違っている。
そして、指示も違っていた。
「申し訳ありませんが、第一会議室の方へお願いします。他の皆様にもお集まり頂いておりますので少々お待ち頂きます」
「あれ? 今日は指名依頼じゃないんですか?」
その質問に、オルガさんは人差し指で机を叩きながら答える。イライラしているようではないが、何か落ち着かない感じだ。
「いえ。確かに、カラス様へは指名依頼となっております。ただ、他にも何人か指名依頼の方がいらっしゃいますし、そして自由参加の探索者も多数おりますので」
「……わかりました。ちなみに、内容は今聞けますか?」
「そちらの依頼掲示板に掲示されておりますが、詳しくは会議室の方で職員に尋ねた方がよろしいかと。簡単に言いますと、大規模な討伐依頼です」
「討伐依頼ですか。珍しいですね」
狐を討伐したということで名を売った僕だが、それでも討伐依頼はあまり出されていない。
特に規定があるわけでもないが、指名依頼というのは一般的に高額だ。
その高額な依頼料を払える人間というのは、当然富裕層が多いということになる。
そして主に富裕層が住んでいるのは街の中央部付近であり、当然獣害は出ない。
獣害が出るのは街の外側か、外の土地なのだが……この街に住まう富裕層、貴族や商人達は必ずしも街の外に土地を持っているわけでもない。なので、獣害に対する優先順位が低くなる。
結果として、やはり僕に出されるのは主に採取依頼となっているのだ。
恐らく同様に、人間相手への討伐依頼が出されてもおかしくはないのだろうが、そちらが出されたことは無い。そういうものは、レシッド達が独占して請け負っているのだろう。
そんな僕に、討伐依頼が出される。
何か理由があるのだろうか。それに、多くの人間が集められているというのも気になる。
何か特殊な事件だろうか。戦争など、そんなものが突発的に起こるとは思えない。
いったい、何をするのだろうか。
僕はオルガさんへの挨拶もそこそこに、会議室に足を踏み入れた。
会議室の中。
集まっている探索者は二十名以上いた。それぞれ、椅子に腰掛ける者や壁にもたれ掛かる者、ただ立っている者や隣の者と喋り続ける者、皆思い思いに待機していた。
その部屋の隅で、机に座り書類と睨合っている男性。何度か見たことがある職員だった。
歩み寄ると、向こうの方も僕に気がついたようで立ち上がり、小走りで僕に駆け寄ってくる。
「良かった。連絡が付く色つきの方が少なく……あと何人かしかいらっしゃいませんで……」
男性は、安堵した様子で息を吐く。肩でも抱かれそうなほどの歓待ぶりだった。
僕はその様子を見て、若干引き気味に尋ねた。
「喜んで頂いて何よりなのですが、どんな依頼だか僕も把握していないんですけれど……」
「ああ、はい。説明いたしますとも。もちろんでございます。まずは状況の説明を」
何度も頷きながら、職員は組んだ両手に力を込めた。
そして次に吐き出されたその言葉に、僕は心底驚くことになる。
「クラリセンという、ネルグの浅層にある街をご存じでしょうか」
「ええ……知ってます。行ったこともありますし」
思わぬ街の名前に、僕の思考が一瞬止まる。まさか、また何か。
「それならば、話は早い。その街が、壊滅しました」
「え?」
一言で済む、簡単な言葉。
その簡単な言葉を、僕はしばらく理解出来なかった。