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予想は出来ていた

 



「皆様、お待たせしました!」

 声を張り上げて、白いスーツを着た司会者が注目を集める。

「これより、定期一等競売会を始めさせていただきます!」

 そして仰々しく腕を広げ、宣言した。



 場内に拍手が溢れる。

 中には二百人以上の人がいるだろう。貴族然とした小綺麗な格好の者や、それに傅く使用人のような者たち、そして僕のように綺麗な服を着慣れていないような者もいる。

 人が多く、当然活気がある、だがそれ以上に上品さのようなものが感じられた。


 僕がこの人生で見た人の多い場所は、酒場や食堂、ギルド、それと街中。そんなものだ。

 だがここは、そう言った所の何処とも違う。

 煌びやかな世界。誰も彼もが身を小綺麗にし、香水の匂いに輝く装飾を纏う。

 この雰囲気は、まさしく異世界だ。


 見上げれば、蝋燭が大量に使われたシャンデリアがやけに眩しく感じられた。




「……注意事項は以上です。では早速、最初の商品と参りましょう!」


 僕が雰囲気に飲まれている間に、なにやら注意が終わったらしい。

 聞き流してはいたが、『飲食の禁止』や『落札後の物言いの禁止』などの僕がしないことばかりだったと思うので大丈夫だろう。



「まずはこちら、その武で家を興し今なお隆盛を誇る、さる名家からの一品です」

 幕が捲られる。台の上には柄と鍔のみの、刃の無いおそらく剣であろう物体が掛けられていた。

 観客にどよめきが広がる。

「刃を形作るのは水! 殺せば(かたき)の血を啜り、傷口は濡れて固まらぬという魔剣、ダーインスレイヴ!」


 司会者がそう品目を言い終わらぬうちに、鋳造されたような金属の人形がステージに運ばれてきた。

 そして、運んできた男性はおもむろにその剣に手を掛け、闘気を活性化させた。


 すると鍔の先、通常であれば刃がついている箇所に、みるみる透き通った水が生成されていく。

 僅か数秒で、そこには光を屈折させる透明な刃が形作られていた。

 男がそれを軽く振ると、観客からまた声が上がった。


「皆様の中には、『あの噂は本当なのか!?』『尾ひれが付いただけだろう?』、そんな風に疑う方もおりましょう。しかし、そんなことはありません。血を流すことは出来ませんが、その性能の一端を今お見せします!」



 ……噂? どういうものだろうか。

 疑問に思う僕から何かを察したのか、ステージからは目を離さずに、オルガさんが解説してくれた。

「……あの剣は、ストゥルソン家の当主が二十年ほど前に振るったとされた魔剣ですね」

「二十年前、というと……ムジカルとの戦ですか」

「ええ。当時まだ一介の探索者だった彼はとある大きな戦場に参加、ダーインスレイヴを手にムジカルの軍勢数百人を討ち取りました。その時の功績で、彼は爵位を得たそうです」

「そんな話が。でもそれは、魔剣が強いというよりも、その人が強かったんじゃないですか?」

 それは魔道具の性能を表す話ではない。デンアであれば、魔道具などなくともそれくらい軽いだろう。

 今ここで証明することなど出来ない。


 オルガさんは頷くと、僕を見て目を細めた。

「その話だけ聞くとそうなるかもしれません。ですが、さらに逸話がつくのです」

「魔剣の力を使った、ですか。どういったものでしょう」

「打ち倒した軍勢の血、その血を吸い巨大化した刃で、敵陣ごと敵の司令官を斬殺したそうです」

 オルガさんはバットのスイング解説のように、合わせて握った拳を左から右へ振った。



 その様子を見て、僕の脳裏に凄惨な映像が浮かぶ。

 敵陣ごとというからには、もはやその攻撃は一個人の放つようなものでもなく、戦術兵器のようなものだったのだろう。

 そして、横薙ぎ。

 陣地を上下に分けるその斬撃により、胴が両断される一部隊。

 流れた血は、相当な量だっただろうに。


「まあ流石に、血を吸って巨大化する刃などはここで再現出来ないと思われますし、あの人形を見るに、ここで行うのは切れ味の実演でしょう」


 オルガさんが喋り終わった辺りで、準備が完了したらしい。

 ステージの上が、少し緊張した空気になった気がした。



 司会者の目配せに、剣を持った男性は頷く。

 そして、剣を振りかぶり、唐竹割り。


 まるで粘土に刃を食い込ませるように、抵抗なく入っていく水の剣。


 逆八の字に分かれる鉄の人形。

 二つに分かれたそれが、ゴトン、と重たい音を立ててステージに転がった。

「まるで泥を切るかの如く! 戦場で振るえば、まるで嵐のように軍勢を割るでしょう」

 そしてそこで言葉を切り、周囲を見回してから、司会者は入札を開始する。

「それでは、金貨一枚からお願いいたします!」


 その声を皮切りに、所々で参加者達が手を上げる。

 その手は人差し指を立てたり親指を立てたり、皆それぞれ違うがいくつかの種類の仕草をしていた。


 これはあれか、手やりというやつだろうか。

 その仕草に合わせて、司会者は値を吊り上げていく。


「金貨三十、三十一、おおっと、四十出ました! 他には……」

 その辺まで来ると、諦めたのか手を下げていく参加者達。今の時点で残っているのは二人だ。

 残った二人はお互いをチラリと確認すると。また様々に仕草を変えていった。


 やがて、一人が悔しそうに手を下げる。

 残ったのは、頬の痩けをカイゼル髭を生やして隠しているような、五十代くらいの紳士だった。


「では、金貨四十六枚で落札です!」

 司会者がそう言うと、また拍手が沸いた。紳士はそれを満足げに見回し、ある一点で目を止める。


 ある一点。つまり、僕。

 その目は真っ直ぐに、僕を見ていた。



 僕は戸惑いオルガさんに助けを求める。

 オルガさんは、鼻歌でも歌いそうな雰囲気でステージを見つめていた。


「ねえ、あの、オルガさん」

「何でしょう」

 僕の方へ振り向き、オルガさんは首を僅かに傾げる。気付いていないらしい。


「今落札した人が、ずっとこっち見てくるんですけど……」

 気のせいかとも思いたいが、これだけ時間が経っても目を逸らさないのだ。

 確実に、気のせいでは無い。

 一度はばっちり目があってしまった。目を逸らしてから視界の端で見てはいるが、まだこちらを見ている。


 オルガさんはそちらをそれとなく確認すると、気分を害したような雰囲気でステージの方を向いた。

「……向こうを見ずに、お聞きください」

「ええ、はい」

 一度溜め息を吐いてから、オルガさんは続けた。

「……あの方は、サーベラス家の現当主です」

「ええと、あの、グラニーの親ですか」

「ギリアン・アルノー・サーベラス。グラニー様、……グランヴィル・パンサ・サーベラス様の父親ですね」

 横を向いて、僅かに苦々しい顔を見せながら、オルガさんは呟いた。

「こっちまで手は回さない、ですか。相変わらず執行部は」


 本来なら僕には聞こえないくらいの小声だったため、独り言だろうし聞き返しはしない。きっとギルドへの文句だった。聞かなかったことにしておこう。


 それよりも。

「あの方、僕に何か用事でもあるんでしょうか」

「あるのでしょうね。ですが、どう見ても好意的な目ではありませんし、興味深そうな目でもありません。彼らが今出来る中で、この場で済む正当性のあるものというと……」


 口の端を歪め、オルガさんは悩む。

 そして言葉を切り、眉を顰めながら言った。


「申し訳ありません。これから私の言う言葉を覚えてください。その知識は恐らくすぐに使うことになるでしょう。そしてその時は、それを出来る限り忠実に行ってください」

「え? どういうことですか?」

「付け焼き刃ですが仕方がありません。使わなければ、その時は良かったと笑ってください」

「……それは、サーベラス家の当主に何か関係が?」

「はい。サーベラス卿が貴方に、意趣返しをする可能性があります」

「意趣返し」


 薄々危惧はしていたが、やはり奴らの実家からの復讐か。

 まあ、息子の歯を全部折られて怒らない親は少ないだろう。

 それに、巻き込まれるのも承知で決闘を受けたのだ。仕方ない。


 サーベラス卿の目線が外れる。その横顔は、笑っているように見えた。

 オルガさんはそれを苦々しく見つめながら続けた。

「恐らく今日中に、サーベラス卿は貴方に接触を図るでしょう。口実は何かわかりませんが、その接触自体は短時間で終わります」

「それはどういう……」

「質問は後でまとめてください」

 懇願するような視線に、僕は怯んだ。

「もしそうなれば、貴方がサーベラス卿に対して謁見するそのとき、卿は謁見に乗じて貴方を罰します。爵位を持つ彼にとっては、それが貴方を罰する最大の好機ですから」



 ステージを見れば、次は宙を蹴る靴の紹介が始まっている。

 まるで見えない階段があるかのように、紹介者の男性が宙を駆け上がっていった。



「だから、貴方はそこを切り抜けなければならない。そのために、貴方に覚えていただかなければいけないことが多数あります」

 言い終わり、時計を取り出すとまた溜め息を吐いた。

「十二の鐘が鳴るころ、午前の部は終わります。それまでの半刻(一時間)と少し、すいませんがお付き合い願います」

 そして、オルガさんもステージに目を戻す。



 会話の間にも続いていた競売。入札が終わり、周囲が歓声に包まれる。


 落札される、魔道具の靴。

 金貨二十八枚で落札されたその靴を買ったのは、またもやサーベラス卿だった。





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