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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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街に着いて

 大きな街、第一印象がそれだった。

 商隊は検問を通る。商品に対する税金だろうか、衛兵達は商品を見ては手元の紙に何かを記していく。慣れているその作業が終わり、すぐに街の中に馬車は進む。


 石造りの建物が多い。他の村は二つしか見ていないが、それでもほとんどの建物が木造だった。やはり、ネルグから離れると違うのだろうか。

 道の様子も全然違う。根が地面に無いからか、硬く踏み固められた土の地面は平らで、馬車の揺れも少なくなった。


「あー、では、私の商店に行きましょう。そちらで契約完了ということで」

「わかりました」

 キリアとキサンも別れる。専属契約では無いのか、行商の度に契約を行うようだ。

 無事、大きな街に着いた。勝手に決めたことだが、これで僕も、彼らと同行する意味が無い。

 ここでお別れだ。彼らに背を向け、歩き出した。



 流石に大きな街だ。人が多い。そして当然、店も多い。業種も様々だ。村に殆ど無かった飲食店や宿屋、服屋なんてものもある。

 服屋と言えば、道行く人の服装も様々で、見ていて面白い。鎧を着ている青年や、やけに露出度の高い老人、細いリボンのような布をぐるぐる巻いて膨らんでいる少女など、色んな人がいる。利便性を考えてもよくわからない。


「ほらほら、今日は良い魚が入ってるよ!」

「奥さん、今日も綺麗だね! こいつとか買ってかねえか?」

 活気もある。道行く人が多いからだろう。啖呵売の類も多い。村には無かった物だ。


 商店を見ていて気付いた。僕は、お金を持っていない。

 ここで店を眺めていても、その店を使うための対価を僕は持っていないのだ。それによく考えてみたら、お金の相場もよくわかっていないのだ。

 ここにいても何も出来ない。何か、お金を手に入れなければ。そう考えても、何も浮かばない。出たとこ勝負で村を出たのだ、何も方策が無い。

 見た目は普通の薄汚れた五歳児だ。商売など、もちろん出来ない。


 後先考えずに村を出た結果がこれだ。僕は苦笑する。

 村を出て生活すると決めたのに、未だ僕には何も出来ないのだ。


 グウとお腹が鳴る。

 こうしていても仕方が無い。まずは腹ごしらえだ。

 街の外の森で、いつものように狩りをしよう。

 街についてすぐに、僕はまた森に戻るのだった。


 鳥は、この森でも美味しかった。




 腹を満たし、落ち着いて考える。

 このまま野生の人間として生きていってもいいとは思うが、他の人間のように、街を利用して生きてもみたい。街で並ぶ建物を見て、素直にそう思った。

 それに、馬車の上で決めたのだ。今度は、隠れないで生きようと。陽にあたって生活しようと決めたのだ。

 ならば、まずは街の中で生きなくてはならない。決意を新たに、僕は立ち上がる。

 自分の影を見たのは、久しぶりな気がした。



 街の中をブラブラと見回る。

 まずは、仕事だろうか。といっても、何も思い浮かばない。

 村で見ていた限りでは、皆それぞれの家業についていた。村から出て行くことを考えている者すら殆どいなかった。キーチはその例外だ。

 家業など、僕には継げない。そもそも、家業が無いのだから。実際にはあったのかもしれないが、両親の顔も名前も職業も知らないのだ。そんなものを継げるわけが無い。


 就職はどうすれば良いのだろうか。思い返してみても、参考に出来る人はいない。

 しかし、それぐらいで決意は変わらない。森に帰っても良いが、まだやりようはある。



 というのは、視界の端に映った浮浪児らしい子供を見たからこそ思えたことだ。

 見た目は今の僕と同じか、それより少し大きいくらい。失礼な話だが、汚れた簡素な衣服にボサボサの髪、痩せたその手足を見るに、おそらく浮浪児だろう。

 彼が生きていけるのだ。保護者がいて、普通の生活をしている子供かもしれないが、それならそのときだ。

 彼を見ていれば、きっと飯の種が見つかる。僕にも出来ることがあるはずだ。

 そう信じて、じっと待つ。通路の端、壁によりかかり、路地から通路を窺う彼の行動をさりげなく見ていた。




 その行動は、突然だった。

 彼は突然人混みの中に踏み出したかと思うと、スルスルと雑踏を抜けて一人の男性に近づいていった。

 そうして、その禿げ上がった男性の手にある革袋を素早く奪い取ると、また走り出した。


「待てえぇぇぇ!」

 男性が叫び、走り出す。しかし、人混みに紛れて逃げる少年を追うのは難しいようだ。

 叫び声を聞いた周囲の者は、まず男性を見て、それから走る少年を見る。そうした後、驚きの表情で道をあけた。

「ちっ」

 誰も追おうとはしない群衆に舌打ちをしつつ、男性は少年を追う。しかし、舌打ちしたいのは少年も同じだった。自分が紛れられる人混みが無くなったのだ。ここからはもう、脚力の勝負である。


 僕は、呆気にとられてそれを見ていた。

 なるほど、少年の生業はひったくりだったのだ。

 そうか、……なんて落ち着いている場合ではない! 僕はすぐに追跡を始めた。


 モーゼの十戒のように、割れた群衆の中を目立たないように走っていく。目立たないのは簡単だ。皆の視線は、ひったくられた男に集まっている。


 少年は走る。どこかを目指しているように、迷い無くまっすぐに。慣れているのか、かなり速い。

 男性も僕もそれを追いかけるが、なかなか追いつけない。

 仕方なく、目立たない路地裏に一度駆け込み、透明化を使う。そうして、空を飛んで追いかける。これならば、余裕を持って追っていけるだろう。



 しばらくすると、やはり身体の大きさの違いのせいだろう、男性が少年に追いつきそうになっていた。

「待てこのクソガキが!」

 男性の手が、少年の首の後ろに伸びる。もう手が届く。


 そのときだった。

 横から、少年を援護するように樽が転がされてきた。

「なっ」

 驚く男性、その手が一瞬止まる。

 その隙に、また少年が差を広げる。

「に、逃がすか」

 未だ走る少年が路地に飛び込む。その後を男性は追おうとして、ぴたりと止まった。それから何度も、入ろうとしては足を引き、地団駄を踏む。

 男性の顔は、苦々しく歪んでいる。そしてその路地を見回した後、唾を吐き捨て踵を返した。

「ケッ……、忌々しいガキども……」

 何故追わないのだろう。そう不思議に思った僕の耳に、捨て台詞が届く。

「スラムのゴミどもが」



 スラム、貧民街というのだろうか。僕は多分それを初めて見た。

 なるほど、見た感じからして、路地の入り口からこっちとはだいぶ違う。

 この街には少なかった木造の建物がいやに多く、そして歪な形をしている。増築を繰り返しているのだろう、隙間だらけの壁に薄い屋根、半分崩れた家屋には布が被せられているだけの所もある。


 その様子が物珍しくて、少年を見失うところだった。慌てて後を追う。

 少し奥、開けた広場のような場所を、少年は歩いていた。そして、仲間だろうか。同じぐらいの少年が駆け寄り、笑顔でハイタッチをする。先程、樽を転がしたのもこいつだろう。


「今日の稼ぎはどんなもんかな?」

「結構重いぞ、これ。もしかして、金がそのまま入ってたりして!?」

 引ったくった灰色の髪の少年は、革袋を投げ上げながら嬉しそうに話していた。

「やっぱハイロは足速えな」

「いやあ、さっきの樽は助かったぜ」

 シシシ、とハイロと呼ばれた少年は笑う。満面の笑みで前歯が見える。上の前歯が一本無かった。

「さて、金に換えよう。今日はいいもん食おう」

「おう!」

   二人は、ゴミと瓦礫が散乱した道をまっすぐ歩き始めた。



 取引は、汚い民家のような場所で行われていた。

 上には「石ころ屋」という店名だろうか、割れた看板が掲げてある。

 ハイロたちは、軋む扉を押し開け暗い店内に入っていく。

 僕は、それに合わせて店内に滑り込んだ。



「まあ、今日のところはこんなもんかな」

 皺だらけの老人が、品物をさしだす。いくつかの果実に、串に刺された魚の干物、そういった物がカウンターに並べられた。

「いや、少ないだろこれ」

 ハイロと、――リコというらしい――もう一人の少年は、口々に文句を言う。

「妥当だよ。もう一度数えてみるか?」

 老人は、革袋の中身を一つ一つ挙げていく。

「まず、鉄貨と銅貨、割られてるのを合わせて合計銅貨一枚分だ。それと、こいつは鋏研ぎか? 質の悪い砥石に使い古したヤスリ、合わせてこれも銅貨一枚ってとこだ。それと日用品の紙屑や布の切れ端、これらは全部合わせても半鉄貨一枚くらいだ」

 どうやら、重かったのは砥石らしい。

「銅貨二枚ちょっと……そんなもんか……」

 老人は、肩を落とす二人を見て溜め息を吐きながら諭す。

「まあ、またなんかあったら持ってこい。金でも品物でも、何でも替えてやるよ」


 ぶっきらぼうな説明にようやく納得した二人は、トボトボと店を出る。

「ちぇっ! 今日は良いもの食えると思ったのに」

 文句を言うハイロを、リコが肩を叩いて励ました。

 二人のお腹が同時に鳴る。

「まあ、仕方ない。早速どっかで食おうぜ」

 荷物を抱えた二人は、何処かへ歩いて消えていった。




 一部始終を見て、僕は行動を始める。

 どうやら、職を持たないスラムの住人は、この店で食べ物を得ているらしい。その食べ物を得るための糧に、盗みやひったくりなどの犯罪を繰り返している。だから、スラムの住民は善良な市民から嫌われていた。


 善良な市民から見れば、この店は害悪でしかない。 

 けれども、ここならば金が手に入るのだ。僕にとっては、ここは必要な施設だった。

 一つ気付いて苦笑する。猪が畑を漁るのと、何が違うのか。僕は自嘲した。

 しかし、僕が犯罪に手を染めなければ特に問題は無い。そう無理矢理納得する。



 僕がこの石ころ屋を利用できるかどうかはわからないが、入ってみなければわからないだろう。

 そしてもう一つ、問題がある。

 替える品物が無い。

 着の身着のままで村から出てきたのだから、当然だ。


 あの老人は、魚や果実を扱っていた。ならば、魚や果実を金に換えることも出来るだろうか。

 考えるだけでは何も始まらない。早速森に行こう。


 

 森の奥深く、まだあまり人の手が入っていないだろう場所まで飛んでいった。

 果実の場所は、正直わからない。この森では、植生がだいぶ違うのか、村でよく見ていた赤い果実が無いのだ。

 しかし代わりに、よく似た緑色の果実が生っている。これは、食べると梨のような味がした。だから僕の中では、これは梨と決めた。たしかこれと同じ果実があの店でも扱われていたはずだ。持って行こう。

 そして川を探す。これはすぐに見つかった。魚も泳いでいる。

 すぐさま魔力を広げて、念動力で二匹ほど掴む。そして、首筋に切れ目を入れると、魚はすぐに血を流して絶命した。

 近くにあった大きな葉で、魚を手早く包む。まだ水が滴っていた。

 これで、商品は手に入った。早速先程の店に行こう。




「お前、新顔だな」

 ハイロとリコのように、老人に商品を出したところ、反応が違った。こちらを見ずに、無感情に言葉を発する様は、先程と同じだが。

 魚と果実を受け取らないということではないのか、指先で触り検品をする。そして、こちらを向き直り、口を開いた。

「で、何と交換してほしいんだ? 他の食いもんか? 金か? 酒もあるぞ」

「えっと、金でお願いします」

 食べ物には困っていない。なので金を希望すると、老人は後ろの棚の金庫らしき箱を探りだす。

「小魚二匹に、形のいい梨五個……。それなら、半銅貨一枚ってところだな」

「それでいいです」

 貨幣の価値がまだよくわからない。初めての取引だ、勉強させてもらおう。

 手を差し出すと、半分に割られたコインが手に乗せられた。黒ずんだそのコインは、きっと銅貨なのだろう。


「この店では、何と何を替えてくれるんです?」

 老人は、つまらなそうにこちらを見ると、一拍おいてから語り出す。

「何でも替えてやるよ。金でも食いもんでも、生きてるもん以外ならなんでもな」

「ちなみに、僕みたいな子供の物でも買い取ってくれるんですか?」

 また一つ、老人は溜め息を吐く。

「現に替えてやってるだろう」

「ああ、すいません。気になったもので」

 形だけでも謝っておいた。

「俺は客の差別も品物の差別もしねぇ。お前みたいなガキが出した品物でも、どんな後ろ暗い商品でも買い取る。金さえ出せば、あるもんなら何でも売ってやるよ。食い物でも、武器でも、薬でも」


 僕は感心して目を細める。その言葉が本当なら、ここを利用する価値はある。

 盗品を扱っている以上、信用することは出来ない。僕が買った品物が盗品で、僕が盗人呼ばわりされる可能性もあるのだ。

 しかしまだ幼く、定職にも就けない僕でもここを使えば稼ぐことが出来る。


 先程得たばかりの銅の欠片を握り締める。しばらくはここで稼いでみよう。

 もっといい場所があるのもしれない。僕でも働ける場所があるのかもしれない。

 だが、しばらくはここで商品を売るのが僕の仕事だ。そう決めた。


「じゃあ、また来ます。ありがとうございました」

 老人は、無言で背を向けた。





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