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あの日は入れなかった

すいません。ちょっと短いです

 



 朝、僕は悩んでいた。

 朝食を終え、オルガさんとの待ち合わせに向かおうと外套を羽織ったところで気がついたのだ。


 ドレスコードは、あるのだろうか。


 困った。僕の持っている服は町民が普通に着ているカジュアルな上下と、その上に着る黒い外套のみだ。

 普段着で行ってもいいイベントであれば構わないだろうが、今回は街が主催し一番街で開かれるイベントだ。

 今回僕は出品者枠で入れるが、本来は参加費も高く参加出来る人間が限られている。それを考えれば、服装規定があってもおかしくは無い。


 考えすぎかもしれないが、気になるのだから仕方が無い。

 こういうときに備えて礼装の一つでも持っておくべきだろうか。

 いや、でも本当にこういうときしか着ないだろうし……。



 広げた外套をボウッと見つめながら考える。そしてハッとした。

 そうしている間にも、時間はどんどんと過ぎていくのだ。

 以後どうするかでは無い。今どうするかが問題なのだ。


 と言っても、出来ることなどない。

 競売会の規約がどうなっているかはわからないが、カジュアルなイベントである事を祈ろう。


 僕は漆黒の外套に袖を通し、街へと踏み出した。






 一番街の門で待っていたオルガさんは、黒いワンピースの上にボレロを纏っていた。

 服には詳しくないが、セミアフタヌーンドレスというやつだろうか。


「遅いですね。もうすぐ九の鐘が鳴りますよ」

「まだ鳴ってないじゃないですか……いえ、お待たせしました。すいません」

 開口一番の挨拶に僕が謝ると、オルガさんは笑って下を向いた。

「まあ私が早く来たのもありますので、仕方ありません。それに……そうですね、まだ約束の時間ではありませんでした」


 そして僕の姿を眺める。足下から頭まで目線を滑らせて、少し溜め息を吐いたように見えた。

「さて、それではまずカラス様の服を替えに行きましょうか。一番街の中で、貸し衣装を借りましょう」

「あ、やっぱり、この服ではまずかったですか?」

「そうまずいわけではありませんが、目立つことは目立ちますね。競売会は略礼装以上が一般的ですから」


 やはり、この外套では駄目か。

 この世界の礼装もよく知らないが、オルガさんがそういうのなら替えた方がいいのだろう。




 一番街に足を踏み入れる。

 考えてみれば、感慨深いものだ。


 グスタフさんに言われて街を歩いたあの日。僕の今の位置からでも見えるあの白骨塔。それを目指して僕は歩き続け、そして一番街の門で止められた。

 止められたのは東側の門だったが、それでもあの頃ならこの西の門も通ることは出来なかっただろう。


 あの頃は通れなかった門の横を、僕は通り抜ける。

 今日は止められない。衛兵は、黙って見ている。


 今の僕は、この門の通行を許されているのだ。



「……? どうされました?」

 僕の表情が変わったのだろうか。隣を歩くオルガさんは、怪訝そうな顔で僕に問いかけてきた。

「いえ、何も無いので」

「衛兵が何もしないので、ですか? 何やら嬉しそうですが」

「ええ。何にも無いことが嬉しいんです。以前、僕はここで止められたので」

「……そうでしたか」


 顔が綻ぶのが自分でもわかる。それを見たオルガさんは一瞬微かに笑い、また前を向く。

 門の内側から見る一番街は、とても彩度が高い街に見えた。




「こちらでよろしいかと」

 オルガさんに案内された貸し服屋。まず僕は、外から見えるその清潔な店内に驚かされた。

 床が木張りになっているのだが、ワックスのような物で艶を出しているのだろう、傷一つ無く滑らかに光っている。

 そして、見本となる服が並べられているようで、様々な種類の服が壁際に一着づつ形を崩さないように吊されていた。


 イラインでも、この前行ったクラリセンでも、ここまで小綺麗な店は無かった。イラインでもというかここはイラインなのだが、とにかくそんな店は今まで僕は入ったことが無かったのだ。



 扉をくぐり、店内に足を踏み入れると、白髪交じりの店員が寄って来た。

「いらっしゃいませ」

 お辞儀をする仕草まで上品な気がする。品の良い黒いスーツに、白い手袋が映えている。

「今日、競売会に参加するのですが、こちらの方に合う服を見立てていただけませんか」

「かしこまりましてございます」

 明朗な返事をすると、店員は僕を見て小さく頷いた。

「申し訳ありませんが、丈を計らせて頂いてもよろしゅうございますか?」

「ああ、はい」

「失礼いたします」

 そして雰囲気に飲まれかけている僕の体に紐を当て、長さを計り始める。

 腰に付けていた紐を使い、長さを計ってはそこで縛り腰に戻し、また次の紐を出す。

 そうして何本も使い、手足の長さや胴回りなど、僕の体のサイズを手早く計測していった。


「お疲れ様でした。では、お召し物をご用意いたしますので更衣室の方へどうぞ」

 すぐに計測は終わり、僕は奥の部屋へと案内される。オルガさんの方を見れば、部屋の隅の休憩スペースのような場所へ案内されていた。


 更衣室は二畳ほどの個室だった。小物を置ける小さなテーブルや、衣装掛けが用意されている。

 中に入ると扉を開けたまま少し待たされ、そしてすぐに先程の店員が何やら黒い服を恭しく持ってきた。

「ええと、これを着ればいいんですか?」

「はい。お着替えのお手伝いは必要でしょうか?」

「あ、いえ。多分大丈夫です」

 先程掛かっていた服を見るに、よくわからない服は無かったと思う。


「それでは、なにか不明な点があれば私外に控えておりますので」

「はい、お願いします」

 にこやかに出て行く店員を見送り、僕は服を広げた。



 広げられた服は光沢の無い黒で、厚手の生地だった。

 襟は詰め襟で、前は金色のボタンで閉められるようになっている。長袖の先には、同じ金色のボタンが並んで付いていた。

 下もそれに合わせたパンツで、さらには上から着るであろうマントも付いている。


 要は、学ランだった。


「えぇぇ……、この世界にも、こんなのあるのかぁ……」

 そう思わず僕が呟くと、聞こえてしまったのか表の店員さんが声を上げた。

「お客様、何かございましたか」

「すいません、なんでも無いです!」


 当然のように、着替えに手間取ることは無かった。




「似合っておりますよ」

「そうでしょうか……」

 着替えた姿をオルガさんに披露すると、当然お世辞が返ってくる。

 オルガさんは、優雅にお茶を飲んで待っていた。


 この世界に来て、こんな服を着るとは思わなかった。

 人間の考えるデザインは何処の世界も変わらないのだろうか……。



「では、ゆっくりとお楽しみ下さい」

 頭を下げる店員に見送られ、僕らは会場に向かって歩き始める。

 僕が着ていた服は店が預かってくれた。帰りに学ランを返した時に返して貰えるそうだ。


 ちなみにこの貸衣装の代金は前払いで銀貨十枚と結構高い。だが、衣装の返却と同時に半分以上が返ってくる。

 何故そんなことを、と思ったが、転売対策らしい。


 銀貨十枚を出し、七枚が返却される。

 なので、借りる場合は最終的に銀貨三枚の負担で済むが、仮に衣服を返却しなければ銀貨十枚で買い取ったことになる。

 流石にこの服は売っても銀貨十枚もしないので、転売すればただ損するだけだ。


 そういう仕組みで貸衣装の転売を防いでいる、というのがオルガさんの言葉だった。



 しかし、銀貨十枚。一時的とはいえ予期せぬ出費だ。

 お金をちゃんと持ってきておいてよかった。





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[気になる点] 普通、夜に襲って来ないかな?
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