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わかりやすい決着

 



 僕は周囲を見回し、野次馬を眺める。

 眉を顰め、口を押さえながらこちらを見ている者。

 憎々しげに僕を睨んでいる者。時たまこちらを見ながら、ヒソヒソと顔を突き合わせて話している者。

 様々な人がいるが、共通して言えるのは、皆僕に非好意的だということだ。



 ……そんなに、毛嫌いする程か。

 こいつらは全員、僕やハイロ達、または誰かから被害を受けたことがあるのだろうか。


 少なくとも、僕からは無いはずだ。

 イラインに来てから僕は盗みを働いたことはないし、理由無く人を傷つけたことも無い。

 にも関わらず、この態度か。

 ある程度は仕方が無い。だが住んでいた地域だけでここまで態度が変わるのはやはり納得出来ない。




 僕の苛立ちは増していく。

 そんな僕の考えを余所に、レヴィンの劇は終わったらしい。


「よし、俺の番だ! 今度こそ、正々堂々勝負して貰おう」

「え、今度こそってどういう」

「オルガさん! 開始の合図お願いします」


 レヴィンは僕の言葉を無視して、オルガさんに開始を求める。

 よく考えたら、さっきから何だ。「卑怯者」やら「正々堂々戦え」やら、身に覚えが無いことばかりだ。


 僕が困惑していると、レヴィンは僕を見て高らかに言った。

「武器としてでは無く使うのならば、魔道具の使用は禁じられてない。盲点を突いたつもりだろうが……残念だったな。俺には通じないよ」

「魔道具なんて、使った覚えも」

「さあ、やるぞ! 構えろよ、その足が地面を離れるまでに、お前の体に穴を開けてやる」


 ……話を聞けよ。

 いや、これは僕に喋らせる気が無いのか。

 あくまでも、僕が魔道具を使うという卑劣な真似をして戦ったということにしたいらしい。

 仮に使っても、卑劣でもなんでも無いだろうに。

 黙った僕を見て、頃合いだと思ったのだろうか。またレヴィンはオルガさんに目を向ける。



 オルガさんは小さく溜め息を吐いて、右手を挙げた。


「規律、賭けられる財産は先に準ずる! 双方、異議は無いか!」

「異議無し!」

「……ありません」


 余計なことを言っても無駄だろう。

 僕の疑いは恐らく晴れない。貧民街と関わりがあるだけで、発言力は最低限度まで低くなる。何を言っても、際限無く言いがかりが付くだけだ。


 だから、もう黙って完膚なきまでに勝つとしよう。



「両者構えて!」

 僕もレヴィンも、構えを取らない。

 ただ、視線を交わしていた。


「始め!」

 その言葉と共に、オルガさんの手が勢いよく振り下げられた。



 未だ動かないレヴィンを見据える。

 動かないのであれば、僕から叩く。同じ手でいいだろう。そう思い、拳を握り締め、跳ぶ。

 しかし、先程の言葉の意味がここで理解出来た。


 レヴィンが指先をこちらに向ける。

 人差し指と親指を立て、他の指を握っていた。

 これは、まるで……。


「《弾丸(バレット)》!」


 ! 何かが飛んでくる!

 指先から打ち出された小さな物体が、僕の体に向かい飛んでくる。

 反射的に体を反らす。強引に体をねじ曲げて横に跳ぶと、ローブの裾に丸い穴が空く。


 後方の壁に着弾したであろう(,)(,)が、甲高い音を立てて火花を散らした。



「……それは……」

「はっはー! スゲえだろ、レヴィンはなあ! 勇者が作ろうと試したっていう、灼けた鉄を撃ち出す魔法を完成させたんだ!」


 野次馬の前で、グラニーが叫ぶ。もう元気になったらしい。

「解説どーも」

 感心した僕がそちらを見ると、肩を振るわせ尻込みをしていたが。



「魔法使いかよ」

「すげえ、あの黒い方が怯んでるぜ」

「ああ、あの子供、やるじゃねえか」

 そんな感嘆の声で周囲がざわめく。

 周囲の様子を見て、困ったようにレヴィンは笑う。

「おいおい、やめろって。そんなに目立つつもりは無いんだからさ」

 そして、グラニーを窘めた。


 ……嘘だろう。

 魔法を隠したければ、嘘でも呪文を唱えればいいのだ。それすらせずに、いきなり魔法を放つこいつはきっと。

「<怪力無双>の同類か」

 名前も覚えていない、奴と同じ。

 小さく呟くその声は、きっと誰にも聞こえていないだろう。




 レヴィンの笑いは薄くなり、やがて感嘆の息を吐いた。

「君もよく躱すねえ。でも、逃がさない」

 そして今度は両手で指鉄砲を形作り、僕の方へ向ける。

 間髪を入れず、無数の銃弾が飛んできた。



 本物の銃などもちろん知らないが、恐らく同等の速さはあるだろう。

 前世の世界では、人が携帯出来る中でも絶大な威力を誇った拳銃。

 放たれた銃弾は人が視認出来る速度では無く、キチンと狙われているのであれば躱すこともままならない。人は物陰に姿を隠すか、それをものともしない防具で防ぐしか無かった。


 なるほど。そんな兵器を手にして、自信を持つのは当然だ。



「いつまで躱せるかな!? 降参ならいつでも受け付けてるよ!」



 しかし、レヴィンは失念しているらしい。

 この世界には、闘気がある。


 闘気使いにとっては、放たれた銃弾は視認出来る。

 そして、躱すことが出来るのだ。



 軽々ととは言わないが、集中すれば躱すことなどわけない。

 いくつか出来るものもあると聞いたことがある気もするが、拳銃から撃たれているとは思えない、まるでマシンガンのような銃弾の雨。それを僕は左右、時には上下の動きで躱していく。


「……!?」

 レヴィンの顔が徐々に困惑に染められていく。

 威力は確かに高いようだ。

 僕の周囲の地面が抉れ、後方の物体が壊れる音がする。


 だがそれは、当たらなければ意味が無い。



 放たれた銃弾の一つを、摘まんで止める。

 鈍く輝く椎の実型の弾丸。それは僕の指の間で、溶けるように消えてった。


 それを見た、レヴィンの銃撃が止まる。

「……化け物かよ……」

 そう呟く額には、一筋の汗が見えた。



「打ち止めですか? 案外弾切れが早いですね」

「黙れ!」

 僕が煽ると、先程までの余裕はもう消えたようで、半歩下がりながらレヴィンは叫んだ。

「決闘に魔道具を使うなんて卑怯な真似! 流石貧民街の卑怯者! まともに戦えばそんなはずは!」

「だから、そんなもの使った覚えも」


 言いかけて、言葉を切る。

 そうだ、さっき考えたじゃ無いか。これは無限に付く言いがかりの一部だ。

 言い訳などしても無意味だ。だから、有無を言わせず黙って勝とうと、そう思ったはずじゃ無いか。


「ふぅ……」

 気を取り直して、僕は意識を集中する。

 そう、言いがかりの付かない勝利をする。野次馬にも、僕が勝ったと明らかに見せる勝ち方。

 先程の、相手が反応出来ないような勝ち方では駄目だ。端から見ても納得出来るような、そんな勝ち方。


 全力で闘気を活性化する。

 揺らめく光は分厚くなり、周囲が白く濁って見える。

 これならば、見えないはずが無い。そして、ゆっくりと歩み寄る。

「く、そ!」

 レヴィンの指が僕に向けられ、そして発砲。

 その飛んできた弾丸を、僕は敢えて無視する。

 僕の額の辺りで、ジュウと音がする。銃弾が解けたのだ。


「殺害は無しじゃありませんでしたか? 今の当たってれば死んでましたよね?」

「う、うるさい!」



 レヴィンは及び腰ながらも、構えを取る。

 魔法使いにもかかわらず、格闘にも心得があるのか。


 面白い。

 僕の口が、無意識に吊り上がった気がした。



 無造作に歩み寄っていくと、レヴィンのその目に決意が籠もった気がする。

 放たれる右の拳。軽く避けて、カウンター気味に腹部へ一撃加える。

 卵を羽根で撫でるような、ふんわりとした一撃。しかしレヴィンの体はくの字に折れ曲がり、少し後方へ飛ばされた。


 口から液体を出しながら、レヴィンは僕を睨む。

 まだ闘志は衰えていないようで、その拳には力が込められていた。



 もう一度、僕に伸びる右ストレート。

 それを僕は易々と手で防ぎ、指を折ろうとしたところで気がついた。


 この速さでは観客に見えない。恐らく、レヴィン自身にも見えないだろう。


 折る動きを止め、レヴィンの拳を握り締める。

 僕もレヴィンも動きを止める。これならば、皆にも見えるだろう。


 一瞬待って、手首を握り締め、砕く。

 ポテトチップスを砕くような音と共に、レヴィンの手首がだらりと下がった。


 レヴィンの叫び声が響く。

 こちらを確認する余裕もなさそうだが、まだ決着では無い。


 オルガさんの方を向いても、力なく首を横に振った。その手は上がらない。


 レヴィンは魔法使いなのだ。意識があれば、思考が出来れば例え手足が動かなくても反撃出来る。戦闘が出来るのだ。例え手足が千切れようとも、戦闘不能では無い。

 恐らくそういうことだろう。



 レヴィンが後退り、離れていく。

 戦意はなさそうだが……前言撤回だ。残った左手で指鉄砲を作った。

「クソがぁぁぁ!」

 そして放たれる弾丸。怪我をしても威力が変わっていなさそうなのは流石と言うべきだろうか。

 変わっていないのだから、結果も変わらないのだが。


 放たれる銃弾を解かしながら、歩み寄る。

 恐慌状態で連射しているレヴィンの影を踏み、その前に立つ。


 ゆっくりと拳を握り締める。

 観客に見えなければ意味が無いのだ。

 大きく振りかぶり、力を込めた。

 そして、レヴィンの頭部を目掛けて拳を振り、


「参った! 参った!! たす、助けて!!」


 レヴィンの目前で、拳を止める。



「それまで! 勝者、カラス!」


 オルガさんの手が上がった。

 決着だ。


 左掌を顔の前に広げ、叫びを上げたレヴィンの体が崩れ落ちる。

 ぺたんと地面に座り込んだその姿に少し哀れみがわいたが、これが勝負というものだろう。



 静まりかえった野次馬を見れば、皆僕から目を逸らしていた。




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