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それは当然のように

 



 さて。喧嘩を買ったはいいが、決闘など僕はしたことがない。

 貴族の間でルールなどあれば、それに則ってやろう。


「それで、どこでやる気ですか? 取り決めや禁則事項など、あれば聞いておきたいんですが」

「ギルド前の道でいいだろう」

 つま先で床をトントンと叩きながら、グラニーは言い放つ。早く行きたいようで、もう入り口に一歩近付いていた。

「……殺してもいいのかな……?」

 取り決めを聞いたのに答えを返さないグラニー。その後ろ姿を見つめながら僕がボソリと呟くと、レヴィンがその声に反応した。

「こんな野試合に決まり事はいらないよ。ただ、面倒だから死なないようにしてくれ」

「わかりました。(.)(.)(.)(.)(.)(.)(.)はしますね」

 戦闘不能にすればいい。それだけなら話は簡単だ。


「…………」

 レヴィンは僕の顔を見て、一瞬動きを止めた。

「何か?」

「いや、自信がありそうでいいな、と思ってね」

「僕が負ける道理はありませんからね」

「……自分より強い相手に会ったことがないんだろ? 君は強いのかもしれないけど、それ以上がいることを知っておいた方がいい」

「生憎ですが、自分より強いのならゴロゴロいますよ」

 会ったことある者で、すぐに考えつくだけでも二人。会ったことがないものであれば、きっと他にもいるだろう。


 だが今日僕は勝つ。そう決めた。

 負けることを考えて戦うなど、負けを求めているようなものだ。



 外からグラニーの声が響く。

「レヴィン! 早く、カラスを連れてこい!」

「お呼びだ。今のうちに頭を下げた方がいいよ?」

 レヴィンは嘲るように、僕の顔を覗き込む。何様だ、と、貴族様だったか。

「頭を下げる謂われはありませんね」

「そ。俺は忠告したからね」



 軽い足取りで、レヴィンも外へ出て行く。後に残ったのは、僕一人だ。

 僕も行こう。そう思い、一歩踏み出したところで声が掛かった。


「カラス様、ご武運を」

 受付嬢は僕を見て頭を下げる。申し訳なさそうな顔をして、眉を下げながら。

「……結局、ギルドの要望通り決闘などすることになりましたが、これで予定通りでしょうか?」

「そうなります。決闘と銘打っている以上、貴族の方にはこの勝敗は無視出来ないはずです。例え公式ではない野試合であっても、観衆がいる以上無かったことには出来ません。この勝敗をたてに、ギルドも彼らと彼らの家に強硬に出られます」

「一応、僕が勝つと思ってくれているんですね」

 ギルドは僕の勝ちを前提にしているという物言いだ。これは信頼されていると思っていいのだろうか?


「……これはここ数週間貴方を見ての私の個人的な見解ですが……貴方は勝ちます。そこは疑いようがありません」

「フフ、ありがとうございます」

 信頼されているというのは、少し嬉しい。


「それでは、どうかお願いします。万が一に備え、治療師の手配は済んでおりますので、死亡さえさせなければなんとかなるでしょう。貴方に勝っていただければ、ここからは本当にギルドが全て請け負います。少なくとも明日の競売終了まで、彼らが貴方に会うことはありません」

「……わかりました。今回は、その言葉を信じます」


 これは、ギルドが失った僕からの信頼を取り戻すチャンスでもある。

 明日の夕方までの短い期間ではあるが、期待はしてみよう。



 ギルドの扉を静かに開けて、僕は外に出る。

 そこには新人探索者二人と、物珍しさに集まった観衆達が待っていた。



「お待たせしました」

「構わん! 怖じ気づくのも仕方が無いしな!」

 仁王立ちのまま、グラニーは叫ぶ。きっと戦場に立っていれば、こういう自信満々な指揮官は頼りになるのだろう。戦力としてはわからないが。


「開始の合図はどうします?」

「それは私が」

 僕が二人に向かって問いかけると、後ろから付いてきていたのであろう受付嬢が答えた。

「決闘であるならば、証人が必要でしょう。(わたくし)、オルガ・ユスティティアが務めさせていただきます」

 いつも見ていたウェーブが掛かった金髪の受付嬢、そんな名前だったのか。知らなかった。


「オルガさんっていうのか。俺の名前も覚えておいてくれると嬉しいんだけど」

「ではグラニー様、レヴィン様、どちらが先に戦うかお決めください」

 レヴィンの声を無視して、微笑みのままオルガさんは続ける。

 その仕草にレヴィンは一瞬不機嫌そうな顔をした後、なんでも無いような素振りで答えた。

「グラニーから、でいいか?」

「俺で片付いちゃうけど?」

 そう言いながら、二人で笑い合っている。仲良くお話がしたいだけなら何処か遠くでやってて欲しい。


 僕を羽虫のように軽んずる態度に、流石にうんざりしながら僕も声を上げた。

「二人いっぺんでいいです」

「は? 馬鹿にしてんのか? ああ、そうか。負けたときの言い訳が欲しいもんな! そんなことさせねえよ、俺一人で充分だ」

 グラニーは僕の挑発にいきり立つ。一歩出たグラニーを見て、オルガさんは頷いた。


「では……、これより、探索者グラニーと探索者カラスの決闘を執り行う!」

 そして声を張り上げて、宣言する。

「武器使用、殺害は不可、それ以外の規律は無し! 闘気魔力の使用は自由、一方が戦闘不能に陥るか負けを認めた時点で決着とする!」

 この口上も、何か意味があるものなんだろう。恐らくこれこそが、決闘に必要な構成要素なのだ。


「この決闘に、探索者グラニーは現在帯びている財産、探索者カラスは競売にかけられる物品をそれぞれ賭ける、両者異議があれば申し出よ!」

「無い!」

「ありません」

 なるほど、賭けの物品は一応宣誓に入るのか。


「それでは、両者構えて!」

 その言葉に、グラニーは僕に向けて手をかざす。武術の構え……というよりも、これは魔術の……。


「始め!」


 そうオルガさんの合図があると同時に、グラニーは口を開いた。

「雲を裂き 走るいかづ」

 やはり魔術師か。


 魔術を撃たせる義理は無い。僕は喋るグラニーの顔を目掛け、拳を振るう。

 グラニーは僕の動きに反応出来ないようで、構わず詠唱を続けていた。

「ち」

「敵の目の前で詠唱とは、悠長なものですね」


 殴るというより、拳で押す感覚。

 グラニーの頬に僕の拳をめり込ませながら、地面に叩きつける。


「ょご……!!」

 ろくに闘気も篭めていないが、それでも壊すつもりの一撃。

 グラニーの顔、脂肪がついた下半分が潰れ、地面にクレーターが出来る。

 顔を殴ったはずだが、僕の拳に伝わったのは、ただ地面の固さだけだった。



「そこまで!」


 試合時間はほぼ一瞬。すぐに、オルガさんの声が響く。


 拳を引き抜くと、ニチャニチャした血が手に絡みついて滴り落ちる。

 青い血とは言うが、この世界でも血はちゃんと赤いらしい。


 野次馬はどよめく。

 殆どの視線は、潰れた空き缶のような顔になっているグラニーに注がれていた。


「勝者、カラス! ……お疲れ様でした」

 勝者の宣言とねぎらいの言葉。後者は僕にしか聞こえていないであろう音量だったが、ボソリと呟かれたその言葉に頷きで返すと、オルガさんの微笑みが柔らかくなった気がした。


 ピクピクと手足の痙攣を繰り返しているグラニーを見下ろし、聞いてみる。

「やっぱり、二人必要だったんじゃ無いですか?」

 その言葉に、グラニーは白目をむくだけで答えなかった。




 致命傷では無いと思うが、やはり治療は必要だ。すぐに治療師が駆け寄ってくる。

 僕はそれを眺めながら、ことの成り行きを見守る。

 次はレヴィンの予定なのだ。治療が完了してからなのか、それともすぐに始めるのか。レヴィンに目を向けても、レヴィンはグラニーを見て頬を歪めているだけだった。



 結局、見ている間に治療は殆ど終わってしまったらしい。まだ少し変形しているものの、顔の形は元に戻っていた。

 上着の前を血だらけにし、歯がほぼ無くなっている状態で、グラニーは起き上がる。

「ひ、ひいいいいい!?」

 そして僕を見ると、そのまま後退りしていった。


「歯は治さないんですか?」

 その治療風景に気になり、治療師に問いかけると治療師は頬を引きつらせながら答えてくれた。

「抜けるのが自然の理ですので」

「……そうですか」

 そういえば、僕が持ってた聖典でも『いずれ抜けるそれを、あえて留めてはおかない』とか書かれていた気がする。歯を治す法術はないのか。



 じゃあ髪の毛を生やしたりも出来ないんだなぁと、そんなどうでもいいことを考えていると、レヴィン達に動きがあった。


 しゃがみ込み、身を寄せ合う二人。これが美少年同士ならば絵になるのだろうが、少なくとも片方があれだけふくよかならばそうはいかないだろう。

 グラニーの肩を抱き、レヴィンが慰めている。

「グラニー! 大丈夫か!? クソッ! あんな貧民街のやつに、こんな目にあわされて!」

 そしてやけに大きな声で、そう言った。


 ……? 違和感がある。何か意図でもあるのか。

 そう考え始めて、顔を上げたところで僕はもう意図に気がついた。



「あー、あいつ貧民街の……」

「だから、あんなむごいことを」

「信じらんねえ……」


 僕が貧民街の者だと聞いて、野次馬の僕を見る目が変わっている。

 ……つまりは、扇動だ。


 レヴィン達の話は続く。

「待ってろよ。今(かたき)はとってやる。貧民街のやつに、でかい顔はさせるもんか」

「……レフィン(レヴィン)、すまん、あんな卑怯な野郎に」

 まるで二人の友情劇。そんな一場面を、野次馬達は感動した様子で見つめていた。



 とんだ茶番だ。

 二人を見ていて、僕のこめかみが、ピキッと音を立てた気がした。




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