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変わらなかったあの日の視線

 


「お断りします」

 思わず出た僕の言葉ではあるが、我ながら正しい判断だと思う。

「何故だ? 俺の命令だぞ」

 どうやら本気らしい。グラニーがそう言いながら一歩踏み出した。

 レヴィンはその様子を、溜め息を吐きながら見ていた。


「何故、僕が決闘などしなければいけないのでしょうか?」

 そもそも、それだ。いきなり決闘など申し込まれても反応に困る。

 というか、決闘の作法など僕は知らない。貴族などの間ではあるのだろうか。

「俺たちが勝てば、フルシールを売ってもらう。そのために決まっているだろう」


 ……絶句した。

 昨日喚いていた、この二人の用事だ。それが狐絡みだということは推測できたが、まず話し合いとか考えないのだろうか。

「もちろんタダでとは言わん。金貨三枚で買い取ろう。庶民にとっては大した金額だろう」

 胸を張って、グラニーはにやつく。

 自信満々に言い切ったが、それでは理由になっていないだろうに。


 僕はカウンターの方を振り返り、受付嬢の方を見る。

 ことの成り行きを見守っていたであろう受付嬢は、眉を上げて反応した。

「どういうことですか? 昨日、彼らについては引き受けると言っていたはずですが」

「おい! 返答はどうした!」

 視界の端で、グラニーが怒っているのが見える。それに反応するのが少し面倒くさいので、僕は無視を決め込んだ。

「グラニー落ち着けって。目立つのはまずいから」

「そ、そうか。では、早く説明をしろ」

 受付嬢も、グラニーの方は見なかった。


「申し訳ありません。これが、ギルドが引き出せた譲歩です。フルシールの売り主を調べた彼らは、やはり貴方との交渉を望みました」

「既に交渉でもなんでも無いんですが」

 僕を力づくで従え、物品を買い叩こうとしている。いくらか金を払うというだけで、もはや強盗と何ら変わりは無い。

「残念ながら、ここまで『譲歩していただいた』んです。彼らの要求の変遷をお知りになりたいでしょうか?」

「あ、いえ大丈夫です」

 受付嬢の笑顔に不機嫌さが滲み出る。

 ここに到って、決闘を行うのが「命令」と言っているのだ。恐らく、交渉とはほど遠い何かだったのだろう。


「競売に関する責任者のほうからも、要望が出ています。これでこの件が終わるのならば、そうして欲しいと」

「……具体的には、何をすれば」

「決まってるだろう、決闘だ。俺たちが勝ったら……」

「フルシールを相対で買う。それはわかりましたが、決闘とはどんなですか? それと、それに関してギルドからはどんな補償があるんでしょうか」

 相変わらず横から声が入ってくるが、今はギルドと話をしているのだ。

 集中させて欲しい。


「補償、ですか」

「ええ。金銭等の補償がある、とはお聞きしましたが、僕がここで一働きしなければいけないことに関しては、どのようなことをして頂けるのですか?」

 交渉をするな、というのはいい。だが、これはギルド側が、彼らとの交渉に僕を巻き込んだ形だ。競売の責任者の要望であるならば、尚更だ。

「……話が話ですので、今ここでは何も申せません……」

「でしたら申し訳ありませんが、お断りします。売る伝手であれば他にありますので、品物を返して頂きたいです」


 彼らは恐らく貴族である、というのはギルドの話だ。

 ならば、ここで勝ってしまえばもっと大きなことに発展する可能性もある。

 利益も不明確な以上、ここで決闘などすることで、面倒なことになりたくはない。

 その面倒ごとで、フルシールの売り上げで得る以上の損失を出してしまっては、意味が無いのだ。



「いえ、彼らに売ってしまってもいいですね。その方が、穏便に済みますし」

 そうだ、勝っても面倒ごとが増える、負けたら利益が減る。ならば、よりマシな負けをとりに行くのが最善だろう。

 競りにかけた場合よりも利益は下がるが、金ならある。

 だから、面倒なことへ関わることを避ける。それが最優先だ。



「おおし、わかってんじゃねえか」

「ただ、金額については応相談ですね。金貨三枚では明らかに安すぎます」

 献上するわけでもなく、売買するのだ。相場が存在しないとはいえ、前例があるのならばそれに準ずるべきだろう。

「いいよ。どれくらい?」

 レヴィンが割って入るが、金を払うならばどちらでもいい。


 前回は金貨六十五枚だったらしいが、この後値切られることを考えると多少多めに言うべきだろう。

「前回の競りを参考にして、ギルドへ返す加工費も含めると……金貨七十枚程頂きたいです」

「な、ななっ……!」

「ご存じでしょうが、何分貴重な魔物ですので。過去に二回しか狩られた例がないとか」

 二人とも驚いているようで、顔を見合わせたり受付嬢の方を見たり落ち着かなくなっている。

 ギルドから伝えられていないのか。

 おそらく、多分その『交渉』とやらのなかで値段の話題が出なかったのだろう。

 ……ギルド側に売る気が無かったのだから仕方が無いかも知れないが、ギルドは何故伝えなかったのか。それに、彼らもそれくらい何処かで調べるか聞くべきだろうに。



「道理で、売るのを渋っていたわけだ」

 一足先に落ち着いたようなレヴィンが、納得したように呟いた。

「ええ。そういうわけで、失礼ですがお手持ちは」

「……無いな。俺もグラニーも、そんなに持ち合わせがない」

「でしたら、交渉は決裂ですね。いくらお持ちかはわかりませんが、通常通り競りに参加すれば手に入るかもしれません」


 払えないのならば、予定通り競りに出すから諦めてくれ。そう言外に伝えると、それを聞いていた受付嬢が安堵の息を漏らしたのが視界の端に映った。


「じゃ、じゃあ決闘だ!」

「はい?」

 グラニーの思わぬ言葉に聞き返してしまう。

「俺らが勝ったら、金貨二枚で売れ!」

「まず交渉して値切ることもしないんですか」

 溜め息と共に呟きが漏れる。どれだけ持っているか本当にわからないが、それは払える額の提示とか色々試してからするべきだろう。


(.)(.)(.)? なんだそれは」

「わあ、そこから」

 あれか、貴族のご子息はそんなことなんかしないってやつかな。

「値切る余地があるんだな?」

「交渉って、そういうものでしょう」

 レヴィンの方は知っているらしい。というか、グラニーのほうがもの知らずなだけなのか……?


「じゃあ、いくらまで安く出来る?」

「そうですね、五枚ほど引きましょう」

「金貨五枚か、それなら手が……」

「六十五枚まで下がるだけですよ?」

 グラニーが口を挟むが、間違っている。そして、やはりその程度の値引きでは買えないらしい。二人が溜め息を吐いた。



「……カラス様」

「ええ、はい、わかりました。この調子なんですね」

 受付嬢の呼びかけに、僕は答えた。二人とも諦める気は一切無い。



 ここまで来ると、金貨数枚程度しか払えない彼ら相手に売る気も一切無くなってくる。

 金は無い、でも欲しい。そう駄々をこねているのだ。


 そもそも、何故あんな魔物の剥製などが欲しいのだろうか。

「何であの魔物にこだわるんですか? 剥製なんて他にも一杯あるじゃないですか」

「格好いいだろう。俺みたいに華奢で、しかも強いらしいじゃないか。我が家の広間に飾るに相応しい」

 グラニーが強いかどうかは知らないが、華奢?

 僕はグラニーの唇の横に走る縦の皺と頬の丸みを見ながら、内心首を傾げた。


「その条件なら他にもありそうですし、やはり手に入るものを目指した方が。というか、探索者なんですから自分で狩ってきたりとかしても」

「ああ、もう! 俺は今欲しいんだよ!」

 諭そうとする僕に、いきなり大きな声が飛んでくる。

 そんな、だだっ子のようなことを言わないでもいいだろう。そう思う僕を無視するように、矢継ぎ早に言葉が吐き出される。


「さっきからごちゃごちゃと、俺の命令が聞けないのかよ! この、平民崩れが!」

「あんまり聞き捨てならない言葉が聞こえましたが」

 平民崩れ。平民になれなかった人間だと、きっと僕を非難しているんだろう。

 身分に関して陰口をたたかれたり態度に出されたりしたことは数え切れないが、直接は珍しい。

「調べたぞ、知ってるぞ! お前は貧民街の下等民だろ、俺らの命令を黙って聞きゃあいいんだよ!」

「下等民、下等民ね……」



 ああ、今わかった。

 こいつは、交渉など始めからする気が無い。他の人間は命令に従って当然で、従わなければ力で手に入れる。そういう奴だ。だから、決闘という言葉が繰り返されるのだろう。

 それを先程まで態度に出さなかったのは流石に貴族と言うべきか。だが、ここで出したのは悪手だ。


 生まれや命に貴賤がないとは言わない。

 これが公式の場であるならば、こいつは貴族で、僕は平民。

 たしかに貴族のこいつに僕は従うべきだろう。法とはそういうものだ。


 だが、今は非公式な場で、こいつは自分が貴族だということを偽名を使ってまで隠している。

 ただの同じ探索者だ。命令される謂われは無い。



 そして今こいつは僕を「下等民」と言った。

 それが今の立場であるならば、まだいい。貧民街の人間が下等かどうかは置いておいて、本当に貧民街で暮らしているときであれば、「この下等民が」と言われても言い返しはしなかった。

 そして仮に今「この平民が」と言われても、別に本当のことなのだ。気を悪くしても、本当のことだ。別にいいだろう。


 だが、今は違う。

 能力や行動での差別なら、それは区別に等しい。嫌われることも差別も受け入れよう。

 貧民街で暮らしていれば、嫌われるのもわかる。犯罪者の温床など、好むものは少ないと、僕でも思う。


 しかし、生まれでの差別は嫌いだ。変えようのない性別や出身地、そんなもので区別されて堪るものか。

「ちなみに僕が下等民だとか、どういうところで判断しているんですかね」

 声のトーンが下がるのが、自分でもわかる。

「口答えか!」

「僕は、この街の法では既に市民ですよ。(.)(.)(.)(.)(.)(.)(.)(.)(.)

「……! 俺は!」

 何故隠しているのかは知らないが、貴族と言うことを隠している以上、平民として扱ってもいいだろう。同じ階級であれば、能力と行動で区別されるべきだ。



 腹は決まった。

「いいでしょう。決闘を受けます」

「……ようやくわかったみたいだな」

 グラニーは一転し薄ら笑いを浮かべる、そしてレヴィンと目線を交わし、頷いた。


 グラニーに向かい、僕は続けて問いかける。

「貴方たちが勝ったら、あの剥製は無料で差し上げましょう。ですが、僕が勝ったらどうしますか?」

「……何が望みだ?」

 警戒した目で、レヴィンが聞き返してきた。



「そうですねえ。貴方たちの今持っている有り金、全部置いていってください。そして、もう僕には関わらないようにお願いします」

「いいだろう! 俺たちは負けねえからな!」

 吠えるグラニーに、僕は意識的に笑みを向けた。 

「期待していますよ」



 もう、負けを譲る気は無い。

 マシな負け? そんなもの要らない。


 僕は勝つ。厄介ごとなんて、どうにでもなる。貧民街を出ようと決意したあの日の目標を、今日達成してやる。



 こいつらは()の頷の珠を取ったのだ。





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[一言] ギルドに素材を卸すと貴族と決闘をする事になるのかもしれないのか。 面白い組織だな。
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