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義務的な狩り

 


 今日の朝受けた六件の依頼。

 採取依頼は終えられたが、やはり討伐依頼の三件は時間がかかる。


 日が沈んだ今、終えているのは採取依頼の三件と、偶然その近くにいた狼の魔物の討伐のみだった。

 あとの二件、蟻と猿の討伐は保留になっている。

 蟻の巣は位置がわかっているので後回しにしたのだが、まず猿が見つからないのだ。


 猿と言っても、もちろん魔物である。朱厭(しゅえん)という、赤い足を持つ猿だ。

 十数頭の群れを作り、共同生活を送っているという。

 一頭一頭は大して厄介でもないが、群れから一頭でも逃せば違う群れに救援を求めて更に大軍になり報復に来るという習性が面倒くさい。

 捜索範囲に一匹や二匹は引っ掛かるものの、明らかに群れではないのだ。

 群れを一網打尽にしないといけない。


 今回の討伐依頼は、どれも「人里近くで出没例があったから」というだけの駆除だ。

 迷惑をかけるわけでもなく、ただ不快なだけで狩られる彼らに多少同情はする。これだけ探して見つからないのであれば、もう「いなかった」で済ませてもいい気がしてきた。だが、受けた以上それは出来ない。


 ちなみに狼は僕を餌と見て襲いかかってきたので、狩られても仕方がないとも思うが。



 狼は、群れで生活している彼らを狩るという依頼だ。五頭の群れの全員の犬歯をえぐり取るとそれなりの量になった。それ用に持ってきた袋がずっしりと重くなっている。

 大犬に毛が生えたような強さの魔物。森の奥の方で暮らしていれば何事もなく暮らせたろうに、たまたま人里へ姿を見せたから討伐依頼が出されてしまった。

 昼に飛ぶ烏のように、彼らは人里へ出てくるべきではなかったのだ。




 夜中になり、草木も寝静まる頃にようやく猿の群れが見つかった。

 山の斜面に穴を堀り、そこに葉っぱを布団のようにかけて眠っている十五匹の群れ。

 こいつらだろう。目当ての獲物は。


 スヤスヤと気持ち良さそうに眠る彼らには可哀想だが、彼らは人の領域を侵した。人間の一人として、彼らを駆除しなければならない。

 逃がせば今度はより大きな群れがやってくるのだ。それを皆殺しにするよりも、この十五匹で済ませられるのであれば……。

 僕は、風の刃を形作る。


 十五足の右足は、酷くかさ張った。




 朝方、羽長蟻の巣を探す。

 夜行性の彼らは、日中になると姿を消す。その羽長蟻が今回日中に確認されたというのがおかしな話であり、異常だという話の根拠でもある。

 頭部がバスケットボール程の大きさもある蟻で、肉食性が強い。


 恐らくおびただしい数がいるとは思うが、今回は数は問題ではない。

 狙う蟻は、女王蟻がいなければ次の年には全滅しているらしい。

 なので、討伐証明に必要なのは女王蟻の頭部のみだ。

 殺すのもそれだけでいい。

 少しだけ、気が楽だ。




 それらしき穴を発見し、そこを魔力で探査する。

 体長が七十センチメートル以上にもなるその大きさに合わせて、巣もちょっとした洞窟のようである。

 巣穴に入ることは出来ないが、それでも魔力での探査で、深いところでは地下百メートル以上の所もある事が読み取れた。


 ところで、羽長蟻は魔物だ。

 闘気を帯びており、その顎を特に強化している。それで岩や岩盤も噛み砕いて巣穴を作るのだ。


 闘気を帯びている。つまり、今の魔力探査でこちらの干渉が知れた。

 次に起こることは明白だ。



「わぁ……、大きいなぁ……」


 巣穴からぞろぞろと出てくる羽長蟻の兵隊蟻。カチカチと顎を鳴らして威嚇している。

 壮観だ、なんて感想を抱いている場合じゃない。 

 その大量の兵隊蟻の顎が、ぐわっと一斉に開かれる。


 次の瞬間、一斉に僕に飛びかかってきた。

 それを後退りしながら躱していく。蟻が地面に落ちる重たい音が、土砂降りの雨のように響きわたる。


「でぇ!? 貴方たちに用事は無いんですよ!?」

 言っても当然通じない。

 やがて、何匹かの蟻が体を丸めて僕におしりを向ける。そして、力を込めた。


 まずい? 思わず障壁を張ると、そこに液体が張り付いた。

 辺りに漂う(,)(,)とする匂い。これは……蟻酸か。


 したたり落ちるその滴がかかった地面から、白煙が上がる。

 これは掛かったらまずいかもしれない。

 障壁があるから平気だとは思うが、用心しなければ。



 辺りを見回し、気を取り直す。

 そうだ。僕の目的としては、女王蟻の首を取るだけでいい。

 こいつらの相手をする必要は無いのだ。



 上空に飛び上がり、吐きかけられる酸も届かない位置から魔力を展開する。

 先程の探査で大体位置はわかっている。

 狙うは最深部、女王蟻のみだ。




「よい……しょ!」

 掛け声は関係ないが、無意識に出てしまった。


 女王蟻を釣り上げる。

 その首を掴んで、地面を突き破り上空まで持ち上げる。

 一緒に巣にも、最深部まで貫通する大きな穴が開いてしまったが、それはすぐに勝手に埋まるだろう。


「キュゥゥゥゥゥ」

 蟻の鳴き声とはまた珍しい気がするが、これだけの大きさになれば鳴くのだろうか。

 他の蟻より一回り大きく、さらに腹が大きい不格好な蟻。

 その女王蟻が僕の目の前、空中でじたばたともがいている。


 僕は無言でその首をもぎ取る。

 体を下に放ると、蟻の大群で出来た黒い海がそこだけぽっかりと空いたように見えた。

 ……下にいるのは、皆彼女の子供であろうに。


 それを眺めながら、女王蟻の頭部を持っていた布で包む。

 そしてそれを背中の荷物にくくりつける。

 これで目的は達成だ。イラインへ帰ろう。


 改めて地面を見回せば、辺りは何百匹もいる羽長蟻の巨体で埋まっていた。

 帰ろうと地面に降りれば、一斉に飛びかかってくるだろう。


 ……流石にここには降りたくないなぁ……。


 結局、その蟻の海は無視して、イラインまで飛んでいくことにした。

 背中に感じる朝日が眩しい。





 荷物が多くなると、やはり検問に引っかかる。

「ああ、ちょっと待って。君は商会の人間かい? この街に商品を持ち込む場合には、税金が掛かるんだけど」

「あ、いえ、違います。探索者です。こちらは討伐依頼の部位と、採取した薬草類です」

 ふむ、と衛兵は荷物を眺めてから僕の方を向いた。

「では、それを証明する物は?」

「ギルド証と、依頼箋でいいですかね」

 僕が畳んである紙とバッジを示すと、顰めっ面をしていた衛兵の表情が急に柔らかくなった。

「手間をかけてすまなかった。こちらも仕事なんでね」

「じゃ、通っても良いですね?」

「ああ」

 そして頷き、道が開けられる。


 一度に大量に依頼を受けるとこういうこともあるのか。

 朝日に照らされた背中の荷物を見れば、それも仕方ないか、そう納得出来る量だったが。




 ギルドに入れば、もう朝の依頼受注は落ち着いているらしい。

 受付には殆ど人はいなかった。

 良い感じだ。

 これで、報酬を受け取ったら今日は帰って寝よう。そう思い、買い取りカウンターに歩み寄っていく。


 そこにいる担当職員とばっちり目が合うが、何故か気まずそうな顔をしていた。

 何かあるのだろうか。まあ、それは直接聞けばいい。まずは討伐証明部位と採取した品物を引き取って貰わなければ。


「お願いします」

「は、はい。ただいま」

 背嚢といくつかの小袋に一杯になっている素材をカウンターに積み上げ、僕はようやく一息吐いた。

 闘気か魔法を使えば重たくはないが、やはり何かをずっと背負っているだけで疲れは溜まるようだ。

 首を回すと、コキコキと音がした。



 しばらく待っていると、依頼箋と素材を見比べていた職員の動きが止まる。

 照合が終わったらしい。僕が手を差し出すと、職員のサインが入った依頼箋が返却された。

「はい、確かに確認いたしました。では、報酬部門の方へどうぞ」

 促され、頭を下げられるが、何かおかしい。

 違和感がある。

 何かこの職員が、僕に対して後ろめたいことがあるような。そんな気がする。


「あの、何か」

「……ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

「どうにも要領を得ないんですが……」

「今はとにかく、報酬をどうぞ」


 職員は答えない。

 腑に落ちない態度をそのままに、僕は報酬カウンターへ向かう。


 そちらにいた受付嬢は、いつもの笑顔だった。

 そして、いつも通り報酬が支払われる。


「それで、カラス様……」

「はい」


 支払いが終わり、それから神妙な面持ちで受付嬢は切り出した。

 何だろうか。僕は聞き返し、視線で続きを促した。


「申し訳ありません。お二方からのご希望と、上層部の判断により……」


 言い終わる前に、横から声が響く。


「お前がカラスだな! 決闘を申し込む!」


 気がつかなかった。

 そこには、レヴィンとグラニー、あの二人の新米探索者が並んでいた。





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