そうじゃない
今日も、プチプチと薬草を毟る。
あれから毎日、薬草採取の依頼ばかり受けている。
順調に金は貯まっていき、日々の生活には事欠かない。
だが僕は今、悩みを抱えている。
正直、この生活に飽きてきた。
ただ毎日薬草を摘み、遭遇した魔物を撃退し、得た素材を換金する日々。
これでは貧民街に、ひいては森にいたときと何ら変わりない。
ただ石ころ屋からギルドへ、取引相手が変わっただけだ。
手に草の汁がつくが、構わず毟り続ける。
手にした袋が一杯になるまで集め、そして立ち上がると背中の辺りからパキパキと音がした。一時間も続けていないのに何て様だろうか。
思わず苦笑した。
何か新しいことがしたい。
以前も、貧民街での暮らしに飽きて、魔物の狩りを生業に加えたことがある。
だが、魔物や新しい素材を狩ろうが、もう以前のようには新鮮みがない。
何かすべきなのだ。
一週間と少しではあるが、もう飽きている。
鬱屈した日々を変えるために、何か行動を起こす時期が来たのだ。
「というわけで、何かオススメの依頼とかあります?」
受付カウンターで、そう受付嬢に声をかけると、一瞬笑顔が歪んだ気がした。
「おすすめ……ですか?」
「はい。僕が受ける依頼は採取依頼が今は主なんですけど、なにか変わった依頼とかありませんか?」
違う依頼でもすれば気分も変わるかもしれない。
もうこの際、討伐依頼でもなんでも受けよう。勧められた物を、やってみようと思う。
というか、勧められる物、といえば……。
「そういえば、ギルドから依頼を斡旋された覚えがないのですが」
「ああ、それにつきましては」
受付嬢は、手元にある書類の束をサラサラと捲る。そして、ある紙に目を止めて顔を上げた。
「連絡に用いられる鵲の調教がまだ終了しておりませんので、今しばらくお待ち頂きます」
「……わかりました」
時間がかかるというのならば仕方がない。だが、指名依頼でなくとも紹介は出来るはずだ。
「では、もしも鵲の調教が終了していたら、僕に出ていたであろう依頼をください」
鵲は呼び出しと連絡に使うだけだ。依頼については関係ない。
そう思い求めると、受付嬢は悩み呟いた。
「そうですね。通常であれば、色付きの方には、様々な種類の依頼を順番にやっていただくんですが……採取と開拓については問題ありませんから……」
「あとは、どんなです?」
「討伐もほぼ問題ないですし……護衛……くらいでしょうか」
「護衛、ですか」
身辺警護か、施設警護か、その辺だろうか。
「稀に商人から依頼が出ることがあるのですが……本当に稀なことでして、現在はありません」
「商人の護衛というと、参道師の方のほうが」
「ええ。主に皆様、参道師に依頼されてしまうので探索者には回ってきません。私兵もなく、参道師も雇えない小さな商会が、やむ無く募集するのを待つしかありませんね」
「そうですか」
対象がいなければ、守るも何もない。それに護衛依頼であるならば、探索者は見た目が強そうなほうがいいだろう。選ぶ方からしても、僕のような小兵をあえて選ぶものはおるまい。
変わった依頼が欲しいといっても、グスタフさんのようにホイホイ出てくるわけではないのだ。
やはり結局は、今まで通り依頼を受け続けるしかないか。
結局、今日はまた採取依頼を受けた。
何か目新しい物があればいいのだが……。
次の日も同様だ。
ギルドにて、目新しい依頼を探す。しかし、この街周辺はもう既知の領域が広がっているため、やはりいつも見るような薬草と魔物の駆除しか出ていない。
……仕方が無い。
目新しい依頼が無い。他にするべきことも無い。それならば、と僕は決心する。
依頼を片っ端から受けてみよう。
目新しくなくとも、受けたことのない依頼ばかりだ。受けているうちに何かあるかもしれない。それで何もなければ、また何か考えよう。
そう思い、比較的近い地域の討伐依頼と採取依頼を探す。
もちろん、討伐依頼は討伐証明のために持ち込む部位の小さなもの。採取依頼もかさばらないものを優先的に選ぶ。そうすれば、それぞれ三つくらいずつは受けられるはずだ。
あとは依頼達成期限の問題だが、それにも気をつけておく。
そして、依頼箋を壁から引き剥がしたそのとき、ギルド内に驚きの声が上がった。
僕に対してではない。掲示板より離れたところ、カウンターの方から聞こえてきた。
「あれ、ごめん、何か俺たちやった?」
その声の中心にいる少年達二人は、キョトンとした顔をしたあと薄ら笑いを浮かべてそう言った。
驚きの原因は明らかだ。
ギルド登録カウンターの上に、元は魔物だったと思わしき物体が山になっていたのだ。
「とりあえず、素材はあちらの買い取り部門にお持ちください」
受付嬢にそう冷たくあしらわれるが、少年の一人はめげない。
「あー、あっち! わかった、移動するよ」
「何やってるんだ、レヴィン。こんな所で手間取るなよ」
そしてもう一人に文句を言われると、笑顔を浮かべながら、その山に手をかざした。
「!?」
僕はここで初めて驚いた。
その魔物の山が、一瞬で消え去ったのだ。影も残さず、跡形もなく。
見ていると、買い取りカウンターにまた近づき、「ここでいいですか」と職員に声をかける。
そして了承を得ると、またカウンターに血塗れの死体を出現させた。
そして、買い取りの査定が始まる。
職員は血に汚れた死体に一瞬顔を顰めるも、また無表情となり淡々と作業を開始し始めた。
僕はその姿を見ながら思案する。
今のは、何だ?
手品や見間違えの類いじゃないだろう。実際に、レヴィンと呼ばれた彼は、魔物の死体を運んで見せたのだ。
それも、普通にではない。
手をかざして何処かへ一旦消し去ったのだ。
詠唱はなかった。つまりあれは、魔法だろうか?
そうすると、彼は魔法使いだ。この国に五十人といないはずの、魔法使い。
僕が生涯で見た三人目の魔法使い。その魔法は、空間に作用する物だろうか?
謎だ。
しかし、目新しい事件だ。
野次馬根性からか、僕は少しうきうきしていた。次の言葉を聞くまでは。
「それで、あのフルシールの件なんだけどぉ!」
「その話については、先程から何度もお断りしているはずですが……」
「俺の命令が聞けないっていうの?」
フルシール。僕が狩った狐のことだろう。
そのことについて、先程からもう一人の少年は何かギルドに命令しているらしい。
そこで、レヴィンがもう一人の少年の肩を叩く。
「それはやめろって何度も言ったろ? 今それは使っちゃ駄目なんだって」
「おお、そうか」
そして、諭すようなその言葉に、少年は黙る。
ああ、これは、駄目だ。目新しい事件といっても、厄介な方だ。
僕の口から溜め息が零れる。
そういう方向に、刺激があって欲しいわけじゃないんだけどな。