プロローグ
縦読み推奨
私がそこのゼミに入ったのは二年生からでも入れるからであった。文系の中でも最も難しい試験を行い、合否によって入れるかどうかが決まるこのゼミは私を含め六人しかいなかった。人気がないわけではない。恐らく美人である准教授が担当しているためだ。恐らく、この言葉に語弊があるだろう。女である私から見ても美くしい人である。そのゼミにおいて学ぶことは大まかにコミュニケーション学、その中でも心理学、言語学についてである。元々、人とのコミュニケーションを得意としていなかった私がこの学問に惹かれていったのは珍しいことかもしれないが、一年次での煩わしかった同級生とのコミュニケーションがより簡略化出来ないかを考えた結果であった。人が生きるためにコミュニケーションは否応がなく必要とされる。私は面接での受け答えを思い出しながら初めてゼミへと向かうのであった。
ゼミに着くとと早速自己紹介が行われた。誰もが軽いあいさつ程度の自己紹介であったため、私も「手塚です。これからよろしくお願いします」と言っただけであった。それぞれの学生のあいさつが終わったところで傍にいた、例の准教授が立ち上がり話し始めた。
「よろしく手塚、御堂だ。分からないことがあれば何でも聞いてくれ、こいつらが教えてくれるぞ」
ぶっきらぼうな発言をしながら目線で学生たちを見る。彼らは何事もなかったか呆れたり、三者三様の態度を示していたがその中の一人が発言をした。
「御堂さんはいつもこんな感じだから気にしないでね。僕は小林雄太、雄太って読んでね」
彼は薄く微笑みながら言った。一回自己紹介したにも関わらずもう一回して覚えてもらおうとする浅ましさに反吐が出る思いでいると隣の女性が鼻で笑った。
「ここではそういうのやらなくていいから」
美穂と名乗った彼女がそう言うと、薄く微笑んでいた彼は頬笑みを消し無表情となり一言「そういえばそうだった」と呟き黙りこくった。
「まあまあ楽しそうで何よりじゃないか、今から資料をとってくるから少し待っててくれ」
彼女はそう言い残すと席を外しいったん出ていってしまった。
出ていった間は誰がしゃべることなくダラダラと時間を浪費していたのだが、遂に鼻で笑った先輩が口火を切った。
「小林、仕方ないから頑張れ」
「分かりました」
小林と呼ばれた彼、自己紹介を二回もした浅ましき彼はため息をつくと周りを見渡しながら少しずつ会話を広げていった。それはまるで最初の浅ましさなど霞んで見えるくらい鮮やかな手際で、コミュニケーションが苦手な私までもが楽しめるように話を膨らませていった。
「お、小林が頑張るんだな」
「手際がいいわ」
「引き出しが多いんだな」
名前までは覚えられなかったが、北村、富樫、森田だったと思われる先輩方が反応し皆が楽しめる会話となった所で御堂が帰ってきた。
「おっと、良いところだったか?小林おつかれさん」
御堂は小林にねぎらいの言葉をかけつつ資料を配り適当に内容を言った。
「ああ、手塚と小林は少し残ってくれ、それ以外は解散で」
御堂が軽く締めの言葉を放ち私たち以外解散となった。
「小林は三年だから分かると思うが手塚には説明がいるだろう」
と言いながら別の資料を渡す。そこには一年間の同棲とだけ書かれている表紙であった。
「コミュニケーション学の研究のためにやってくれると嬉しい、親御さんにも許可をもらい尚且つ問題ないなら二人で一年間同棲してくれないか?」