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初めまして‥だと思います
この小説を読もうかなと思ってくれただけで嬉しいです
読み終えた後、あなたの記憶の中に少しでも残るような作品になっていてほしいと願います
今だけは時間を忘れて物語に触れてください
月明かりを頼りに、私は寂しい夜道を歩いている。
目的地は、古びた神社。
私がそこへ行く理由は、幼なじみの男の子に呼ばれたからだ。
確実に夏は近づいているはずなのに、夕方からは肌寒くなる。
今は夜だから、尚更。
少し早足で向かっていると、神社が見えてきた。
彼は‥清彦はもう来ているだろうか。
小さい頃から一緒で、よくこの神社で遊びまわった。毎日毎日、日が暮れるまで。
だが、そんな日々も中学生になり、終わりを迎えた。
いくら幼なじみとは言え、やはり周囲の目が気になりはじめたのだ。
すれ違えば軽く挨拶を交わし、笑い合うことなく背を向けて互いに歩き始める。そんな風に距離は一気に開いた。
少しの寂しさはあったが、多忙な日々に身を置くうちにそれが自然になっていった。
現在、偶然にも同じ高校に進学した私達はやはりよそよそしい態度を崩す事はなかった。
それがどうした事か、先ほど清彦から電話がかかり、神社に来てほしいと言われたのだ。
不思議だとは思ったが、やはり嬉しさが勝る。
私は長く抱いていた寂しさをゆっくりと消していくかのように、石段を踏み上る。
最後の一段を上り、顔を上げると、賽銭箱の前の石段に人影が見えた。
清彦だ。
清彦は私に気付き「やあ」と、軽く手を振り微笑んだ。
久々に見る清彦の優しい笑みに心が和み、私もつられて微笑む。
「急に呼び出して悪い。少しこの場所で話したくてさ。」
少し困ったような、戸惑うような態度の清彦がなぜか可笑しくてつい笑ってしまう。
「らしくないね、清彦。いいよ、少し話そうか?」
そう言い、清彦の隣に座る。
少し触れる腕が温かい。
「最近‥いや、中学に入ってから全然話してなかったな。前はこの神社で毎日遊んでたのに。」
「仕方ないよ、色々と忙しかったし。」
そう、仕方なかった。私が寂しい時、ずっと自分に言い聞かせていた言葉。
私はなんとなく、夜空を見上げた。
満月が明るく輝き、私達を照らしている。すごく幻想的だと思った。
「‥前、こっそり家を抜け出してさ、こうして会った事あるよな。その時の事覚えてるか?」
「この神社に不思議な噂があって、2人で試そうって約束した時だよね。」
忘れるものか。あんな楽しい日々、一日だって忘れてない。
この神社で遊ぶうち、近所のお婆さんに聞いた話。
昔、この神社で神を愛した男がいたそうだ。
その男は神に命を捧げ、神の幸せを願った。
神は酷く悲しみ、天に吠えた。神にならなくていい、代わりに何度死んでも、短い命でもいいから、生まれ変わるたびにまたあの男と愛し合いたい、と。
天はその願いを叶え、神を娘にして月へと還した。
以来、この神社で満月の夜に大切な者と一緒に在りたいと願うと叶うと言われているそうだ。
私達は、ずっと一緒にいれますように、そう強く願ったのだ。
「あの願いは、叶ってるかな。」
「今一緒に居るから、叶い始めてるんじゃないかな?」
微笑んで、清彦を見る。彼はなぜか俯いたまま、力無く頷いた。
「ねぇ清彦、私はね、清彦と一緒に遊ぶ時すごく楽しかったよ。」
「俺も、楽しかった。」
「中学生になって、少し寂しかったんだ。清彦と遊べなくて、拗ねてた。」
「小春、ごめんな。俺も一緒に話したりしたかった。でも声をかけられなくてさ。」
久々に名前を呼ばれ、一気に胸が熱くなる。私は名前を呼ばれる事をよほど望んでいたのだろう。
「小春。」
「うん?」
「これからは、また‥前みたいにたくさん話そう。」
「たくさん話したいね。」
「それで、どこかに出掛けたりしよう。お前、海に行きたいって前よく言ってただろ?」
「海か‥清彦と行ったら楽しいだろうなぁ。」
「今は、散ったけど‥来年はこの神社で花見に来よう。」
「ここは桜が綺麗だもんね。」
想像しながら、楽しげに返事をする私と、耐えるように、拳を握り締めて約束を取り付けようとする清彦。
ああ、なんて理不尽なんだろう。
「小春‥俺、もっと‥早く話したかったっ‥‼︎」
「うん。私も、早く清彦と会いたかった。」
「俺は、さ‥お前が、小春のこと、ずっと‥ずっとさ‥」
声を震わせ、涙を流しながら顔を上げた清彦と目が合い、私はそっと口付けた。
聞きたかった言葉を、言わせない為に。聞いたらきっと、壊れてしまう。
清彦は、私の唇の冷たさに驚いただろうか。死人の体温は、恐ろしいだろうか。
私は死んでしまった事を、これできちんと理解してくれただろうか。
「清彦、言わないで。ごめんね、私は‥もう何も約束、守れないから。」
放心して、ボロボロと涙を流す清彦に、必死で冷静な態度を装う。
数日前、交通事故に遭い死んでしまった私は、満月の今日だけ、何故か実体を得た。
そして清彦に呼ばれるまま、彼の前に現れたのだ。
「なんで、言わせてくれないんだよ‥小春、俺はずっと‥伝えたかったんだ‥。」
「また、いつか、私が生まれ変わって、死んでしまう前に言って?それまでは、ずっと‥清彦の事、ここで待ってる。」
そっと目を閉じてみると、じわじわと胸が苦しくなってくる。
「清彦」
言っても良いのだろうか。
いや、私は伝えたいのだ。たとえ、もう手遅れだとしても。
「もし、私が生きていたら‥また、清彦とこんな風に話せたかな?」
「‥きっと、話せたよ。たくさん話せたはずだ。」
「もし、私が清彦とまた仲良くなってたら、高校卒業しても一緒に居れたかな?」
「ああ、絶対に一緒に居れたよ。」
「もし、清彦とずっと一緒に居れたら‥私、ウエディングドレス着れたかな?」
「着れたよ。きっと、きっと小春は凄く綺麗だよ‥俺が、幸せにしてやれたよ‥。」
「そっか、うん‥嬉しいなぁ。」
気がつけば、私も清彦と一緒に泣いていた。
唇を噛み締めても、溢れる涙は一向に止まらずにボロボロと頬を伝っていく。
声を上げて泣く私を、清彦が抱き締めようとしてやめた。ここで触れてしまえば、抑えられない気持ちに溺れてしまうと思ったのだろう。
私は、清彦の選択を責めない。
ただ、ただ本当に思った事は、「もし」が、許されるなら。
「もっと、清彦と生きたかった‥‼︎」
私が言い終えると同時に、桜の花が舞い散った。もう花など咲いていなかったはずなのに、風と共に舞う。
そして、桜が触れると、私の体は薄っすらと消えていく。
「小春、頼むから待ってくれ‼︎」
清彦は弾かれたように顔を上げ、必死に私に手を伸ばし、強く手を握った。温かい清彦の手に、不思議と安堵する。
「‥清彦、あの願いはきっと、叶うよね?」
半ば懇願するかのように呟き、清彦と指を絡ませ、すがるように抱きつく。願いは叶うと、信じたい。
「叶うよ、絶対に。だから小春‥俺がお前を見つけてやるから、その時は必ず‥」
俺を愛して。
口には出さなかったが、清彦がそう言った気がした。
私は微笑み、そっと手を離すと、桜に包まれて散っていった。
その刹那桜吹雪の中に見えた、幸せそうに微笑む私と、優しく髪を撫でる清彦の姿は、過去の姿か未来の姿か。それはきっと誰も知らない。
end
最後まで読んでくださってありがとうございます
また関連の物語を書きますので、その時はどうか読んでください
書きたい話はまだまだ尽きませんので
読者の皆様、お付き合いください
これからもよろしくお願いします