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前編 かわいくさせて

 俺の生まれ故郷は、東北の田舎にあった。

 都会暮らしに慣れた俺にとっては、コンビニもろくにない不便な土地だが、代わりに素朴な自然の空気を感じさせてくれる安らぎの地でもあった。

 それは、大学に入ってから初めての春休み。

 都会暮らしからのストレスを癒そうと、俺は久々に実家へ帰省した。実家にはばあちゃん一人が暮らしている。じいちゃんは、俺が引っ越した後に死んだ。

故郷の記憶は三、四歳辺りから途切れている。というのも、それ以降は両親と共に街へ引っ越したからだ。引っ越しの理由は、実はよくわからない。それまでの記憶も、どうも断片的にしか思い出せない。

 乗っていた車には、俺を取り囲むように、父や親戚のおじさん達が座っていた。だから、最後に拝めたであろう故郷の景色は、彼らのデカイ体躯に隠されて見えなかった。

 何故だか皆、何かをやり過ごそうとしているかのように、妙に押し黙っていた。

 そうして街に住むようになり、そのまま近隣の学校に通った。田舎暮らしのまま、急に都会で大学生活を送らされるよりは幾分ましだったかもしれない。

 とりあえず帰ったら、ばあちゃんに引っ越した理由を聞いてみよう。そう考えているうちに、俺の車は実家に迫ってきた。

 まったく、「ばあちゃんに悪いから」としつこく止めてくる両親を振り切り出てきてから、ようやく到着できた。

実家までの道は、きれいに咲いた桜が俺を歓迎していた。


 ばあちゃんはにこやかに俺を迎えてくれた。

 俺の訪問は、事前に俺の両親から電話があったという。サプライズで訪ねるつもりだった俺は肩透かしを食らったが、確かに連絡をしないのは不作法だったかもしれない。自分の軽率さを少し恥じていた俺に、ばあちゃんはお茶とお菓子を出してくれた。

「久しぶり。何か、今来たらまずかったかな?」

 それとなく尋ねると、ばあちゃんは頭を振った。

「めんこい孫が来て、迷惑って事はねぇ。まあ、わざわざここさ来なくとも、おれがそっちさ行ったのに」

「この土地の景色も見たかったんだ。ほら、引っ越してから一度も来てないし」

 話している間、ばあちゃんは楽しそうにうなずいていた。

「全然変わってないね、昔の事を思い出しそうだよ」

昔の事か?とばあちゃんが相槌を打った。

「そうだ、俺が引っ越したのって何でだっけ?忘れちゃってさ。親父達に聞いても、忘れたって言うし」

「おれも忘れたじゃ」

 お茶を一口すすって、ばあちゃんが答えた。

「そっか、それにしても不思議だなあ」

 なおも考える俺を遮るように、ばあちゃんが声をかけた。

「今日は泊まってぐんだ。夜歩けば熊出るっけからよ」

 ばあちゃんの過保護ぶりは昔からだ。確かに、田舎では不審者よりも獣が怖い。俺も異論はなかった。

 実家はやたら広く感じられた。こんな所に独り暮らしとは、寂しい事だろう。やはり、今日俺が帰省したのは正解だった。いや、もっと早く帰るべきだった。

 昼過ぎ、ばあちゃんはどこかに電話をした。しばらくして、近場に住んでいる親戚のおじさんが訪ねてきた。俺を見て「お前もでっかくなったなあ」と喜んでいた。

 ばあちゃんから俺の帰省を聞き、顔を見たくて来たらしい。俺も、実家がすこしでもにぎやかになるのは嬉しかった。おじさんも今夜は泊まっていくという。

 ただ、おじさんはばあちゃんと話している時だけ、表情が曇っていた。何やら大事な話のようで、俺は邪魔しないよう離れていた。

 夜になった。

 ばあちゃんもおじさんも寝るのが早い。まあ、この日まで夜更かししようとは俺も思わない。俺は二階の部屋を借りた。

 その部屋は、全ての窓が新聞紙で目張りされていた。外の景色は全く見えない。

少しぎょっとしたが、古い家だし、修復した跡もあるのだろう。朝日を浴びられないのが少し残念だが。

 横には仏壇があった。そういや、いつぞやの地震で仏壇が倒れて、危険だったという話を聞いた事がある。俺はできるだけ、そこから離れて布団を敷いた。

 今まで何とも思っていなかったが、やはり都会と田舎の家には違いがある。俺も適応しなくてはいけない。だがここは、無機質なコンクリートだらけの建物よりは、人間らしさが表れている温かみのある家だ。

 俺はほのかな安らぎに包まれて、眠りについた。


 目が覚めた。

 時間は、午前二時。草木も眠る丑三つ時だ。

 ……コツコツ……

 再び微睡み始めた時、どこからか音がした。

 コツコツ……コツコツ……

 窓だ。

 窓を叩く音だ。

 風かとも思ったが、それにしては音に一定のリズムがある。叩いては、中の反応を確かめるような間があった。

 誰かがいる。無意識にそう身体が反応してしまう音だった。

 俺は窓に近づき、新聞紙を剥がそうとした。風の音だとわかれば、それまでだ。

 目についた新聞紙を、ゆっくりと剥がした。

 そいつは、いた。

 夜の闇にはっきりと浮かび上がる、真っ白な肌。

 人間離れした巨大な眼球に、幼子がクレヨンで塗りたくったような真っ黒な瞳。

 歯をむき出した口元からは、赤い汁が垂れている。

 それらのパーツに、細く乱れた髪の毛がかかる。

 窓いっぱいの大きさをしたその顔が、新聞紙の下から現れた。

 張られている絵や写真などではない。

 そいつは外から二階の窓に張り付き、こちらをじっと見つめていた。見る者に、どす黒い狂気を感じさせる顔だ。

 荒ぶる神を模した能面にも似ているが、そんな高尚なものではない。長時間凝視したら、間違いなく発狂してしまう。

 それが目と鼻の先に現れ、流石に心臓が止まるかと思った。

 頭が真っ白になった俺だったが、喉の奥からある名が絞り出された。

「はっしゃくさま?」

 それが聞こえたかどうかは定かではないが、そいつは俺が呟くと、音もなく闇に消えていった。

 夢でも見ているのだろうか。

 そのまま布団に戻った。あまりのショックに、現実味を感じられなかった俺は、何事もなかったかのように眠った。


 階下からばあちゃんに叫ばれ、朝になったとわかった。

 ふと昨晩の事を思い出し、同じ場所の新聞紙をめくってみた。何の事はない、きれいな朝の風景だった。

 俺が一階に降りると、ばあちゃんとおじさんが近づいてきた。そして、昨晩は何もなかったか、と尋ねられた。

 俺は窓から音がした話をすると、二人はみるみる青くなった。

 続きを急かされたが、昨晩見たあいつの話はやめた。流石にあんなおかしなものがいたとは、信じてはくれないだろう。それに、勝手に新聞紙を剥がそうとした、罪悪感もあった。

 二人から、早めに帰るよう言われた。せっかくの春休みなのに、もう帰るのはもったいない。

 だが深刻な顔で帰るよう促され、俺は疑問を感じずにはいられなかった。

「何か用でもできたの?」

 聞かれた二人は一瞬ためらった後、大きくうなずいた。

 何とも間が悪い時に遊びに来たものだ。

 渋々承諾したが、せめて今日の昼までは居させてほしいと言った。二人は迷っていたが、許してくれた。

 せめて実家周りを散歩して、故郷の風景を長く目に焼き付けておきたかったのだ。


                (続く)

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