空白(ブランク)
フラッシュバック――。
気づくとオレは自室のベッドの上にいた。身体が汗だくだった。眠っていたのか……。
状況が飲み込めていない。いま何時だ? 今日は何日だ? その疑問に嫌でも答えてくれる存在が目の前にいた。トミーだった。
「うわっ」
「お休み中のところ申し訳ないが、約束の時間だ。きみの答えを聞かせておくれ」
おいおい、ちょっと待ってくれ……。たしかまだ、二日くらい猶予があったはずだぞ? その間オレは、ずっと眠っていたのか。
「すまないが、頭がぼうっとするんだ。……水を一杯だけ、飲ませてくれないか?」
オレは少しでも時間を稼ごうとした。
「あまり時間はないが、それくらいなら、いいだろう」
テーブルの上にある水差しからグラスに水を注ぐと、オレはゆっくりとそれを飲んだ。
わずかな時間で脳をフル回転させる必要があった。このグラスを置けばもう、オレは悪魔の問いに答えなくてはいけない。
神よ! オレは祈った。すると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
グラスを置いたと同時にトミーが口を開いた。
「さあ、答えてくれ。きみは誰を指名する?」
オレは覚悟をきめた。
「……オハラ神父だ」
†
電話の音で目が覚めた。ぼうっとする頭で受話器をとり、耳にあてた。
「スミスさん」
「……ああ、シスター・ロバート。おはようございます」
すると電話の向こうでシスター・ロバートは、かすかに笑った。彼女が笑うのを、はじめて聞いたかもしれない。
「もうお昼ですよ。昨晩は遅かったので?」
「ええ……」悪魔と戦ったり、いろいろと忙しかったもので。
「今日はいいお報せです。オハラ神父が、意識を取り戻されました」
オレは思わずベッドから飛び起きた。
「あっ、そうですか。それは、よかった」
「日をあらためて、神父のお見舞いに参りたいと思うのですが。ご一緒していただけますか?」
「それはもう、ぜひ」
電話を切ったあと、オレは手で顔を覆った。よかった……本当に。
後日、オハラ神父を見舞いに指定された病院へ行った。神父の病室は個室で、すでにシスター・ロバートの姿があった。
「はじめまして、ヨシュア・スミスと言います」
オレは神父に挨拶した。こっちは神父の説法を何度も聞いているが、むこうはオレを知らないはずだ。
「やあ、あなたがスミスさんですか。シスターからお話を伺いました。大変でしたね」
「いえ……それより、オレは神父に謝らないといけません」
「何故です?」
きょとんとする神父にオレは事情を話した。おもに神父を「指名」したことだ。
「フハハ、参りましたなあ。意外と皆さんに恨まれていたんですね」
神父は笑いながら頭をなでた。シスターも目をぱちくりさせている。
オレは職場(刑務所)での奇妙な一幕を、もちろん説明した。囚人姿のオハラ神父を見たこと、そして、それから二日間くらい記憶がとんでいること……。
「囚人姿というのが、気になりますなあ」
「でしょう?」オレは興奮気味に言った。「なんだか、とても暗示的です。オハラ神父『が』捕まっている、または、オハラ神父『に』捕まっている……」
「ほう、『が』と『に』ではだいぶ、違いますね」
「囚人姿の神父はこう言いました。トミーを殺してやりたい、と。いったい誰がトミーを恨んでいるのか」
オレはシスターをちらと見た。
「……グラス・ディック・ジョーンズ」
シスターがぽつりと言った。