電話(コール)
「すると、オレとシスターで、おなじ夢を?」
「私たちだけでは、ありません。同僚のシスターがひとり、やはり悪魔の夢を見たそうです。ちなみに、その悪魔の名はトミーではありません」
「べつの悪魔ですか……」
トミーのほかに、グラス・ディック・ジョーンズという名の悪魔がいたらしい。
そしてオレはシスター・ロバートがしてみせた、驚くべき立ち回りについて聞かされた。彼女はなんと、そのジョーンズという悪魔を「指名」したのだそうだ。
オレは思わず唸った。ちょっと常人では思いつかない発想だ。
「なるほど、すごいですね。悪魔を悪魔に仕向けたわけだ」
「ええ、我ながら良策だと思いました。ところが……」
彼女はトミーに一泡吹かせた。それはよかったのだが、後日彼女は事の顛末をオハラ神父に報告しに行った。神父はシスターたちの相談に乗っていたそうだ。
「それで、オハラ神父に変調が?」
「そうです。……これは口外しないでほしいのですが、オハラ神父はただの体調不良ではありません。神父はいま、心神喪失の状態にあります」
「うわあ」
オレは言葉をうしなった。
「……つまり、オレたちがどう立ち回ろうとも、悪魔に対しては無力だということですか」
「そうかもしれません」
電話のむこうで彼女のため息が聞こえた。
「その後、グラス・ディック・ジョーンズがどうなったか、私にはわかりません。オハラ神父の変調に、どう関係したかもわかりません。ただ、ひとつだけ言えることは……」
「トミーが健在だということ。そしてヤツはオレの前にあらわれた」
しばし無言のあと、彼女が言った。
「ごめんなさい。私はあなたに、なんのアドバイスもできません。『指名』については、ご自分で判断なさってください」
「わかりました」オレは言った。「……あとひとつ、よろしいですか? その悪魔が夢に出てきたという同僚のかたは、いま」
「彼女はたいへんにショックを受けています。私も怖くて、それ以降彼女と夢の話をしていません」
オレはシスター・ロバートに礼を言って電話を切った。ため息が出た。けっきょく、自分でなんとかするしか道はなさそうだ。
†
つぎの日は仕事だった。が、オレは集中力を欠いていた。
解決策など、ひとつも思い浮かばないまま昨日が過ぎてしまった。残りあと二日? 遅かれ早かれ期限はやって来る。そしてオレは、悪魔の奸計によって破滅するのだ。
そう思うと仕事に身が入らなかった。囚人たちが脱走しようと自殺しようと、べつにどうでもいい。どうせやつらは、この鉄の檻から出られやしないんだし……。
死刑囚のひとりを「指名」することも、かなりリアルに検討した。なにせ自分の命には代えられない。
けれど、誰かを犠牲にしたところで、自分が助かる保証はどこにもない。オハラ神父にいたってはほぼ無関係なのに、というかむしろ、相談に乗ってあげて良いことをしたはずなのに、どてらい目に遭ったのだ。
正直、あきらめていた。だがどうせ死ぬなら、あの憎たらしいトミーをぎゃふん、と言わせてやりたい。それくらいの意地はまだ、オレのなかに残っていた。
「悔しい」
不意に声が聞こえた。監房の中からだった。
「オレは……殺してやりたい」
「おい、静かにしろ」
オレは勝手に喋りだした囚人に注意した。やつらが泣いたり喚いたりするのは、とりわけ珍しいことではない。
「殺してやりたい……トミーを」
トミー、とたしかに囚人は言った。いまのオレがその名を聞き逃すはずがない。いや、逆に幻聴ということも、ありえるぞ?
オレは監房を開錠してなかに入った。警棒を握り締める手に、自然と力がこもる。
囚人は暗闇のなかで身体を丸め、まだブツブツ言っている。
「黙れと言っただろう」
オレが怒鳴るとヤツはこちらを見上げた。その顔を見たオレは、思わず心臓が止まるかと思った。
それは、囚人服に身をつつんだオハラ神父だった。